三百四十三話 100VS100
ノネッテ合州国の兵陣とアナビエ国の戦士陣から太鼓の音が鳴り響き、集団決闘が開始された。
俺は、戦争ではいつも戦術や陣形を用いて戦ってきた。
しかし今回の集団決闘では、戦術も陣形も使わずに戦うことにしていた。
それは何故かというと、同数の戦いであることと、人数が百人と限られているからだ。
戦いでは、数の多少によって戦術が発生すると言われている。
数が多い方の場合、数の上で戦いが有利に運ぶことは確実なため、より味方の犠牲が少なくなるよう用兵の仕方を練る。
逆に数が少ない方の場合、数の不利を覆すべく、様々な作戦を考えざるを得なくなる。
では同数ではどうなるか。
実は、下手に作戦を立てると、作戦倒れになる可能性が高かったりする。
戦記ものではよくある『鶴翼の陣』を例にする。
鶴翼の陣というのは、突っ込んできた敵の軍勢を自陣の中央の兵で受け止め、その上で自陣の左右の兵で敵の側面から打撃する、といった戦法だ。
この鶴翼の陣で肝要な点は、中央の兵で受け止める、という部分。
これが完遂できなければ、自陣の戦列を真ん中からぶった切られ、後は右ないしは左の兵から各個撃破されてしまうことになってしまう。
では百人の同数同士で、片方は一塊で突撃し、もう片方は鶴翼の陣を使ったとして、考えてみよう。
百人がかりで突撃してくる相手に対し、鶴翼の陣の側は中央に八十人と左右に十人ずつ人数を振り分けたとしよう。
さて、百人の突撃を八十人で押し留められるものだろうか。
短時間なら可能だろうが、左右の人員が敵を包囲して攻撃するまで耐えきれるだろうか。
そもそも、左右に振り分けた人数が十人ぽっちで、敵に有効な打撃を与えられるのだろうか。
それよりも、突撃してきた敵が鶴翼の陣の中央に浸透して乱戦になってしまったら、左右に展開させていた人員はどう戦うのだろうか。
そもそも大体の場合において鶴翼の陣は、色々と条件が必要な戦術だ。
用いる側の人員は鶴翼の陣を十全に使いこなすだけの訓練が必須だし、敵を押し止めて包囲殲滅するために適した武器や防具も要る。
それりなにより、もともと包囲攻撃をする作戦は、数に勝る側が数に劣る相手に安全に勝つために選ぶ作戦だ。
自軍が敵軍んより同数以下の状況で行うなんて、自殺行為でしかない。
では、鶴翼の陣と並んでよく見る、突撃形態――紡錘の陣とか魚鱗の陣とか言われる戦法で考えよう。
突撃形態は少数が大軍に対して行うことが多いものの、一気に敵に突撃して敵の陣形を打ち崩す戦法のため、同数同士で使えないというわけではない。
そして突撃は、ちゃんと決まれば相手に大打撃を与えることが間違いない優秀な戦法といえる。
しかし突撃陣形が有効なのは、相手側が陣形を固めていたり、大人数で陣形転換が素早くできないときだけだったりする。
分散配置されていたら一度の突撃で得られる戦果は微小で終わってしまうし、敵の陣地転換が素早い相手だと突撃を躱されることだってあり得るからね。
そしてどちらの場合でも、敵側の大多数が無事であることで、突撃後に晒してしまう側面と背面から反撃を受けて多大な被害がでてしまう。
つまり、人員の散開や転換が楽な少人数を相手に使うには、いささかリスクとリターンが釣り合わない戦法だと言える。
そうやって戦術や戦法を色々と健闘していくと、少人数かつ同数の戦いだと、変に凝った作戦は逆効果であると分かった。
むしろ単純明快な戦法――それこそ正面からの殴り合いとか、突撃して乱戦に持ち込むという戦い方こそが、最も適していると考えられた。
「もしかしたら少人数同士で用いるべき戦術もあるかもしれないけど、少なくとも俺の頭じゃ思いつかかったしな……」
味方と共にゆっくりとアナビエ国の戦士の陣地へと進軍しながら、俺は溜息交じりの独り言を呟いてしまう。
そもそも俺は、前世は日本では普通の一般人だったこともあり、今世で読んだ戦術書を応用した戦い方しかしたことがないぐらいに、用兵の才能に乏しいんだ。
