閑話 ルーナッド州での聞き取り調査
神聖騎士国の視察団は、領主ミリモス・ノネッテとの面会を行った後、首都の街中へと向かった。
目的は、魔導具の使用状況と、住民への聞き取り調査だ。
聞き取り調査の対象は、ルーナッド州の住民。
神聖騎士国の調査団十人ほどが連れ立って歩けば、相手に威圧感を与えてしまいかねない。
そして不要な威圧感は、住民が語る言葉に悪影響を及ぼしかねない。
加えて、方々へ手分けして情報収集した方が、幅広い意見を取り入れることができる。
以上の点から、調査団は十字路に差し掛かると、個々人が別方向へと歩き出した。
調査団の一人の団員が向かったのは、建築現場だった。
ルーナッド州の首都の城へ向かう道すがら、この現場で魔導具らしきものを使っている人を見ていたのだ。
魔導具に対する住民の意識を調査するには、もってこいの場所と判断していた。
調査団員は、休憩で暇そうにしている、現場作業員に声をかける。
「少し、物を尋ねてもよろしいでしょうか?」
「ん? おお、なにが知りてえんだ?」
日に焼けた肌を持つ作業員が、良い暇つぶしだと言いたげな顔で、問い返してくる。
調査団員は、言葉を選びながら、作業員に質問する。
「いま資材を運搬している人がいますね。あの人が纏っている、鉄の枠のようなものは、なんなのでしょうか」
「おや。兄さんは『簡易鎧』を見るのが初めてかい」
「あれは、簡易鎧というのですか? しかし鎧というには、装甲がありませんが?」
「そりゃ、そうさ。あれは作業用の魔導具だ。装甲板なんて貼り付けたところで、重いだけで意味がねえし。それに簡易鎧ってのも、簡易なんちゃらうんちゃら鎧って長ったらしい名前を、俺らが勝手に縮めて呼んでいるもんだしな」
鎧と名前がついているが、それは名前だけなのだと、作業員は笑う。
調査団員は、なるほどと頷いてから、さらに問いかける。
「あの魔導具。貴方はお使いになられているのですか?」
「もちろん。俺も簡易鎧を使って働いている。まあ、俺の魔力は上限まで使っちまったから、俺の分の作業はお終いになっちまったんだけどな」
「まだ昼になったばかりで、作業が終わりなのですか?」
「あくまで、アレを使う作業を、俺は今日これ以降は出来ないってだけだよ。資材を削ったり、整えたりが、俺の午後からの仕事になるってわけだな」
調査団員は作業員の話を聞きながら、大人の背丈と横幅を優に超える大きな石材を運んでいる簡易鎧に目を向ける。
「貴方は簡易鎧を使うことについて、恐ろしいと感じたことはないのですか?」
「あんなに大きな石を運んで危険じゃねえかってことか? それなら問題ねえぞ。どれだけの物を、どれだけの時間持っていられるか、事前に調べて――」
作業員の説明の最中に割り込むように、調査団員は言葉を差しはさんだ。
「いえ、そうではなく。あの鉄枠を身体につければ、大岩を持ち上げるほどの力を発揮できるようになるでしょう。その力が、自分に向かうんじゃないかと、恐ろしくはならないのですか?」
調査団員の問いかけに、作業員がぽかんとした顔をする。
「簡易鎧を着たヤツが力に自惚れて暴れ出さないか、って心配か?」
「はい。私からすると、危険に思うのです。簡単に手にした力は、簡単に人を誤らせる可能性を持ちます」
「……変な心配をするヤツだな、あんたは」
「私の主張は、そんなに変でしょうか?」
作業員はどう言ったものかと、頭を掻く。
「簡易鎧はべらぼうな力だ。五人がかりで持つような石材を、楽々一人で持てちまう。建築作業員としては頼もしい力だが、非力な子供の目からは怪物に映るかもしれねえ。それは確かにその通りだろうさ」
作業員は頭を掻いていた手を下ろすと、今度は腕組みの形にする。
「しかし簡易鎧は道具だ。道具ってのは、大なり小なり危険なものって相場は決まってるもんだ。危険が大きいから使わないってのは、道理が間違ってるって、俺なんかは思うんだがな」
「道具が、危険ですか?」
「そりゃそうだろ。石を割る鑿で、間違えて足を刺しちまう馬鹿がいる。鑿を打つ金槌で、指を打つのはザラにある。建材を繋ぐ釘だって、屋根から落ちてきたら体に刺さりかねねえ。木材を整える鋸なんて、拷問の道具に使った国があったって話だ。しかし、どの道具も建築には欠かせねえ。危険だからと使わずにいたら、何時まで経っても建物はできねえ。だろ?」
作業員の見識は、調査団員も頷けるものだった。
