三百四十九話 相談事
騎士国についてのことは、色々と気にはなる。
しかし俺は干渉する気はないし、干渉する術もない。
問題になるのは数年後の未来だし、きっとなるようになるさ。
そんな気楽な心持ちで、騎士国のことについては頭の端に追いやることにした。
その代わりじゃないけど、俺は領内の発展に力を注ぐことに決めていた。
大陸を三つの国で分け合っている関係上、貿易相手は騎士国か帝国しかない状態になっている。
しかし二つの国とも大国なので、ノネッテ合州国が輸出する品を欲する事は少ない。
そもノネッテ合州国の輸出品の強みは、ロッチャ州で生み出される鉄鋼やガラス製品と、大陸中部から南部にある草原地帯で生産された作物だ。
騎士国は神聖術に合う独自の武器を製造しているし、食料についても問題はなさそう。
帝国にしても、騎士国との戦争が下火になったことで、ノネッテ合州国から武器を輸入することを止めて、完全な自国生産へと舵を切っている。
つまり、輸出しても売れる品がないわけだ。
国外で儲けられないとなれば、自国の経済の巡りを良くするように、国が取り計らう必要がでてくる。
それは俺だけじゃなくて、ノネッテ合州国の国主であるフッテーロ王も分かっていた。
だからこそ、王からの命令という形で、各州へ領地を発展させるよう命令が下ったりもしている。
俺はもともと領地発展に力を入れる気でいたから、フッテーロ王からの命令も「ふーん」という感じで流せた。
しかし他の州、特にフッテーロ王の血縁者――俺の姉兄が納めていない土地では、悲鳴が上がったらしい。
「急に領地を発展させろと言われても、農作物しか取り柄らしい取り柄がないのに!」
「発展させたくても、手持ちがないのに、どうしろと!」
そうした混乱の後に、領地発展させる方法が思いつかない領主たちが、なぜか俺を頼って使者を送ってきた。
一人一人相手にするのも手間なので、各州からの使者を一まとめに面会することにした。
「……改めて聞くけど、なぜ俺に聞くんだ?」
俺が真顔で問いかける。
使者はバツが悪そうな表情はしつつも、必死に助けを求めてきた。
「王からの命令。その必要性は重々に承知しているのです。州に分かれているといえど、我らはすでに同じ国の衆。州の間で商取引しようと、それは同じ財布から金を融通し合うようなものであると」
「だからこそ領内を発展させることで、その財布の中の金を増やそうとしているということも」
「しかし、資金力も構想力もなく、なにをどうすればいいか」
ほとほと困り果てている様子に、俺は少しだけ不憫に思った。
俺の領地は、ロッチャ州とルーナッド州。
この二州は、ある意味で恵まれていると知っているからだ。
ロッチャ州は元々鉄鋼が盛んな土地だったので、鉄鋼製品という強みが元々あった。鉄鋼に使う炉の知識があったから、隣接するアンビトース州から白砂を輸入して、炉で白砂を溶かしてガラスを作ることもできるようになった。
一方で、俺がいま住んでいるルーナッド州では、そういった工業的な得意はない。その代わり、大人数の軍隊と兵を訓練する場所がある。
軍隊は物を生み出さない金食い虫で維持する事が大変なのは有名だけど、そんな負の側面だけしか持っていないわけじゃない。
軍隊が多くの食料品を消費するため、方々から農作物を仕入れる必要がある。その農作物を生産してくれる農家には代金が定期的に支払われるため、その金で買い物をするようになる。
そして軍隊が治安を維持してくれるから、行商人が安全に道を行き来することができて、護衛を雇わずにすみ、輸送費が下がり、州内で流通する品々の値段が下がる。値段が下がれば、下がった分だけ品物が売れるようになり、さらに流通量が増す。
結果、州内の隅々まで経済が良く回るようになり、発展していくようになる。
つまり俺じゃなくても、余程の無能じゃない限り、経済発展が約束されている土地だ。
一方で、困って助けを求めてきている州は、本当に『他にはない強み』が全くない土地だった。
だからこそ俺は、不憫さを感じたわけだ。
とはいえ――
「――実際に、その土地に住んでいる君たちに分からない方法が、外の場所に住んでいる俺に分かるわけがないと思うんだが?」