平々凡々な頭の出来で、前例にない戦術を編み出せなんて、土台無理があり過ぎる。
先進的な戦術を考える才能がないと自覚があるからこそ、用兵の拙さを補うために武器防具や兵種を工夫して、どうにかこうにか戦勝を掴んできたんだしな。
そう自覚があるからこそ俺は、今回の集団決闘においても、大人げなく装備の差で殴り勝つことに決めていた。
自軍の百人の兵の全てに魔導鎧を着させて戦わせるという、脳筋的なパワープレイでだ。
魔導鎧は、月日が過ぎるごとに改良され、今では直近で放たれた槍や矢すら通さない装甲を持ち、大人十人分を越える腕力を発揮する。
それこそ魔導鎧を着た兵が大斧を振るえば、落石で山道を塞いだ大岩ですら一撃で粉砕だ。
もっとも、装甲を厚くして腕力を増やした分、魔導技術が進歩して魔法の魔力効率が良くなったはずなのに、稼働時間は以前と据え置きだったりするけどね。
魔導鎧一着の腕力が十人力なので、こちらの軍勢の総力は単純計算で千人力だ。装甲の防御力を加味して考えれば、もっとあるかもしれないが、とりあえず千人分としよう。
対してアナビエ国は、アトリデーモス王と似た装備を付けた男たち百人。
つまり戦力比は、千対百と言える。
十倍の戦力差だ。これで勝てないはずがない。
俺は勝ったと確信し、後はアナビエ国の戦士たちを無力化させるだけだと楽観した。
そして、そんな浮ついた考えが浮かんだ瞬間、俺は心を入れ替えるよう自分を戒めた。
自分の戦力を過大に考え、相手の戦力を過小に見積もるなんて、典型的な敗けフラグでしかないぞ、全く。
今世で敗けらしい敗けを体験していないことで、俺は随分と戦いに対して傲慢になってしまっていたようだ。
もう戦いが始まっているから遅きに失しているかもしれないけど、この戦いで戦術を使わなくていいのか、改めて考えてみよう。
…………侮りを自覚して焦ったけど、判断自体に間違いはない。
戦術を用いるより、魔導鎧による力押しこそが、この集団決闘での最適解で間違いない。
あとは気を引き締めて戦うだけだ。
俺が表情を改めると、隣にいた魔導鎧の兵をまとめる部隊長から笑い声がきた。
「ミリモス様。ようやく戦いに赴く顔になりましたね」
「もしかして、今まで間抜け面を晒し続けていた?」
「そうですな。戦場にいる兵ではなく、戦地から遠い文官の顔をしておいででした」
「戦争を遠くに見ている顔ってことだね」
どうやら俺は、傲慢どころか腑抜けていたらしい。
戦いに向かう気分に改めて入れ替えるため、深呼吸を行う。
――うん。戦意が高まり、気分が固まった。
引き締まったと自覚がついた自分の顔を、俺は横の部隊長へ向ける。
「戦いに赴く顔になったでしょ」
「はっはっは。これは、相手が名高いアナビエ国の戦士たちであろうと、いまのミリモス様の顔を見たら怖気づくでしょう」
「怖い顔をしているつもりはないけど?」
「確かに怖い顔ではありません。しかし、その瞳を通して見える戦意の高まりは、見るものに警戒心を出させるに十分です。まさに歴戦の勇士たりえる眼光かと」
一種和やかな会話をしていた俺たちだったが、さらに一歩前に踏み出した瞬間、お互いに口を噤んだ。
ノネッテ合州国の軍とアナビエ国の戦士たちとが、すぐに戦端を開ける戦域に踏み入ったと認識して。
静かに両陣営の全ての意識が戦へと集中していき、周囲の空気が帯電しているかのようにピリピリとしたものへと変化していく。
更に一歩、また一歩と歩みを前に進める度、周囲の空気は破裂寸前の空気のような緊張感が増大していく。
そして、決定的な線を踏み越えた瞬間、両陣営から大声が放たれた。
「戦士たちよ! 叫べ! 突撃せよ!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」
「総員、武器構え! 各員戦闘開始! 訓練通りに動けば勝てる相手だ!」
「「「「「了解!!」」」」」」」
躍り出るように突っ込んでくるアナビエ国の戦士たち。
それを迎え撃つべく、ノネッテ合州国の兵士たちが武器を手に前に出る。
そして、衝突した。