「危険の過小で、道具の使用の是非を決めるのは、間違っていると言いたいわけですね」
「要は、使う人の問題だろ。ちゃんと真面目に扱う者の手にありゃ、道具は誰も傷つけねえ。注意散漫だったり、もともと悪用する気のヤツの手にありゃ、どんな道具だろうと人は怪我をする。そんなもんだろ」
一通り言い終えた作業員は、良い暇つぶしになったと言葉をかけてから、現場作業へと戻っていった。
調査団員は、魔導具も他の道具と変わらないという意見を心に留め、また別の場所へと向かっていったのだった。
また別の調査団員は、街の中を歩いている中で、『魔導具屋』と看板を掲げている店を発見した。
「邪魔をさせてもらう」
入店の挨拶をしながら入ると、魔と頭がついているものの、有り触れた道具屋の景色が建物の中に広がっていた。
棚に置かれているものは、小さな金属の棒だったり、真新しいランタンだったりや、木で出来た鳥の置物のようなものもあった。
それらの品物を見ている調査員に、魔導具やの店主が愛想笑いと共に声をかけてきた。
「お客さん、何かをお探しで?」
「すまない。魔導具屋という店を初めて見たので。興味本位からだ」
「おや。魔導具屋が初めてってことは、他の州からの旅人さんで?」
「まあ、そんなものだ。それで、これらの品は、どんな使い方をするものなんだ」
調査員へ、店主は棚に置かれている魔導具を一つずつ手に取りながら、どんな魔導具かを語っていく。
「この指ほどの長さの金属の筒は、柄を十秒ほど握ると先端が赤熱するようになっています。熱くなった先端を小枝にでも押し付ければ、たちまち火が起こります。この携帯用魔導灯は、持ち手を握れば油灯よりも明るい光を出してくれます。この木の鳥は、子供用の玩具です。付属の木の板に手を乗せると、パタパタと室内を飛び回ります」
店主は人が良いのか、初めて魔導具屋に入ると言った調査員に対して、魔導具の良さを伝えようと説明を続ける。
一方で調査員も、多種多様な魔導具があることと、その魔導具の使用用途が生活に密接したものであることに、驚きを禁じ得なかった。
それもそのはず。
騎士国の人たちが考える魔導具とは、帝国製の魔導具のこと――つまり戦争用の兵器だったからだ。
調査員は、店主が説明を一通り終えるのを待ってから、疑問を投げかける。
「この魔導具は、どこで作られているのだろうか?」
「多くはロッチャ州のものだね。品質と出来が一番良い。他の州で作られたものも、あるにはある。でも性能がイマイチの安物でしかない。初めて魔導具を買うなら、ロッチャ州のものにしておけば間違いはないよ」
店主がニコニコと笑いながら、調査員の手にカンテラの持ち手を乗せた。
「旅人さんなら、この魔導灯がオススメだよ。最新技術で消費魔力量を抑えてあるから、夜から朝まで使っても、使用者が魔力切れにならない優れものだよ」
店主は楽しそうに説明していたが、途中でその顔色が曇った。
「おや? 持ち手に手を振れた瞬間から光るはずなんだけど。光らないな。ロッチャ州の品にしては珍しいことに、初期不良かな?」
店主は調査員の手からカンテラを返してもらい、自分で持ち手を握ってみた。
すると、カンテラの灯りがパッとついた。
店主が説明していた通り、蝋燭や油で灯すカンテラよりも随分明るい光だった。
「ふむっ、ちゃんと点くね。どうしてお客さんが持つとつかなかったのだろうか?」
不思議そうに言う店主とは裏腹に、調査員は理由を分かっていた。
『神聖術を治めた者は、魔法が使えなくなる』
それが神聖騎士国での不文律だと、そう知っていたからだ。
しかし、調査員は身分を隠しながら調査する立場だ。原因をそのまま伝えるわけにはいかない。
「ははっ。どうやら私は、魔導具に嫌われる性質のようだ」
「……なんだか、すみませんね。気を悪くさせてしまったみたいで」
「いや、気にしないでいただきたい。しかし代わりといってはなんでしょうが、一つ質問をさせていただいても?」
「それでお客さんの気が晴れるってのなら、なんなりと」
店主は申し訳なさの残る笑顔で、どんなことを言ってくるのかと待っている。
調査員は、魔導具屋の店主相手にどんな質問をすることが『正しい』かを考えてから、口を開いた。
「では仮に、明日から魔導具が全て使用禁止となったら、店主はどう思う?」
「とっても困りますよ。売れていない在庫がたんまりとあるんですから。それに魔導具屋の店主じゃなくたって、生活が不便になるから困りますね」
「生活が不便になると?」
