三百五十話 治安の匙加減
フッテーロ王からの領地発展命令によって、各地で色々と試行錯誤している関係からか、ノネッテ合州国の経済状況は上向きに回るようになった。
好景気になれば民の顔色は明るくなるもの。
畑の実りも普通にはあるため、食料の供給も十分。
食料が十分にあるから、陳情の声は下火になり、各地の町や村の治安も良くなった。
順調な国家運営と言えるのだけど、実は問題がないこともなかったりする。
生活が順調に行く人がいる反面、生活が順調に行かなくなった人も存在するのが、世の理というもの。
好景気で大多数の民が幸せを感じていても、その陰で好景気に取り残された者もいたりする。
そんな陰に入ってしまった人たちの事情は、様々だ。
商会同士の競争に負け、落ちぶれてしまった商人。
好景気ゆえに簡単に手に入る贅沢、それにハマって抜け出せなくなった職人。
治安維持を軍が管轄していることで、職を失った傭兵。
キツイ訓練から逃げだした兵士。
色々な事情で好景気に預かれなくなった者たちは、それぞれが似たような行く先へと落ちていく。
努力せずとも簡単に財貨を手に入れることが可能な、犯罪者へとだ。
堕ちた商人は、取り引きが禁止されている危険な物品を扱う、闇商売を始める。
贅沢の味を忘れられなくなった職人は、金さえ払ってくれれば、どんなものでも作る闇職人へ。
傭兵と逃走兵が手を組み、街道上を行き交う人たちを狙う、野盗となる。
前世の日本でだって、教育水準は世界中の国々と比べても高かったし、世界の国々からみたら日本は犯罪件数が低い傾向にあったけど、犯罪者は雨後の竹の子のように生まれてきていた。
ましてや、前世の日本と比べ物にならないほどに道徳観念の低い今世の人たちなら、簡単に悪の道に落ちてしまうのは人の道理だろう。
ともあれ、そういった犯罪者を取り締まる必要が、ここ最近で高まってきた。
犯罪がいけないことだから取り締まる、そういう面があることも事実だ。
しかし実情はというと、犯罪者に蔓延られると、健全な治安維持と経済活動が阻害されることが問題だからだ。
闇商売で儲けている人の話は、真っ当な商売でも経営が苦しい商人が鞍替えする呼び水になりえる。
どんなものでも作ってくれる職人がいるのならと、空き巣狙いの道具を作ってもらって泥棒に転職する者が出てくるかもしれない。
街道上で野盗が出れば、その野盗が討伐されるまで、街道の交通は制限されることになる。物流の停滞は、停滞した分だけ流通物の価格を跳ね上げる原因と変わる。
つまり犯罪者は、十害あって一利なし。
いて貰っては困るというのが、施政者の立場からの意見だったりする。
では、犯罪者のことごとくを捕まえてしまえばいいかというと、そうとも限らない。
清い水には魚は住まない、なんて諺もある。
犯罪者を狩りつくす勢いで取り締まると、それはそれで健全な住民に圧迫を与えることに繋がりかねない。
だから、重大犯罪に繋がりそうな件や、健全な住民をむしばむ類の道具や薬は取り締まる。けれど犯罪者同士を相手にする商売や、大した被害のない軽微な犯罪は目こぼしする。それぐらいの調整が必要になってくる。
そんな微妙な調整を、どうやってやるのか。
実は、簡単にできる。
といっても、調整をやるのは俺の仕事じゃない。
犯罪者の側が勝手にやってくれる、そんな方法があるんだ。
「というわけで、街道にでる野盗を虱潰しにしていくことにした」
俺の宣言に、目の前にいる軍の将軍級の人たちが呆れ顔を返してきた。
「なにが、というわけ、なのかは知りませんが、野盗の件は憂慮していたことでしたからね」
「その命令に否はありません。しかしながら、虱潰しということは、見つける端はら皆殺しにしろと?」
将軍の一人からの疑問に、俺はニコやかに頷いて返した。
「捕まえる必要はないし、投降した人を受け入れる必要もない。全員、殺してあげて欲しい」
俺の言葉に反論があるのか、目の前にいる全員が渋い顔をしている。
「意見があるなら、聞くよ?」
「では――せめて、投降の呼びかけを行い、応答した者は捕まえて後送するべきかと」
「それはどうして?」
「兵への被害と、兵の心情を考えた場合、その方がよろしいかと」
俺はどういう意味か分からなかったので、説明の先を手振りで促した。
「いま街道を脅かしている野盗の多くは、傭兵や逃走兵です。曲がりなりにも戦闘訓練を行った者たち。食い詰めた村民が鍬を手に野盗になった者とは、危険度が違います」
