三百四十八話 三大国時代の始まり
集団決闘にて、ノネッテ合州国はアナビエ国を下し、傘下にした。
これで大陸を、神聖騎士国、魔導帝国、ノネッテ合州国の三国で土地を分け合う形になった。
前世風に言うなら、三国志って感じだ。
その三国志にあったと記憶しているけど、この三つ巴状態の方が三国間の状勢が穏やかになるらしい。
では実際に同じ状態になった、この世界は現状でどうなっているかというと、まだまだ気の抜けない状況が続いている。
気が抜けない理由の最初は、帝国の一等執政官フンセロイアが、俺の元に顔を出しに来たことだった。
「ミリモス殿に、お礼を申し上げにきたのです」
上機嫌を隠そうともしない顔で、フンセロイアが言ってきた。
俺は彼の顔を胡散臭げに見つめる。
「ノネッテ国は合州国になり、王も代替わりしました。王弟とはいえ一領主に過ぎない俺に取り入ったところで、ノネッテ合州国を帝国の企みに巻き込むことは難しいと思いますよ?」
俺が思ったことを端的に伝えると、フンセロイアは心外だという顔をしてきた。
「まさかまさか。ミリモス殿とノネッテ合州国は、私の事を帝国内で随一の執政官にしてくださった功労者。それを企みに巻き込むなど、とてもとても」
殊勝な態度と表情を見せているし、俺の目には真実のように見えるけど、どうせ演技だろうと思うことにした。
「それで、本当に顔を見せに来ただけですか?」
俺が用向きを尋ねると、フンセロイアは少し顔を真面目な調子に整えた。
「少し、お耳に入れた方が良いと思った情報がありましてね。ああ、これまで無理難題を聞いてくださってきた見返りに、この情報は無料で提供いたしますとも」
「無料より高いものはない、なんて話もあります。あまり、聞きたくはないのですが」
「本当に聞かずにおいて、いいのですか?」
フンセロイアの粘性が含まれた声による問いかけに、俺は聞かなくても地獄だし、聞いても地獄なんだろうなと悟る。
俺が身振りで教えて欲しいと告げると、フンセロイアは嬉々として喋り始めた。
「まず、帝国と騎士国とで休戦協定が結ばれました。以後、両国での戦争は、向こう十年は行われないことになりました」
「言っては悪いと分かってますけど、休戦だなんて以外ですね」
「まあ、帝国の立場からしますと、これ以上の国土拡大が見込めなくなったので、領内開発に力を入れたいという気持ちがありまして」
大陸は三国で分け合っている。
帝国が国土を伸ばそうと考えれば、騎士国かノネッテ合州国から奪うしかない。
しかし騎士国を相手に戦ってても、戦力が拮抗しているため、国土を奪い取れるはずがない。
ではノネッテ合州国へと食指を伸ばすのが唯一の選択肢なのだろうけど、生憎、ノネッテ合州国が帝国に攻められる理由がない。
ノネッテ国が国土を拡大して合州国になったのは、帝国からの要望。そして、その要望を果たしている。
ノネッテ合州国は帝国の望みを叶えたことになり、その要望成就の報酬を貰っていない。
これは、ノネッテ合州国が帝国に大きな借しを作ったということ。
これから先、仮にノネッテ合州国が帝国に対して何らかの失態を犯したとしても、一度だけなら、その報酬と相殺することだって可能なほどのだ。
つまり、帝国が何らかの企みでノネッテ合州国に戦争を仕掛けようとしても、一度だけ無条件に無効化することができる。
そんな徒労と分かっている企みだ。帝国の役人やら執政官やらは、やりたがらないだろう。失敗すれば、自分の経歴に傷がつくんだから。
それと、忘れがちだけど、ノネッテ合州国には帝国のトップの署名が記入された紙――『帝国とノネッテ国とは同格だ』と明記された書状だってある。
こっちの失態を狙うような手段を行使してきたら、同格の相手にする事かと非難することができる。
そして『非難可能』ということは、こちら側から帝国を攻める口実が作れるということ。
もちろん、ノネッテ合州国が単独で帝国を相手に戦争を仕掛けても負けてしまう。
しかし俺には、パルベラとファミリスという騎士国に縁を持つ人物が側にいる。
彼女たちを通じて、騎士国に援軍を要請してから、戦争を開幕するという手段が使える可能性が高い。
要するに、帝国が騎士国やノネッテ合州国の領土を奪い取ろうと画策しても、費用と手間と被害を考えたら採算に合わない。
採算が合わないような真似をするぐらいなら、今ある領土を発展させたほうが、国が発展する。
俺は帝国が自国の領土を開発すると決めた裏を、そう読んだ。
「帝国と騎士国が休戦になったことは、とても良い事です。これで以後、この大陸は平和な状態が続くでしょうね」
俺は本心から告げたのだけど、その考えは間違いだと言いたげに、フンセロイアは口元を歪ませた笑みを浮かべてきた。
