三百五十四話 新騎士王の宣言
騎士国の王が新しくなってから、二十日ほどが経った。
新たな騎士王が立ったのだけど、騎士国と敵対している帝国には意外なほど動きがない。
王が交代するからには、騎士国の中では多少なりとも混乱があるはず。帝国はその混乱の隙を突いて動くんじゃないか。
俺はそう予想していたのだけど、ものの見事に予想を外されてしまう形になっている。
どうして帝国は動かなかったのか。
俺が考え付く理由は、前騎士王テレトゥトスが玉座から離れて前線に出てくる可能性が高くて危険だからか、騎士国で起こる混乱が少ないか全くないかと、帝国側が予見していたからというもの。
どちらか一方は当たっているんじゃないかなと思っていたところ、騎士国から新たな宣言が届いた。
この宣言は、どうもノネッテ合州国だけでなく帝国に届いているように感じる。
俺がそう思う理由は、その宣言の内容にある。
宣言は、新騎士王の挨拶と外交儀礼で必要な装飾の言葉を抜かして掻い摘むと、内容はこうなる。
『神聖騎士国は、魔法の行使および収得については『正しい』行いであると認定する。しかし、魔法を道具や武器の形に落とし込み、それを利用する行為については『正しくない』ものと判断した』
一国家の認識を通達しているように見えるため、取るに足りない内容に感じる宣言だ。
だけど、魔法を道具の形――つまり魔導具を『正しくない』と判断したという部分が大問題だった。
騎士国は『正しさ』を国是とし、『正しくない』ものを修正しようとしてくる、宗教国家だ。
つまり魔導具を『正しくない』と判断したということは、これから魔導具を排除する方向で騎士国は動くと表明しているわけだ。
そして魔導具を多く使っているノネッテ合州国と帝国にとってみれば、この宣言はとても厄介なものになる。
なにせノネッテ合州国と帝国は、騎士国から道を選べと告げられているに他ならないからだ。
騎士国の言い分に従って魔導具の使用を止めるか、魔導具の使用を続けるため騎士国と戦うかの、二者択一の道を。
帝国についていえば、既に魔導具を使い続ける道を選んでいる。
だからこそ、何十年にも渡って、騎士国と帝国は戦争を続けていたんだからね。
しかし、ノネッテ合州国は違う。
魔導具の使用は、戦争で勝つために必要不可欠だから、生活を楽にするために必要だから、用いていたもの。
騎士国と戦争をするデメリットを抱えてまで、魔導具を使い続けるべきかなんて考たこともない。
いや。騎士国が魔導具の使用を白眼視していることは、前々から知ってはいた。
でも、騎士国から何も言ってこないしと――お目こぼしされているしと甘えて、今の今まで具体的な考えを持たずにいただけだ。
だけど、魔導具は『正しくない』と宣言されてしまったからには、ノネッテ合州国は魔導具についての判断をしなければない。
魔導具の使用を続けるのか、止めるのか。
その判断は、ノネッテ合州国の王であるフッテーロの役割だ。
でも、すでに魔導具の多くはノネッテ合州国の人々の生活に密接してしまっている。
使用を取りやめることになったら、各州の領主から反発は必至だ。
しかし使用を続けることになっても、騎士国を恐れる人たちからの反発がある。
どっちを進んでも茨道な状況。
フッテーロ王は、どちらを選ぶんだろうか。
とりあえず俺は、魔導具研究の盛んなロッチャ州と魔導鎧を配備した軍を持つルーナッド州の二州の領主として、魔導具の使用は続けるべきという意見書をフッテーロ王に送ることにした。
騎士国の宣言から十日ほど経ち、ノネッテ合州国の各州の反応の報告が上がってきた。
魔導具の使用を続けるべきと止めるべきの二派の割合は、ほぼ半々といったところ。
