三百四十五話 横槍
アナビエ国の戦士たちが神聖術を使えることには驚いた。
けれど種がわかってしまえば、対処のしようはある。
それも、俺との模擬戦で神聖術を使う相手に慣れているノネッテ合州国の兵たちなら、なおさらだった。
「防御に集中! 相手からの攻撃は、受け止めるのではなく、受け流せ!」
「今回は敗退条件付きの集団決闘だ。鎧の手足と武器を壊されないよう立ち回れよ!」
ノネッテ合州国の兵たちはお互いに声をかけあい、アナビエ国の戦士たちに対抗する。
初っ端は被害を一方的に出されてしまったが、以後はお互いに被害の押し付け合いの形になった。
兵たちの鎧や武器が破損すれば、戦士側にも武器の喪失や負傷で退場が増えていく。
俺も俺で戦働きを続けている。
一瞬だけしか神聖術を使えない相手なんて、常に神聖術を使いながら武神のような剣撃を見舞ってくるファミリスに比べたら、子供の相手をしているようなもの。
手加減する余裕すらあり、アナビエ国の戦士たちの武器を破壊して退場処分にするよう心掛けている。
しかしアナビエ国の戦士たちも、こちらに負けてはいない。
一瞬だけしか神聖術を使えないのなら、その一瞬に全てを賭けた戦い方をしてくるようになってきた。
それこそ、お互いに同数なのだからと、一人一殺の心意気でノネッテ合州国の兵たちに襲い掛かってくる。
アナビエ国の戦士たちの戦法の変化によって、お互いの退場者の数が加速度的に膨れ上がっていく。
これはまずいと、俺が率先して戦士たちの数を減らそうと試みようとして、その瞬間に横槍がやってきた。
文字通りに、横から飛んできた槍を、俺は神聖術で増した膂力でもって剣で打ち払う。
槍が飛んできた槍の方へと顔を向けると、二人の人物が見えた。
一人は、集団決闘が始まる前に顔を合わせた、アナビエ国の王のアトリデーモス。
もう一人は、アナビエ国の戦士と同じ兜と鎧の姿をした三十歳越えの男性で、初めて見る顔――いや、どこかで見かけたような気がする人物。
どこで見かけたのかと思い出そうとするが、思い出しきる前に、アトリデーモス王ともう一人の男性が抜いた剣を掲げて突撃してきた。
「いざ、勝負!」
アトリデーモス王の言葉に、俺は剣を構え直しながら言い返す。
「二対一で、勝負だって!?」
「互いの数の大小など、戦争時ではよくあることよな!」
アトリデーモス王の片手剣の一撃を、俺は剣で受け止める。
どうせ一瞬しか神聖術を使えないのだから、効果が切れた瞬間にアトリデーモス王の剣身を斬り飛ばしてしまおう。
そんな俺の考えが傲慢であると知らせるように、意外なことにアトリデーモス王の神聖術は一瞬では途切れなかった。
「戦士の国の王だけあって、神聖術の熟練度もアナビエ国で一番ってことか!」
「そう褒めるな。嬉しさで、剣戟に力が入るではないか!」
その場で一合二合と剣を打ち合わせるも、アトリデーモス王の神聖術は途切れない。その上、戦士の国の王だけあって剣の技量も高いようで、俺が押し切るに足る隙もない。
多少無理攻めをしてでも勝ちに行くかと心を決めようとした瞬間、またも横槍が入った。
あの、どこかで顔を見たことがありそうな男性が、俺に向かって剣を振り下ろしてくる。それもアトリデーモス王以上の速度と威力でだ。
「面倒な!」
俺は、その男の攻撃を受け止め、その衝撃を利用する形で後方へと跳び、着地する。
そして改めて、見知った感のある男を観察し直すことにした。
常に発揮されている威圧感から、この男もアトリデーモス王と同じように、神聖術を絶え間なく使える様だな。
むしろ、先ほどの一撃を受け止めた感触からすると、アナビエ国の中で一番神聖術が上手い戦士と言えるかもしれない。
そして男の立ち姿と、攻撃を受け止めた感触に、俺は再び既視感を抱いている。
本当にどこかで、相まみえたことがある気がしてきた。