「ところが、騎士国の方にも動きがあるようでしてね。その動きが、帝国にも歓迎できたので、休戦を結んだという裏の事情もありまして」
「騎士国の動き?」
ノネッテ合州国は、第三の大国になったとはいえ、地力では騎士国にも帝国にも劣る。騎士国と帝国の動きに注視しなければいけない立場なので、情報収集は欠かさず行っている。
しかし、フンセロイアが語ったような報告は、一つたりとも上がって来ていない。
騎士国に縁を持つパルベラやファミリスからだって、そんな話は聞いていない。
俺が真偽を疑う眼差しをしていたからか、フンセロイアの笑みが深くなる。
「騎士国は隠したがっているようでしてね。帝国でも一番の腕前の諜報員一名だけが、情報をもたらしてくれたのですよ」
「報告した者が一人だけだと、情報の信頼性に弱いと思いますが?」
「その者が掴んだ情報ならと、帝王様すら信じてしまうほどの、存命中ながらに伝説的な諜報員なのですよ」
帝国の伝説な諜報員のことを知らない俺からすると胡散臭い話だけど、そう言ってしまっては話が進まないので、フンセロイアに先を喋らせてみることにした。
「どうやら騎士国では、王の代替わりを画策しているようでしてね。次代の王へ継承がすむまで、帝国には大人しくしていて欲しい。だから休戦条約を結んだ。その様な報告だったのです」
俺とパルベラは、ほぼ同い年。俺は七番目の末っ子で、パルベラの兄弟姉妹の数は把握していないけど、姉が一人いることは知っている。
ということは、俺の父親のチョレックスと現騎士王の年齢は、十歳も開いてはいないはずだ。
そしてチョレックスは内政の王で、騎士王は前線に立つこともある戦場の王。
内政の王よりも戦場の王の方が、年による衰えが顕著なので、代替わりも早めに行わなわなければならなくなる。
そう考えれば、チョレックスと現騎士王が同時期に退位するのは、道理に合っていると言えるな。
「……ノネッテ合州国でも王が代替わりしたからには、騎士国で行っても可笑しくはないでしょうね」
「おや、あっさりと信じましたね。帝国の将軍たちは、先の戦争で騎士王の健在だと骨身に染みるほど知らされた関係で、騎士王の代替わりするという情報は帝国を欺くための虚報だと信じて疑っていないのですけれどね」
「騎士王が健在なことは、こちらも疑っていません。むしろ健在な内に、次に国の舵を手渡す気なんでしょうね」
「国の舵を渡す代わりに、前線に出る許可をもぎ取られたら、帝国にとっては多いな痛手なのですけどね」
「現騎士王――パルベラの父親さんなら、前線でも大活躍するでしょうね。国一番の使い手という話ですし」
いままでは王として戦場の差配をしていた人物が、前線で好き勝手に暴れるようになる。
普通なら死亡フラグなんだろうけど、あの人なら平然と生還するだろうな。
「それにしても、騎士国の王が変わることを伝えに、わざわざここまで?」
遠くまで足を運ぶ必要がある情報かと首を傾げると、フンセロイアに忠告された。
「王が変わるということは、国の方針も変わるということ。特に騎士国は『正しさ』を基準に物事を判断する連中です。そして『正しさ』とは十人十色なもの。ここまで言えば、お分かりですね」
新たな騎士王の正しさが、ノネッテ合州国の利益に合わないかもしれない可能性に備えておけってことだな。
前々からノネッテ合州国と帝国が研究を進めている魔導技術のことを、騎士国の人たちは面白く思っていなかった節がある。
誰もが手軽に手にすることのできる大きな力は正しくない、という意見でだ。
前世の記憶がある俺からすると、まあ分からなくはない意見ではある。
人間とは色々とウッカリする生き物だ。
そんなウッカリな生き物だからこそ、便利だけど扱いに用心が必要な物を持つと、被害を起こすことがある。
自動車を運転中のよそ見で、人身事故を起こす。
銃の薬室に弾を入れっぱなしにしたことで、暴発による死亡事件が起こる。
電車の脱線事故や飛行機の墜落事故だって、操縦者の操作ミスで起こってしまう。
そういった被害を出さないようにするために、色々な物を規制するべきだと主張するのも、一つの考え方だ。
自動車がなければ、交通事故は起きない。銃がなければ、指先一つの動きで人が死ぬことはない。電車や飛行機がなければ、人が大量に死傷する悲惨な事故は起こらなくなる。
とはいえ、これらは間違いのない事実ではあるけど、実際に行えば確実に日常生活に不便を強いる暴挙でもあることも事実だったりする。
そんな暴挙と言えることを、騎士国の新たな王が行おうとするかもしれない。
そう、フンセロイアは警告しているわけだった。