大まかな内訳は、大陸の真ん中から右側にある州が使用継続派で、左側が使用中止派となっている。
立地から見て、帝国に近い州が継続派で、騎士国に近い州が中止派と言った感じだ。
継続派と中止派でも、その内実は様々あるようだ。
継続派の中には、魔導具は生活と国防の要なのだから全面的に使用を続けるべきという意見を持つ者と、騎士国が使用を続けても良いと思ってくれるような魔導具の限定や使用制度を作るべきと主張する者がいる。
中止派の中だと、騎士国に目を付けられたらお終いだと全面中止を呼びかける者や、魔導具の使用は止める代わりに純粋な魔法技術を伸ばすべきと考える者、そも騎士国とは道具任せではない堂々とした戦いをしたいと主張するアナビエ州の戦士のような人もいる。
ちなみに俺は、全面的な使用継続派。
魔導具なしで、ノネッテ合州国が帝国や騎士国と渡り合えるはずがないからね。
国防の観点から使用を止めるなんて自殺行為でしかない、って考えからだ。
ともあれ、見事なほどに、宣言一つでノネッテ合州国は州ごとにバラバラだ。
これは新騎士王ジャスケオスの離間の策略なら、見事にハマってしまっている。
ここで戦争を起こされたら、ノネッテ合州国は各州で連携が取れずに、瞬く間に負けてしまうことだろう。
しかし、騎士国は騎士国であるがために、ノネッテ合州国に戦争を仕掛けてこれないと、俺は確信している。
なにせ騎士国は、ノネッテ合州国に攻め入る口実がない。
ノネッテ合州国の中で魔導具の使用について意見が統一できていないからこそ、騎士国は魔導具の使用を『正しくない』という判断でノネッテ合州国に攻め入ることが出来ない。
なにせ今の段階で攻め入ったら、騎士国に近い州に多く居る、魔導具の使用を止めようとしていた人たちが真っ先に被害を被ってしまう。
そうなったら、騎士国は非難にさらされることになる。
『魔導具の使用を止めようとしていたところに、騎士国が攻めてきた。騎士国は魔導具の件なんてどうでもよくて、ノネッテ合州国を攻め落とすことが目的だったのではないか』
そんな風にだ。
こんな風評、ノネッテ合州国や帝国なら気にしないだろう。
しかし騎士国はそうはいかない。
『正しさ』を国是とするからこそ、道理のある理由でもって、他方から『正しくない』と評されるわけにはいかないからだ。
そして騎士国は『正しさ』を国是とするからこそ、口実なき侵攻や、偽りの理由でもっての侵略も、絶対にできない。
仮に新騎士王が命じたとしても、その配下である騎士や兵士たちが従わないだろう。
騎士国の『正しさ』とは、確固たる形のないもの――騎士国に住む者の個々人の『正しさ』に寄って立っている。
騎士王が正しいとしても、騎士や兵士が正しくないと感じたら従わないことが、十二分にあり得る国情を持っているからな。
「といっても、長々と判断保留は出来ないよなぁ~」
ノネッテ合州国がまごまごと判断をしないでいれば、騎士国はきっと帝国との戦争へ動いてしまう。
そして帝国は騎士国との戦争に、ノネッテ合州国を巻き込もうとしてくる。同じ魔導具を使う国として、騎士国を討つべきではないかという誘い文句でだ。
もし帝国とノネッテ合州国が共同で戦うのなら、騎士国との全面戦争は避けられない。
かといって戦争を傍観する立場でいたら、今度は帝国からの心象が悪くなってしまい、ノネッテ合州国と帝国の間で戦争になってしまうだろう。
どっちに転んでも最悪の状況だと悟って、俺は思考を放棄した。
「国の舵取りは、王であるフッテーロ兄上の仕事。方向が決まってから考えるべきが、領主たる者の役目だなだよな」
騎士国と帝国のどっちにつくのか、それとも独自路線を堅守するのか。
俺はフッテーロ王の判断を待つことにした。