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三百四十四話 予想外

 俺は両軍が衝突する前に気を引き締め直した。

 そのハズだった。

 しかし、心のどこかで侮りが残っていたのだと、衝突した直後に思い知らされた。


 魔導鎧は、超強力な兵器だ。

 この身体を一回り大きく覆う形の鋼鉄鎧は、前世で言うところのパワードスーツのようなもの。

 組み込まれた魔導の力と内臓された油圧シリンダーの働きによって、着用者の膂力を十人力に増し、五人の兵を同時に相手にしても勝てる性能を持っている。


 そんな兵器を百人分用意して、百人の敵に当てる。

 この事実に、これはもうノネッテ合州国の側が勝ったなと、俺だけでなく、誰だって思ってしまうだろう。


 しかし、そんな俺と、俺と同意見の者の思惑を裏切る光景が、目の前に広がっていた。


「うろろろろろろろろろろろ!」


 特徴的な雄叫びを上げながら、アナビエ国の戦士の一人が手にある片手剣を振るう。

 それは刃渡り一メートルもない、ごく普通の刃付けがされた、鋼鉄製の片手剣だった。

 それこそ数ミリの鉄板すら斬ることのできなさそうな――装甲厚数センチもある魔導鎧を相手だと、ナマクラもいいところの剣。


 そんな剣の一撃によって、魔導鎧の片手が斬り飛ばされた。

 上空高くへ向かって上る切り離された片手の断面から、鉄片と油が零れて空中へと散っていく。幸い、魔導鎧の腕――人間の手が入っているよりも先の部分だけが斬られたようで、血の色はなかった。

 それでも、破壊された事実に、ノネッテ合州国の兵たちの中で衝撃が広がっていく。


「なん、だって」


 その声は、俺が上げたものか、それともノネッテ合州国の兵の誰かが上げたものか。

 どちらにせよ、ノネッテ合州国の兵たちの心情を代弁した言葉だったことは間違いなかった。


 いままで多大な戦果を上げ続けてきた、魔導鎧が負けた。


 その事実が与える衝撃は、ノネッテ合州国の兵の動きを一秒ほど止めるのに十二分だった。

 そして、たった一秒で、戦場の戦況は加速する。

 新たに五着の魔導鎧の腕先や武器が破壊されてしまったのだ。


「くるううううううう!」

「ほおおおおおおおお!」


 アナビエ国の戦士が、変な雄叫びと共に、一撃を振るってくる。

 たったそれだけで、面白いように魔導鎧が破壊される。

 いっそ夢かと思いたくなる光景だけど、俺は呆然から復帰する。

 俺がこうも容易く復帰できたのは、俺だって神聖術を使えば同じことが出来るからだ。

 逆を言えば、ノネッテ合州国の兵たちは混乱から抜け出られていない。


「動きを止めるな! 武器を振るえ!」


 俺が大声で号令をかけると、ノネッテ合州国の兵たちは条件反射の様相で、アナビエ国の戦士へ向かって武器を振るった。

 こちらの反撃に、アナビエ国の戦士は軽く立ち位置を下げて避けると、下がった分の距離を助走として、こちらへと再び突っ込んできた。


「うろろろろろろろろろろ!」

「まともに攻撃を受けるな! アナビエ国の戦士のことは、俺やファミリスを相手にしていると考えろ!」


 俺が大声を張り上げて命令すると、ノネッテ合州国の兵たちに落ち着きが戻ってきた。

 この兵たちの心の動きは、恐らく『ミリモス様やファミリス様と比較すれば、アナビエ国の戦士は大した相手じゃないな』と納得したからだろう。

 ともあれ、これで兵たちの混乱が抜け、まともに戦うことが出来るようになッた。


「応戦しろ! 武器と腕先を失った者は離脱だ! 集団決闘の約定を違えるなよ!」


 俺の命令に、無事な兵たちはアナビエ国の戦士と激しく武器をぶつけ合い、損傷を負った者はノネッテ合州国の陣へと急いで後退していく。

 命令を立て続けに出して存在感をアピールしてしまったからか、アナビエ国の戦士の一人が俺に向かって突っ込んできた。


「司令官を討つ!」


 戦士は言葉と気合を放ちながら、野獣のような素早さで迫ってくる。

 接近に気付いた兵が止めようとするが、間に合っていない。

 そして俺はというと、先ほど動揺していた揺り返しか、冷静な頭で事態を見つめることができていた。


 戦士の動きは早い。目を見張るほどだ。

 しかし、あくまで速さは『獣程度』でしかない。

 神聖術を使ったファミリスのような、残像が発生するほどの速度はない。

 そんな風に俺は、訓練や模擬戦を通してファミリスの速さに慣れてしまっているために、戦士の接近を観察しながら迎撃することができる心の余裕があった。

 

