三百五十二話 運んできたもの
俺は新型魔導鎧を運んできてくれた一団に近寄る。
彼らはノネッテ合州国の輸送部隊なので、俺とは戦場で面識があり、こちらに会釈をしてくれる。
俺も手を上げる楽な挨拶を返す。
「やあ。新型の調子は、どんな感じか知っているかな?」
「ミリモス様。研究部の連中は、画期的な仕組みで戦力を増強させたと言ってはいますがね」
輸送隊の隊長は、そこまで言うと、それ以降の評価を言い淀んだ。
「何か問題が?」
「……新型を使えば、旧型を着た三人相手でも勝てはするんですがね」
旧型三人分ということは、一瞬だけ神聖術が使えるアナビエ州の戦士相手なら、楽に打ち倒せる計算になる。
翻って、騎士国の兵士を相手なら、二人で一人を相手にすれば勝てる目が出てくるということでもある。
大進歩と言って差し支えないが、輸送隊の隊長は手放しで褒められない事情を知っていた。
「三人分の力を発揮するために、稼働時間が旧型の三分の一になってんですよ。しかも、機能が多くて習熟に時間がかかるってんですからね」
「機能が多いって、どういうこと?」
「いままでは、魔導鎧を着たまま、魔導剣や魔導杖は使えなかったでしょう」
「魔力の経路を、魔導鎧の手の先まで届かせると、無駄が出るからね」
その無駄が稼働時間を減らすことに繋がるため、極力無駄な魔力経路を敷かないように、魔導鎧は設計されている。
最たる例は、魔導鎧に標準搭載されている魔法の盾。あれだって緊急時の使用に限ることで、装備者の魔力消費を抑える仕組みだしね。
「ということは、新型は多少の無駄を出しても、魔導剣や魔導杖を装備させて、戦力を向上を狙ったと?」
「ミリモス様の手前、大っぴらに言うのははばかられますがね。兵士の身分から言わせてもらえば、新型は失敗作でしょう。長時間使えない兵器なんて、戦場を知らない学者の玩具と変わんねえですからね」
輸送隊の隊長の意見も分かる。
戦場だと動ける兵士の数が、そのまま戦力となる。
短時間で兵士を魔力切れで昏倒させてしまう鎧なんて、戦略上では重荷でしかない。
それは俺も分かっているけど、仕方がない部分があることも自覚している。
「新型は、とりあえずのものだからね。もし今日明日に騎士国や帝国と戦争になった場合、どうにか対抗できるための力を作っておきたかったからだし」
「そりゃあ、確かに新型を使えば対抗できるかもしれません。でも、兵士を瞬く間に使い潰す鎧なんて頼ったところで、破滅が一日伸びるぐらいでしかないんでは?」
「稼げたその一日で、逆転の手が浮かんだり、多少だけど有利な条件で降伏が可能になるかもしれないからね」
「勝つためではなく、より良い条件で負けるための兵器ってことですか。なんとも『新型』の名前に相応しくない、嫌な役目ですね」
「新型といっても、次の新型を作れるまでの、その場しのぎさ。しのげるだけの力があればいいんだと、そう思えば悪くないでしょ」
そんな世間話の後で、俺は新型の魔導鎧を魔導鎧の部隊へと届けるように指示を出す。
実際に魔導鎧を運用している部隊で、評価をしなければいけないからだ。
それに輸送隊の隊長の評価は散々でも、もしかしたら魔導鎧部隊の評価は別かもしれないからね。
「では、魔導鎧の部隊が居る場所へと運びます。ああ、それとですね、今回の輸送隊には、お客様が同乗していたんですよ」
「お客? 誰の?」
「もちろん、ミリモス様のです」
誰かが会いにくる予定なんて、聞いていないけど。
俺が首を傾げていると、輸送隊の隊長は一旦離れ、そして一人の老人を連れて戻ってきた。
左手に杖をつく、背が曲がり痩せた白髪の老人だ。
いったい誰だろうと観察していると、既視感を得た。
もしかしてと思って、俺は老人に声をかける。
「もしかして、アレクテム?」
そうじゃないはずという気持ち半分で呼びかけると、老人は笑顔を浮かべた。
俺の記憶にあるより皺が深くはなっていたけど、その笑顔は間違いなくアレクテムのものだった。