しかし、俺が戦った中で神聖術を使える相手は、とても少ない。
常に模擬戦をしているファミリスを抜かせば、神聖騎士国の中で二人、その他の場所で一人きり。
神聖騎士国での二人は、騎士国の長女姫と騎士団長だけど、明らかに目の前の男とは違うので除外。
となると、残る一人が該当する相手となるわけだけど……
「もしかして貴方は、『聖約の御旗』にいた、テスタルド殿か?」
俺が確信ないまま質問すると、男は装備の兜を取って、はっきりと顔を見せてきた。
改めて顔を見たが、数年の年月による顔つきの変化からか、俺が覚えているテスタルドと同一ではなかった。
しかし、よくよく観察してみると、なるほどテスタルドを少し老けさせたら目の前の男の顔になるだろうと、納得できる顔つきだった。
そして俺の予想は当たっていたようで、男――テスタルドの方から挨拶をしてきた。
「ミリモス殿の言う通り、我が名はテスタルドである。再び相まみえまみえたる好機に預かり、恐悦至極に存じる」
「あの戦いの後、アナビエ国に?」
「方々をさ迷った挙句、アトリデーモス王に拾われ申した。野で腐らすには惜しいと。その神聖術の技を、国の戦士に伝えてほしいと」
神聖術は騎士国の切り札といえる技術だ。
拾われた恩義があるとはいえ、そんなものを『正義』の信奉者だったテスタルドが教えたのかと、俺は疑問から眉をよせてしまう。
すると疑問が言わなくても通じたようで、テスタルドは苦笑いを返してきた。
「詳しい方法を教えてはない。単純に、身体から湧き上がる力を増やせばいいのだと、そう伝えたまでのこと」
神聖術のキモは、細胞一つ一つから発生される生命力を増大させること。
俺の場合は、魔法による身体強化を模索している最中、細胞から出ている力が魔力に反発するという性質を見抜き、魔力で押したり弱めたりすることで生命力をどう増加刺せればいいかを把握した。
しかしそれは、俺が魔法にのめり込んで魔法を使えるようになっていたから、用いることができた方法だ。
魔法を使えるように見えないアナビエ国の戦士たちが、同じ道を辿ったとは考えにくかった。
「どうやって学んだか、聞いても?」
俺が興味本位から質問すると、テスタルドではなく、アトリデーモス王から返答がきた。
「体感して会得したのだよ。神聖術を使うテスタルドと戦い、肌で神聖術と向き合うことでな」
「……そんなことで会得できたら、この世の中は、神聖術を使える人であふれていると思いますけど?」
「ふっ。我から言わせれば、気合が足らんのだ、気合が。気合を込めれば、このように!」
ぬんっと気合の声をアトリデーモス王が放つと、その体に神聖術を発現させた。
アナビエ国の戦士たちが攻撃の最中――もっといえば神聖術を使うときに変な雄叫びを上げていたけど、もしかして本当に気合で神聖術を使っているっていうのか。
俺が信じられない思いを抱いていると、テスタルドは俺の気持ちは既に通った道と言いたげな顔をしていた。
「気合であろうと、使えているのである。納得するよりないのだ」
そんなことで良いのかと疑問を持ったところで、俺は二人が平然と会話を続けてくれている意味に遅まきながらに気付いた。
「二人の目的は、俺の足止めか」
気付けば、お互いに無事な味方の数は、共に半分を下回っていた。
俺が援護できていれば、数的優位に立てていたはずだけど、いまのところお互いに同数が退場しているような形勢になっている。
俺が会話を切り上げようとしていると見てか、アトリデーモス王とテスタルドも剣を構え直す。
「気付かれてしまっては、会話を続ける意味はない。ここからは言葉ではなく、剣で止める」
「以前の雪辱を晴らす機会。たっぷりと付き合ってもらおうか!」
神聖術を使える二人が攻めかかってきた。
俺はファミリスと模擬戦を行うときのように気を引き締めて、こちらからも攻め込んだ。