「ふむふむ。こちらが問答無用に攻めかかれば、野盗も決死で反撃してきて、被害が大きくなる。そうならないためにも、事前の投降は受け付けようってことだね」
「それと、兵の中には逃走兵の顔を知っている者もいるやもしれません。知人を問答無用に殺せと言われて、身中穏やかにいられるものは少ないかと」
「知人だからって甘い顔をすれば、犯罪者はそこを突いて来ようと――いやまてよ。将来の離反を避けるために、兵が納得できる理由付けが必要ってことか」
俺は提案された内容を考え、交戦前に投降の呼びかけを行うことを了承した。
ただし、それは一つの野盗に対して一度きり。
そのときに応答しなかった場合は、野盗は皆殺しにするように取り決めをした。
ノネッテ合州国の軍隊が主導して、街道上に現れる野盗の駆逐が始まった。
まずはルーナッド州の街道から行っていく。
でも、もともと治安維持に努めていたこともあり、ルーナッド州にいた野盗の数はほんの少しだった。
ルーナッド州の野盗を駆逐し終わった後、俺はルーナッド州の全域に領主としてお触れを出した。
『野盗のように、健全な民を食い物にし、州の治安を脅かすものに対し、容赦は一切ない。民から犯罪の訴えがあれば、即座に調査および捕縛を命じると宣言する』
このお触れが犯罪者に向けての言葉だったこともあり、普通に日々を暮らす人たちには好意的に受け止められた。
むしろ子供の教育に流用された。「悪い事をすると、国の軍隊が捕まえに来てもらうよ」と、悪戯をする子供を叱る方向で。
一方で自分が犯罪をしていると自覚のある者は、大っぴらな行動を控えるようになった。
普通の住民に怪しまれて軍に通報されないよう、日頃は普通の様を取り繕う。犯罪物の商売先も、ごく限られた者と、その者の紹介で来た者のみに限定するように変わった。
そういった時流が分からなかった闇商売人を、俺が捜査結果と共に吊るし上げを行った後は、犯罪者の態度は一層大人しくなった。
『領主と軍に目をつけられたら潰される』と理解し、『目を付けられない程度にしていれば生きていられる』と分かったからだ。
しかしながら、犯罪者の多くは自分勝手な気質だ。
押さえつけてくる俺が居なくなれば、もっと大っぴらに商売ができるようになると考える者もいる。
そういった者たちは、暗殺者を雇うなり作るなりして、俺を暗刃で狙おうとしてくるようになった。
けど俺は、騎士国の騎士であるファミリスと、常日頃に模擬戦をしている。
並大抵の暗殺者なら、武器なしでも制圧することが可能なほどには鍛えてある。
そもそも神聖術を最大発現させれば、市井で買える鉄のナイフぐらいだと、俺は刺し傷一つ負うことはない。
仮に毒を飲まされそうになっても、神聖術で強化した嗅覚なら毒の判別は可能だし、なまじっか毒を飲んでしまっても体外に排出されるまで神聖術で対抗が可能だったりする。
なんて神聖術はチートなんだと思ってしまいがちだけど、これぐらいに神聖術が威力を持ったのは、ごく最近のこと。
今日までファミリスに扱かれ続けた日々を考えると、費用対効果としてはトントンか少し足が出ている感じがなくはないんだよなぁ。
こんな大変な日々を送ってきたからこそ、神聖騎士国の騎士や兵士たちは、簡単に力が手に入ってしまう魔導具を毛嫌いしているんじゃないかな。
ともあれ、暗殺者を返り討ちにして、暗殺者を送り込んできた者を捕縛して吊るし上げる日々を、少しの間送らないといけない。
ちなみに、俺が暗殺できないと知れば、俺の家族を狙うのが次の段階になるのが手順なんだろうけど、仮に俺が暗殺者なら絶対にやらない。
俺の家族――特にパルベラや子供に手を出そうとすれば、子供を可愛がっているファミリスの逆鱗に触れるからだ。
もしそうなったら、竜巻の直撃を受けた以上に、暗殺者を向けた者と関係者たちが酷いことになるのは目に見えている。
ホネス、ジヴェルデ、アテンツァを狙った場合でも、可愛がっている子供が悲んだからと、冬眠明けの熊以上の狂暴さで元凶を叩き潰すことは間違いない。
「さっさと諦めて大人しくしてくれれば、それだけ被害が少なくなるんだけどなぁ」
そう溜息を吐きつつ、俺はルーナッド州の街道の掃除を済ませたので、他の州へ軍を派遣して街道の治安維持活動を行わせることにした。
州を跨いで行動するからには建前が必要になるけど、『ルーナッド州の野盗が他州に逃げてしまったので、その尻拭いをする』とでもすればいい。
他の州とはいえど同じ国に属しているし、ルーナッド州の持ち出しで街道上の治安が良くなるんだ。州の領主としては、治安維持の予算が浮いてウハウハだろうから、問題にはならないだろう。