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三百五十一話 休憩時間

 野盗を駆逐し、犯罪者たちが陰に潜るようになってから、ノネッテ合州国は平和で安全になった。

 悪い事をすれば罰せられると、ほぼ全ての住民が理解したことで、犯罪件数が下がりに下がった。

 こうして街道も町の中も平和になったことで、生活への不安感が減って、将来への蓄財感情が下火になり、余剰となった金が買い物として使われていき、経済状況が活性化する結果を呼び込んでいる。

 経済が回れば、主要産業だけでなく、枝葉に位置する零細や末端産業にも金が浸透するようになる。

 どんな産業であろうと、金が入れば発展を始めるのは道理で、色々と面白い技術が生まれているようだ。


 面白い技術の内、俺が興味を引かれているのは、お菓子作りの技術だったりする。

 なぜお菓子、と聞いた者は思うかもしれないけど、実は馬鹿に出来ない話だ。

 お菓子というものは嗜好品で、生活に必ずしも必要とされるものじゃない。

 それも、同じ嗜好品である酒類よりも、この世界では下位に位置している状況だ。

 それもそうだろう。

 お菓子の主材料は、小麦粉などの穀物の粉と、砂糖などの糖分だ。

 そして、これらの主材料は酒作りも使われるもの。糖分を細菌が分解し、発酵させることで、酒が出来るからね。

 そもそも、穀物の粉は主食に使うのが普通だし、砂糖はただ舐めるだけでも甘くておいしい。わざわざお菓子にまで加工する意味も意義も薄かったって事情だってある。

 つまり材料が限られる状況だと、嗜好品に回す穀物の粉や糖類があっても、お菓子を作るよりも酒を造る方を選ぶことが、この世界では当たり前だったってわけだ。


 しかし、経済が良く回るようになったことで、酒を造っても金が余る事態になった。

 そして好景気で将来の不安感も薄い。

 領地発展のお触れがあったことも、ノネッテ合州国の各州は主産業の農業の進展に寄与し、農作物は豊作だ。

 お金も穀物も余っているのならと、その余剰金と物資をお菓子という未開地の発展につぎ込む人が出てくるのも、当然の帰結となる。

 こうして、お菓子の技術が徐々にだけど発展してきているわけだ。


 そんなお菓子作りで、ルーナッド州で流行っているのは、『クレープ』だったりする。

 いやまあ、小麦を溶いて砂糖を入れた生地を薄く焼き、その生地に薄く切ったバターやチーズを載せて畳んで食べるものだからね。卵も生クリームもないから、厳密にはクレープじゃないけどね。

 そんな『薄焼き』が、屋台で焼いて出すライブ感がウケて、ルーナッド州で流行っているというわけだ。

 俺も試しに食べてみたけど、生地の薄甘さが、バターやチーズの塩気で引き立っていて、なるほどハマる気持ちも分かるという感じだった。


 菓子類が飽和していた日本の知識を持つ俺ですら、美味しいとは思う菓子だ。

 俺の妻たちや子供たちが、薄焼きを好物になるには時間がかからなかった。


「おいしいねー」

「ねー」


 子供たちは、小さな口を大きく開けて、長方形に折りたたまれた薄焼きを頬張る。お菓子の甘さに、ニコニコだ。

 子供たちの仕草を見ながら、妻たちとファミリス、そして王を退いて以降ジジ馬鹿になったチョレックスも、子供たちと一緒に薄焼きを食べている。

 実に和む平和な光景だ。

 これが俺の執務室の中の光景じゃなかったら、文句の一つも出ないのにな。


「休憩時間なんだから、執務室じゃなくて、外の庭園で食べればいいのに」


 俺が思わず零した愚痴に、パルベラが笑顔で否定してくる。


「この薄焼きは、作りたてが美味しいんです。外で作るとなったら、生地に埃が入ってしまいます」


 パルベラの言葉の通り、執務室の中には、俺たち以外に料理人が一人いる。

 彼の前には、炭が入った火鉢があり、その上には鉄のフライパンが置かれている。もちろん薄焼きの生地や、薄焼きの中に入れるチーズやバターも、その近くにある。

 こうして準備万端整えてあることを見るに、今日の思い付きというよりも、昨日から仕込んでいたことは間違いない。

 用意が良い事だなって、俺は溜息を吐きたい気持ちになってしまう。


 さて、お菓子産業の発展を喜んでいた俺が、なぜ薄焼きにこうも塩対応なのか。

 その理由は、単純明快。

 ここ最近、休憩時間のお菓子といえば、この薄焼きしか出てこないからだ。

 いや、確かに薄焼きは美味しい。

 美味しいけれど、何日も連続して食べたいと思えるほどには、美味しくない。

 前世のクレープを知っている俺からすると、薄焼きには色々と惜しいという気持ちが前に出てしまうため、単純に楽しむことができないという事情もあるけどね。


 もうそろそろ妻や子供たちも飽きるだろうと思って、特に対策は要らないと思っていた。

 だけど、相変わらず美味しそうに食べている皆の様子からするに、未だにブームは去っていないらしい。


 俺がうんざりとした気分でいると、子供の一人――長姉のカロナが、新しく作ってもらった薄焼きを手に、俺に近寄ってきた。


「おとーさま。んッ」


 カロナは薄焼きを突き出して、俺に食べろと示してきた。

 きっと俺が不満げな様子を見て取って、楽しみに待っていた新しい薄焼きを差し出してでも、俺の機嫌を直そうとしてくれているんだろう。

 人の機微に聡く、気の優しい子だ。

 俺の不満の原因が薄焼きであると悟ってくれたら、より嬉しいのだけど、それは子供に求めすぎというものだろう。


「カロナ。ありがとう」


 俺はお礼を言いながら、大口を開ける。

 するとカロナは、俺の口の大きさと、自分が持つ薄焼きを交互に見る。そして少しだけ涙目になる。

 きっと、俺の一口で、どれだけの薄焼きが食べられてしまうか見て取って、悲しい気持ちになったんだろうな。

 そう気づきながら、俺は薄焼きに齧りついた。

 ただし、長方形の形に畳まれた薄焼きの端の角っこだけを、齧り取るようにして。


「カロナ。美味しかったよ」


 俺は笑いかけながら、カロナの頭を撫でる。

 カロナは、俺が笑顔であること、手にある薄焼きが大分残っていることを見る。そして満面の笑みを浮かべた後で、急にファミリスの方へと走っていってしまった。

 俺はカロナがファミリスに何か喋りかけている様子を見ながら、内心で溜息を吐く。


 あのカロナの様子からするに、まだまだ薄焼きのブームは終わらないだろうな。

 これから先も、休憩時間に薄焼きが出てくるとするなら、少しテコ入れが必要だ。

 差し当たっては、前世のクレープに寄せる感じで、薄焼き生地の中に果物を入れてみるよう要望してみようかな。


 そんなことを考えていると、文官が一人執務室に入ってきた。

 文官は執務室の中が、週末のフードコートのような有様なのを極力見ないようにしながら、俺に報告書を渡してきた。


「ロッチャ州から、新型の魔導鎧の試作品が届きました。ミリモス様には、使い心地の検査をお願いしたく」

「わかった――いってくるね」


 俺は家族に言葉を告げてから、対騎士国や対帝国を想定した、新型の魔導鎧の検品に向かうことにしたのだった。

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