三百五十五話 魔導具の行く先
新たな騎士王の『魔導具は正しくない』宣言によって、ノネッテ合州国の各州は揺れている。
それこそ、俺が開墾用に方々に貸していた、魔導鎧の簡易版を、騎士国に睨まれてはたまらないとばかりに急いで返送してくる州が現れるほど。
俺の考えでは、この対応は騎士国に対する過剰反応に過ぎる。
しかし、こう考えられるのは、俺がパルベラやファミリスといった騎士国の出身者が身近にいることと、短い期間ではあるが騎士国に滞在した経験があるからだろう。
騎士国の『正しさ』とは、理の正しさ。
そうと知らない人にとってみたら、悪い事をしたら、悪い者をもっていたら、騎士国の騎士が罰しに来ると考えても仕方がない。
返却された簡易魔導鎧は、遊ばせているのももったいないので、ルーナッド州内の河川工事に使うことに決めた。
開墾で農地が広がったこともあって、荒天で川が暴れでもしたら、畑への被害が甚大になりかねないからね。
その河川工事で簡易魔導鎧を使うことに、民から不安の声が出た。
だが、俺が使用を命じたのだから、咎があった場合騎士国の騎士の剣が向く先は俺になると説明してからは、安心した様子で簡易版魔導鎧を使うようになった。
実際のところ、簡易であろうと魔導鎧は三人力以上の働きをする。
今までは人の言葉が通じない牛馬が担っていた力仕事を、言葉が通じる人が行える。指示が的確に通じることで、作業効率が上がり、作業の完成度と完成速度も上がる。
良いことづくめの魔導具。
だからこそ、民は手放したくないのが本音だ。
その他の魔導具にしたって、便利な物が多いのだから、使用を止めたくはない。
そんな状況で、俺が責任を取ると明言したのだから、これ幸いと使用を続けるのは当たり前の流れだったりする。
ルーナッド州で魔導具の使用を大っぴらに継続していたところ、パルベラとファミリスが連れ立って執務室にやってきた。
珍しいことに、ファミリスの傍らに俺の子供の姿がない。
教育熱心かつ子煩悩なファミリスにしては、子供の世話を他者に預けている状況は珍しい。
「なにか悪い知らせでも持ってきたのか?」
子供に聞かせたくない内容の話だろうと察して問いかけたが、パルベラもファミリスも首を横に振る。
「悪い――とは一概には言えません。ただ、神聖騎士国から文がやって参りました」
パルベラの説明に、俺は眉を寄せる。
新騎士王の宣言への返答を、いまフッテーロ王は決めかねている状況だ。
そんな中で来る文となると、返答の催促以外には考えられない。
しかし催促をする文だった場合、送る先は俺ではなくフッテーロ王だろう。
ということは、催促とは別の用件であると察することができる。
しかし、そう察したところで、では新騎士王が俺に何の用があって文を書いてきた理由は、全くわからなかった。
「文というのは?」
「これです」
ファミリスが差し出してきたのは、巻かれて筒状になった皮紙。合わせ目のところに、騎士国の紋章が押された封蝋がされている。
「二人は、文の内容を知っているのか?」
「はい。文を届けに来た者に、大まかな内容を聞いてあります」
「ノネッテ合州国にとって、悪いものではないのは確かです」
ファミリスは『悪いものじゃない』と発言しているけど、その表情は『良いものとも言い難い』と如実に語っていた。
悪くもなく、良くもない内容とは何か。
俺は気になり、早速文を開いて内容を読むことにした。
俺は上から下まで文面を読み、読み終わったところで眉を寄せる。
「視察? 騎士国の人たちが、ルーナッド州に?」
視察の目的は、ルーナッド州で多く使われている魔導具が『正しい』のかと判断するためらしい。
「いやいや。ジャスケオス騎士王が、魔導具は正しくないと表明したばっかりじゃないか。それなのに?」
意味が分からないと首を傾げる俺に、パルベラが申し訳なさそうに言ってくる。
「神聖騎士国では騎士王の言うことを頭から『正しい』と信じることはありません。そのため、本当に魔導具は正しくないのか、その目で見て確認したいって思う人が少なからずいるのです」
発言の言葉尻を次ぐように、ファミリスが口を開く。
「パルベラ様の言い分は当たっていますが、それだけではありません。前騎士王テレトゥトス様は、王を退かれて暇になりました。その暇を生かして、パルベラ様の子供の顔を見に行たいという思惑があるのでしょうね」
「それって、この領地に前騎士王が遊びに来るってことか!?」
俺が驚きで声を大きくすると、パルベラは申し訳なさを増した表情になり、ファミリスは『自分も不本意です』と言いたげな渋い顔をしたのだった。