「うろろろろろろろろろろ!」


 再び変な雄叫びと共に、戦士が片手剣を振るってくる。

 俺は腰から抜いた剣で、相手の剣を迎撃した。

 剣同士がかち合い、大きな金属音を周囲に響かせる。

 そして俺は、打ち合った剣の感触に、違和感を覚えた。

 体感したことがなかったからじゃない。

 むしろ、その逆。

 良く知っている手応えだったからだ。


「これは――神聖術?」


 俺が疑問と共に呟くと、目の前にいる戦士の顔色が変わった。

 見抜かれたことに対する驚きを口元に表しつつも、見抜いた俺を強敵に認定した目つきで睨んでくる。


「覚悟! うろろろろろろろろろろ!」


 再びの、変な雄叫び。

 俺は冷静に二度三度と敵が振るう剣をいなして防ぎ、四撃目をつばぜり合いで抑え込んだ。

 その攻防の中で、俺は相手の戦士に感じていた疑問を解消した。


「百人も人数がいるのに、神聖術を使う者から感じるはずの威圧感がない。君らが神聖術を使えると知ったとき、威圧感のなさを不思議に思ったんだけど――」


 攻めかかる時には脚にだけ、攻撃するときには剣にだけ、アナビエ国の戦士は神聖術を使ってくる。

 ごく短時間だけ使用する理由は、神聖術が使えることを隠すための行動だとも考えられる。

 しかし、いまの俺たちのような状態――つばぜり合いをしている真っ最中だと、一瞬だけ使う意味はない。

 現にいま、俺は神聖術を使いっぱなしの状態で剣を押し込み、ジリジリとアナビエ国の戦士の片手剣に斬り入っている。

 このままでは武器破壊され、戦士は戦線を離脱しなきゃならなくなる。それなのに、神聖術を連続しようしようとしてこない。


「――なるほど、一度に一部分だけを、それも一瞬だけしか使えないわけか」

「ううっ、うろろろろろろろろろ!」


 またも変な雄叫びを上げながら、戦士は腕に神聖術を発揮して、俺を押し飛ばそうとする。

 しかし、そんな瞬間的な効果で退くほど、俺はヤワな鍛え方はしていない。

 逆に俺自身の神聖術を高めることで、膂力任せに戦士の方を吹き飛ばした。


「おおお、どあッ!?」


 飛ばされたことに驚き、足からの着地に失敗して、戦士は尻もちを付いた。

 俺は素早く戦士に近づくと剣を振るい、相手の手にある片手剣を根本から斬り飛ばした。


「武器は破壊した。これで貴方は離脱だ」


 端的に事実を告げて、俺は別の戦士と戦うため身を翻す。

 一応、不意打ちをしかけれても対応できるように心構えと注意はしていたけど、それは要らない心配だった。

 剣を斬り飛ばされた戦士は、負けた事実を受け入れる顔をすると、またも変な雄叫びを上げながらアナビエ国の陣地へ離脱するため走っていった。


「……もしかして、あのへんな雄叫びをしないと、神聖術を使えないのか?」


 そんな新たな疑問が湧いたが、それよりも心配しなきゃいけないことがある。

 一瞬だけとはいえ、神聖術が使える相手だ。

 その事実を、味方全体に認知を広げないといけない。


「聞け! 相手は神聖術を使ってくる! 本当に俺やファミリスと戦うように戦え!」


 突然の爆弾級の事実に、ノネッテ合州国の兵たちに動揺が広がる。

 その動揺の発生を潰すように、俺は殊更に明るい口調で新たな言葉を放つ。


「なに、俺とファミリスの相手で慣れているんだ。いっそ手慣れた相手と言える。気楽に戦えばいいぞ」


 俺は自分の言葉を証明するように、新たに戦士の一人と剣を交えた。

 そして一秒未満の時間で、その戦士の武器を破壊し、その上で防具も細切れにした。

 ちょっと過剰演出だけど、俺が戦士を圧倒した光景を見て、ノネッテ合州国の兵たちの動揺は収まった。


「なんだ。ミリモス様より弱いのか。それなら、どうにだってできる」

「稼働時間をいっぱいに使うようにすれば、負けない戦いができるしな」


 ノネッテ合州国の兵たちの意識が変わり、アナビエ国の戦士と腰を据えて戦い出した。

 これで士気の面に関しては、五分にまで戻せた。

 とはいえ、この短い混乱でノネッテ合州国の兵たちの何人かは手傷を負って離脱を余儀なくされている。

 自陣に去っていく味方は、おおよそ二十人。

 対して相手は、俺が倒した二人以外には、被害らしい被害がない。

 つまり、こちらの戦力は相手に比べて二割減ということだ。


 これぐらいの戦力差なら、魔導鎧に組み込んでいる切り札があるから、どうあっても戦いに負けることはない。

 とはいえ、その切り札は、ちょっと殺傷力が高い攻撃なので、この集団決闘という場には相応しくない。

 負けるぐらいなら使うべきなのだろうけど、現状はそこまで切迫した状況じゃない。

 ここは順当に相手の人数を減らすよう戦うことに、意識を向けるほうが建設的だな。


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― 新着の感想 ―
[一言] まさか一瞬だけでも使えるとは驚きです。 そもそも主人公がなぜ使えるのかいまだに不思議ですね。 更新お疲れ様です。応援してます。
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