「例えを出すと。火付けの魔導具なら、枝に押し付けるだけで燃えます。なのに火付けを行う道具を火打石に戻したら、煮炊きするたびに何度も火打石を打って火花を散らして、用意した火口を火花で燃やし、藁なんかに火を移して大きくしなきゃいけない。かなりの手間が増えてしまいます」
他の魔導具でも同じこと。
魔導具を禁止されてしまえば、あらゆる点で生活の不便になってしまうと、店主は語った。
しかし調査員には腑に落ちないことがある。
「少し前まで、この国には魔導具はなかったんだ。元に戻るだけで、不便になるとは言い過ぎなのでは?」
「元に戻るだけなのは、その通りです。でも、進歩した物を手前勝手に戻させられたら、苦痛に感じるのは誰だってそうでしょう。お客さんは旅人なら、旅路の中で問答無用に来た道を戻れと言われたら、折角ここまで歩いたのにって反感を抱くでしょう。それと同じですよ」
調査員は真に旅人ではないので、店主の例えばなしは心に響かなかった。
しかし進歩したものを前に戻させられたら――見に付けた戦闘技術をある日突然失ったら、技術を見に付ける前に戻っただけのはずなのに、とても苦痛に感じるだろうと察することができた。
「話。参考になった。そうだな。その鳥の玩具を頂きたい」
「あ、はい。お買い上げですね、ありがとうございます」
店主はニコニコ顔に戻ると、緩衝材を敷いた小箱に鳥の玩具を入れ、代金と引き換えに調査員に手渡した。
調査員は店主に別れを告げると、魔導具屋の外を出て、再び魔導具についての聞き取り調査に戻る。手にある玩具の鳥の魔導具は、まだ神聖術を修めさせていない自身の子供へのお土産にしようと心の中で考えながら。
また別の調査員の一人は、薄暗い路地の中を進んでいた。
華やかな表通りとは違い、調査員が歩いている周囲は、重たい空気と暗い雰囲気に満ちている。
それもそのはず、ここら一帯は貧民街の中にある貧民窟なのだ。
ミリモスが統治者となって以降、州内の事業で働き手を集めたため、職を得た貧困層が去って貧民街は縮小した。
しかし貧民街には、職がなくて燻っていた者だけじゃない。
働くことを拒否してその日暮らしを選んだ者、悪事から足を洗う気がない犯罪者、はぐれ者を束ねる犯罪組織。
そんな日陰者たちが、真っ当な性格の者が職を得て貧民街から去ったことで、裏腹にも貧民窟の中に凝縮される形になっている。
普通の人なら足を踏み入れただけで犯罪に巻き込まれかねない貧民窟を、調査員は歩いていく。
そして貧民窟の只中――走っても簡単には抜け出せない位置に入ったところで、待ち構えていたかのように犯罪者集団が姿を現わした。
「ヒヒっ。おい、お前。命が惜しけりゃ、金目の物と上着を置いていけ」
「抵抗するなら、こうなるぜ!」
犯罪者の一人が、拳大の石を上へ放り上げる。その石に向かって、半ばから折れた剣を振るった。
すると石が、綺麗な断面を見せるほどに両断された。
その威力を見て、調査員は目を眇める。
「……折れてはいるが、魔導の剣か。どこで手に入れた?」
「どこで手に入れようと構わねえだろうがよ。お前の取れる行動は二つに一つ。金目の物を置くか、殺されて身ぐるみはがされるかだ。選べ!」
折れた切っ先を向けての犯罪者の言葉に、調査員は溜息を吐く。
「魔導の剣を手にして気が大きくなっているから、相手がどれほどの手練れか理解できなくなっているのだな」
「あん? なにをゴチャゴチャ言って――」
犯罪者の言葉の途中で、調査員は相手の間近まで接近していた。
まるで瞬間移動のような早業に、犯罪者たちは誰も反応できていない。
その意識の間断を突く形で、調査員は拳と蹴りのみで、犯罪者たちをあっという間に無力化してしまった。
うめき声も上げずに失神する犯罪者たちの中で、唯一折れた魔導剣を持つ者だけが意識を繋いでいた。
「なにを、しや、がった」
苦しげな問いかけに、調査員は返事をする前に、犯罪者の手から魔導剣を蹴り剥がした。
「お前には、その剣の入手経路を話してもらう。加えて、どれぐらいの魔導具を、お前ら犯罪者が保有しているかもだ」
「だ、誰が、そんなこと、話す、かよ」
「ふんっ。どんな責め苦に耐えられるような者ならば、こんな場所で盗賊まがいに堕しているはずがない。意気地がないからこそ、お前は遅かれ早かれ口を割ることになる」
調査員の主張が正しいことは、この後行われた尋問によって、あっさりと剣の出どころを犯罪者が喋ったことで証明された。