三百四十七話 集団決闘が終わり
ノネッテ合衆国と騎士国との戦争が始まる日がきた。
場所は騎士国とアナビエ州の国境にある、緩衝地帯。
この位置を宣戦布告書で打診された当初は、どうしてノネッテ本国やルーナッド州から遠い位置を選んだんだろうと不思議に思っていた。
しかし後で、この戦争における帝国の企みを知ったことで、理由が腑に落ちた。
要するに、騎士国は帝国の企みを僅かながら掴んでいたんだ。
そのため、ノネッテ合州国と騎士国が戦争する間に、帝国が騎士国の領地に入り込んだとしても、すぐにノネッテ合州国と帝国の軍勢が合流できないよう、遠い位置に戦場を設定したということだろう。
そして、この騎士国の用心は、実を言うとノネッテ合州国にとって有り難くないことだったりする。
だってそうだろう。帝国が進出を続けて騎士国が本格的にぶつかり合う位置にくるまで、ノネッテ合州国は騎士国の騎士や兵士と戦い合っていないといけないんだから。
本当は、ノネッテ合州国が騎士国の軍勢を叩き潰すことができれば一番良い。
しかしながら、どう楽観的に計算をしても、ノネッテ合州国が騎士国に勝つ未来を算出できなかった。それどころか、時間稼ぎに徹したとしても、どれだけの時間持ちこたえられるか未知数だった。
それでも、俺はノネッテ合州国の二州の領主かつ、全軍の指揮官として負けるわけにはいかない。
だからこそ、採れる手段は全て使うことにした。
まずは新型魔導鎧を増産させつつ、ノネッテ合州国の全州にある簡易魔導鎧を全て接収した。
これで前々から作ってあった旧型の魔導鎧と合わせて、全部で一万着もの魔導鎧を揃えることができた。
そして専用の盾と長柄武器は、それぞれ予備を含めて三万個ずつ用意してある。
この一万の魔導鎧とそれぞれの武装で、騎士国の軍勢への防波堤とする。
もちろん鎧や武装だけあっても、中に着る者がいなければ意味がない。
とはいえ、もともと魔導鎧部隊に配属されていた兵士の人数は、以前の戦争からやや増えて五千人しかいなかった。
今回の戦争では、魔導鎧の防御力のみが命綱ということもあって、重装歩兵隊や長槍隊を全て編入することにした。
これで魔導鎧部隊の人数は三万人を越えた。
一万着しか魔導鎧しかないのに、三万の人数がどうして要るのか。
それは魔導鎧の弱点――長時間の使用で装着者に魔力切れを起こすという問題があるから。
弱点解消のために、余剰の二万人は交代要員となる。
もちろん、この三万人で騎士国の軍勢を押し止められるとは思っていない。
効果は薄くとも嫌がらせに使えると見た弓矢を用いるため、弓隊を二万人。
戦場をかき回し、伝令役にも使える、騎馬隊を一万騎。
ロッチャ製の魔導剣や魔導槍を携えた兵士が二万人。魔導杖を持たせた魔法兵が五千人。
偵察兵や輜重兵と人足の農民兵などが合わせて一万人。この人たちは、いざとなったら魔導鎧を着てもらうために、多めに人数を集めている。
以上、ノネッテ合州国の各地からどうにか戦力を抽出して作り上げた、決死防御を行うための約十万人の軍勢。
この全軍でもって、帝国が騎士国の国土の奥深くへ侵入する時まで、騎士国の騎士と兵士の攻撃を受け止めて時間稼ぎをしなければいけない。
いよいよ戦場にて、騎士国の軍勢と向かい合う時となった。
十万のノネッテ合州国の軍隊と向かい合うのは、騎士国の軍勢――ぱっと見で一万人。
戦力差十対一ともなれば、本来ならノネッテ合州国の側の勝利は揺るがない数字ではある。
しかし騎士国の兵士は、他の国の兵士の十倍は強い。騎士に至っては、数十倍ではきかないぐらい。
それを考えれば、十万のノネッテ合州国の軍勢に対して一万人を宛てたのは、騎士国の側に立って考えたら過剰戦力と言えなくもない。
「これは、騎士国は本気で短期決戦を挑んできた、って考えていいのかもな……」
俺は独り言を口の中だけで呟きつつ、両軍が睨み合っている中間点へ向かって歩き出す。
すると騎士国の側からも、一人の騎士が近寄ってくる。
しばらく歩き合って、お互いに顔の形が確認できる位置まで来る。
相手側の顔を見た俺は、つい苦笑いしてしまった。
「お久しぶりです。コンスタティナ長女姫様――いえ、コンスタティナ女王様と言った方が適切ですか?」
「貴殿はパルベラの夫、そして戦争の敵なのだ。敬称などつけず、呼び捨てにすると良い」
威風堂々と言い切る姿は、昔に一度会って手合わせしたときと同じだった。
懐かしい姿に、俺は自分の苦笑いを強めてしまう。
「初めて会ったとき、こうして戦争で剣を交えることになるとは思ってもいませんでしたよ」
「そうか? こちらは剣を合わせたとき、いつか戦場で合うことになると直感したが?」
コンスタティナの直感の精度に呆れれればいいのか、それともそう感じていたのなら回避する手段を問ってくれよと嘆けばいいのか。
どちらが正解にせよ、戦場の場ではどちらも選ぶことは出来ない。
俺は苦笑いを消して、真面目腐った顔になる。呼応して、コンスタティナの方も顔つきを引き締めている。
お互いに準備が整ったことを悟り、俺は戦争の前口上を大声で述べ始める。
「我が名は、ミリモス・ノネッテ! ノネッテ合州国の軍勢の長である! 我がノネッテ合州国に対し、神聖騎士国は『魔導具の使用を止めよ』と不当な要望を押し付けてきた! それを拒否するや、宣戦布告をしてくる始末! 故に、我らは鎧を着、剣を持ち、戦うことを選んだ! 正しきは、我らの側にある!」
「我が名は、コンスタティナ・エレジアマニャ・シルムシュ・ムドウ。神聖騎士国を統べる騎士王の妻! 魔導具は将来に禍根を生み出す、いわば厄物! その使用を止めることが、将来の国の安定に繋がる! そのため、使用を止めるよう呼びかけを行った! しかし貴国は、それを聞き入れなかった! 未来の障害を取り除く行動は、正道の一つ! 故に、我らは剣を取ってでも魔導具の使用を止めると決めた! 筋が正しきは、我らである!」
お互いに立場を表明し、そしてお互いが自分が正しいと言い合う。
軍勢を背後にしながら意見が対立してしまったのなら、実力行使の段階だ。
「我らノネッテ合州国の軍勢一同は全力を持って、騎士国の横暴に抗おう! 抗った結果、正しきは我らの方であると証明されるだろう!」
「我ら神聖騎士国の総勢は渾身で剣を振るい、貴殿の軍を打ち倒そう! 打ち倒した果てに、我らの正しさが証明されると信じて!」
前口上を終え、俺はコンスタティナに背を向けて自軍へと引き返す。
俺の背後で、コンスタティナも騎士国の軍勢へと戻る足音が聞こえる。
これで、俺とコンスタティナが、それぞれの軍へ戻ったところで、ノネッテ合州国と騎士国の戦争が始まるのだ。