俺が問いかけると、使者たちは『さもありなん』とばかりに頷くものの、溺れる者は藁をも掴む思いなんだろう、必死な顔を向け続けている。
「道理が通らないことは重々承知の上、どうにか道筋だけでも示していただけませんでしょうか」
明確な方法じゃなくていいのなら、口から出まかせレベルの助言でいいのなら、できないこともないか。
俺は前世の記憶を引っ張りだし、どういった方法で日本で地方創生をしようとしていたかを思い返す。
「そうだな。まずは、農作物の品質や味の向上かな」
「品質――病気のなりにくさや新鮮さは分かりますが、味ですか?」
使者は不思議そうにする。
それもそうだろう。この世界で農作物とは、畑で育てられる食べられる物を差す。
生産数を気にすることはあっても、味を気にすることはない。
これは、わざと数を産むために不味い物を作っているって意味じゃなくて、同種の農作物同士なら味の差はないと考えているってことだ。
例えば小麦なら、どの土地のものでも小麦の味としか感じない。だから小麦の味に優劣なんてない、と考えているわけだ。
その考えが違うことは、前世の日本では大量の種類の米が作られていたことから分かる。
「仮に、一口食べれば虜になってしまうパンがあったとする。でもそのパンを作る者は、自宅から徒歩四半日の距離にある。普通のパンを作れるものは、自宅から間近にいる。さて、君たちならどうする?」
例えを持ち出して問いかけると、使者の中でも答えはバラバラだった。
「四半日も離れているのであれば、諦めて普通のパンを選ぶかと」
「専用の使用人を何人か雇い、日に交代で買いに行かせます」
「パンを作る者を家に招き、雇い入れます。出来なければ、弟子を雇わせてパン作りを習わせ、その弟子を家に招き入れます」
それぞれの答えに、俺はうんうんと頷いてから、例え話をした目的を話す。
「美味いパン一つで、君たちのように人々の行動に差が生まれる。その差を増やすことが、経済発展に繋がるんだ」
「差が、ですか?」
「さっきの君たちの答えを持ち出すとだ。パンを買う使用人を雇えば、そこに賃金が発生する。賃金を得た使用人は、パンを買う道中で買い物をするかもしれない。買い物をしたら、その道中の経済は規模は小さいけど、少しは進むだろうね。美味しいパン屋の弟子を雇い入れられたら、そのパンを目当てに客が来るようになり、その客との繋がりで事業が生まれるかもしれない。全ては可能性だけど、少なくとも『発展の余地がない』わけじゃなくなる」
俺の話が浸透する間を作ってから、更に切り出す。
「いまはパンの話だったけど、その優劣の差が酒なら? 味じゃなく、絵画の出来なら? 他の土地にない、特異な風光明媚な景色なら?」
「つまりミリモス様は、人々が行動するよう促せば、それが経済の発展に繋がると言いたいわけですね」
前世の知識を持ちだしながら喋っていたので、そう問いかけ直されると、本当にそうなのかと疑問が湧いてしまう。
けど、改めて考えても、使者の言葉が正しいと感じた。
「そうだね。だからまずは、人々が新たな行動を起こせるよう、なにかしらの目玉を作るんだ。パンや酒の例ように、同じようで違うものでもいい。絵画や彫刻のような、他の土地にない唯一の芸術を作ってもいいからさ」
俺が提案を終えると、使者たちはそれぞれ黙考を始め、五分ほど経ってから納得の表情に変わった。
「ミリモス様の仰られたこと、しかと主に伝えます」
「まずは州の中に、なにがあるかを把握することから始めます」
使者たちは頭を下げて退出の礼を取り、扉から出ていった。
その直後、パタパタと急ぐ足音が聞こえてきたことから、どうやら急いで地元へと戻る気のようだ。
なんとか面会を切り抜けた俺は、はぁっと溜息を吐く。
「まったく、どうして俺に聞いてくるんだかなぁ」
いや、ちゃんとわかっている。
理不尽な命令をした王の弟なのだから、手助けしろと言ってきたんだってことは。
けど、俺は王弟であると同時に二州の領主だ。
その領主に助言を求めたってことは、これが一種の借りであると自覚しているのだろうか。
自覚してくれていればいいなと思いつつ、俺は自領の発展の方法について考えるよう思考を切り替えたのだった。