「アレクテム! 久しぶりだね!」
俺がノネッテ本国から出てロッチャ地域の領主になって以降、あまり合うことはなかったから、本当に久しぶりだ。
俺が嬉しさから近寄ると、アレクテムも嬉しそうに返してくる。
「お久しぶりですの。ミリモス様」
すっかりと角が取れてしわがれた声と、俺の守役をしてくれていたときからは信じられないほど覇気のない姿。
俺は内心で驚きながらも、表面上は以前と変わらない態度を守ることにした。
「サルカジモ兄上の騒動以降も、ノネッテ本国で空席になった元帥の代わりをしていると聞いていたけど、どうして俺の領地に?」
「ほっほっほ。王が新たな元帥を立てたこともあって、引退ですじゃ。それに儂も歳ですからな。ノネッテ本国の冬は身に堪えまして、温かい場所で余生を過ごそうと思い、先王様に倣おうかとの」
先王――俺の父親であるチョレックスは、確かに俺の領地で俺の子供と遊ぶ毎日を送っているけどさ。
「それにしたって新たな元帥って、いったい誰が?」
「センティスですじゃ」
「あのセンティスが!?」
驚きから問い返すと、アレクテムは好々爺然とした笑顔を見せる。
「センティスは、あれでも立派な兵士じゃよ。腕っぷしが立ち、下からの信も厚く、戦術にも抜け目がない。元帥を任せるに足る人物ですぞ」
「それはそうだけどさ。センティスって、規則を破りがちだったじゃないか。規則を守らせる側の元帥になっていいの?」
「最上位が緩くとも、側近が厳しければ、いい塩梅となるもの。心配はいりませんぞ」
「アレクテムが太鼓判を押すぐらいだから、その側近は良い人なんだろうね」
そんな言葉を返しつつ、俺は少しだけ気になることが頭に浮かんだ。
「フッテーロ兄上――王は、どんな感じ?」
「以前に領主として帝国と外交を行っていた手腕もあり、本国内をより良く取りまとめておいでですぞ。時折来られる帝国からの使者を相手に、一歩も引かない姿勢も見せておいでですな」
ふむっ。どうやらフッテーロは上手くやっているらしい。
アレクテムの態度から察するに、悪いところはないようだ。
俺が考えを巡らせていると、俺が気がかりだった内容をアレクテムに見透かされてしまったようだった。
「もしやミリモス様。フッテーロ王が、儂がミリモス様の守役だったことを目の敵にし、本国から追い出したかと思ったのですかな?」
「うぐっ。いや、あり得ないと思いはしたけど、ちょっとだけ可能性としてね」
「はぁ~、嘆かわしい。戦場暮らしで、すっかりと擦れてしまわれましたな」
「せめて、大人になったって言って欲しいな!」
言い合いの後で、お互いに笑顔を向け合う。
「なににせよ、ようこそ俺の領地へ。嫁と子供を紹介するよ。もちろん子供たちには、新たなお爺ちゃんだって教えると約束する」
「おや。儂のような、引退兵士を祖父のように紹介してくださると?」
「はっはっは。アレクテムには、実の父親よりも世話をかけさせてしまったからね。その苦労の分、実の父親以上に良く紹介することは当たり前じゃないか」
「それはそれは、チョレックス先王には悪い事になりそうですな」
「どっちの『お爺ちゃん』に懐くかは、子供たちの感性次第だよ。アレクテムは性格上甘やかすばかりじゃないだろうから、その分だけ子供たちには煙たがられるかもしれないね」
「ほっほっほ。昔のミリモス様を思い出しますな。儂がミリモス様の守役になった当初、兵の訓練に連れ出すだけでも一苦労でしたな」
「あれは兵士の訓練が嫌て逃げてただけで、アレクテムを嫌っていたわけじゃないって」
「分かっておりますとも。いや、懐かしい思い出ですじゃ」
思い出話に花を咲かせながら、俺はアレクテムを連れて、子供たちがいる場所へと向かう。
杖をついていることから察してはいたけど、アレクテムは加齢から足腰が弱くなってしまっていた。
守役の頃の矍鑠とした姿は、もう見られないんだなと察して、俺は少しだけ悲しかった。