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三十二話 嫌がらせ

 俺は転がり落ちるような勢いで、山の坂道を下っていく。

 普通、これほどの速さで山を下ると滑落する恐れがあるのだけど、俺の場合は神聖術のお陰で素早い移動ができているだけなので危険は全くない。

 適宜休憩を入れながら丸一日かけて山を下ったところで、雪で白く塗られた山肌に、点在する木々と、黒々とした線が見えた。あの線がロッチャ国の軍勢だ。

 意外と近い位置にいることに、俺は驚いていた。


「よく見てみると、人数は一万もいない。フッテーロを逃がしたと判断した直後に、この山近くにいた軍勢を進出させたってところか」


 大ざっぱに数えてみると、敵兵は三千人ほど。

 数の上では、砦に攻め入ってきたメンダシウム国と大差ないが、ロッチャ国の装備は段違いに強力だ。

 重厚な鉄の鎧に身を包み、手には鋼鉄製の大槌や棍棒などの打撃力が高い武器を携えている。柄が長い槍や斧も持っているようだ。大盾を持つ人もいるが、剣や弓は見えない。全員が重たい武器を持っているので、純粋に魔法で戦う魔法使いもいなさそうだ。

 一般的ではない種類の武器ばかりだけど、目的は推察できる。


「ロッチャ国で内戦になったとき、相手も頑丈な鎧を着てくる。その防備を打ち倒すための武器だけが、発達発展したってところだろうね」


 そんな内戦だけを気に掛けた装備からして、ロッチャ国ほど製鉄の技術が高い国でも、帝国との戦いは想定していないんだな。

 帝国の魔法は砦の壁すら破壊する。その魔法の前じゃ、ロッチャ国の鉄の鎧だって障子紙と同じ防御力でしかないんだから、当然と言えば当然だけどね。


「そして重装備だから、山を登る速度も遅い」


 ロッチャ国軍が山を登り始めたと報告があったのは数日前なんだけど、山肌にある黒線は、まだ山の下の方をうろついている。俺が観察を開始してからだって、さほど進んではいない。

 装備が重たいせいで、起伏が緩やかな歩き易い場所しか歩けないため、場所によっては遠回りする必要があるためだろう。

 俺は山の姿を頭に入れて、ロッチャ国の軍勢が通りそうな道に予想を立てる。

 同時に、俺が潜伏して攻撃する場所を決めていく。


「攻撃というより、嫌がらせだけどね」


 俺は気配を消す神聖術を行い、そろりそろりと移動を開始し、目を付けた潜伏場所へと向かった。




 窪地に座り、神聖術で気配を消したまま、手袋をつけた両手を口の前に当てて息をする。

 こうすれば、吐く息の白さも誤魔化せるのだ。

 ちなみに足は凍傷にならないように、雪の音を鳴らさないように気をつけながら、足先を動かして血の巡りを確保することにしている。

 そのまま小一時間ほど経ったところで、ロッチャ国の軍勢が鳴らす音が聞こえてきた。

 足元を踏み固めながら歩く音。金属の鎧が擦れる音。そして重い装備で山登りをして疲れている様子の荒い息の音。

 俺がそっと窪地から顔を出して様子を見ると、二百メートルほど先にロッチャ国の軍勢の姿があった。

 重い鎧をつけて訓練してきたことがわかる、立派な体躯の持ち主ばかり。そんな人たちが、黒鈍く光る鎧の上に毛皮を着て、打撃武器を主体とした装備を身に着けているので、圧力が半端じゃない。

 部隊後方には、鎧を着ていない物資運搬専門の人もいるが、こちらも背負った物品を大量に運ぶために発達した筋肉を持っているので、威圧感的には大差がない。

 彼らの目を逃れるため、俺は窪地の中に戻り、帝国製の杖を両手に抱える。これは帝国と騎士国との戦場から拾ってきた方。最新式の方が、魔法の威力が強化される割合が高いはずだしね。


「ふー。気配を消す神聖術を止めて、魔法を使う。魔法を使ったら、神聖術で肉体を全開で強化して退避する」


 やるべきことを小声で確認してから、俺は気配を消す神聖術を止め、呪文を唱え始める。


「霞が水滴に、水滴は水に、水は水流へ、水流が濁流へ。水よ現れよ、支流を辿り、大河のうねりをここに。顕現させるは人を押し流す奔流――」


 呪文が完成する寸前に、俺は窪地から身を乗り出し、杖の先をロッチャ国軍へ向けた。


「――アルビオーネイン・プローヴィシア!」


 魔法が発現し、杖から大量の水が吐き出される。

 もとは消防車の消化ホースから勢いよく出る水と同じ感じの魔法なのだけど、帝国の杖が魔法効果を増幅してくれたおかげで、川の鉄砲水のような水量と勢いになっている。

 その大量の水が山肌を滑り落ち、ロッチャ国の兵士たちを飲み込んだ。

 あわよくばこの水の勢いで押し流せると考えていたが、それは甘かった。

 ロッチャ国の兵士たちは、咄嗟に密集隊形になると、自分たちが持っている武器を地面に突き立てて支えにし、濁流に抗ってみせる。


「うそー!?」


 いくら密集隊形をとったことで、先頭が圧力の大半を受け止め、その後ろが体を支えて保持できるとはいえ、この水の勢いで流されないなんて、どんな膂力をしているんだ。いや、鎧が水の流れに逆らえるぐらいに重いとか!?

 俺は衝撃が冷めやらぬ中、神聖術で身体能力を全開まで強化し、一気に窪地から山の上へ向けて駆けあがる。


「敵の装備は濡らせた。知らなかった相手の頑強さも知れた。水で押し流すことはできなかったけど、成果は上々だ!」


 負け惜しみのように呟きながら、急いで山を登っていく。

 その俺の背中に、ロッチャ国の兵士たちからの雄叫びが浴びせかけられる


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 地鳴りのような大声に、俺はビックリして、思わず足場を踏み外すところだった。

 体勢を戻しながら、雄叫びで生まれた恐怖感から、後ろを見る。

 すると、ロッチャ国の兵士たちが武器を振り上げながら、山をノシノシ登ってきていた。今まで歩き易い部分だけ選んでいたのに、いまは急こう配もお構いなしだ。

 俺の頭の中で冷静な部分が、示威行為だとか、あんな突撃長くはもたないと判断してくる。

 けど俺は一人だけで、向こうは三千人だ。もし追いつかれでもしたら、多勢に無勢でやられてしまうという事実がある。


「命あっての物種だ。逃げよう。でも良い感じの場所に隠れて、様子を見よう」


 慎重な判断と、頭に残っていた冷静な部分の意見も取り入れながら、予定を小声で放つ。

 やるべきことがはっきりしたからか、恐怖感が薄れてきた。

 俺は確りと地面を踏めていることを確かめ、神聖術で全開強化した身体で山を駆けあがっていく。

 十分程度かけ続けてから振り返ると、ロッチャ国の軍勢は線で見える状態になっていた。そして俺を追いかけることを諦めた様子で、再び歩き易い部分を選んでの山登りを再開していた。

 俺が嫌がらせする前より足早な行軍に見えるのは、俺の願望だろうか、それとも濡れた体を早く乾かしたいロッチャ国が実際に動いているのか。

 俺は神聖術を気配を消す方向にかけなおしてから、こっそりとロッチャ国の様子を見ることにした。



 俺が隠れて見ていると、ロッチャ国の軍は進むのを止めて、人が二十人くらい入りそうな大きなテントを何個も張り始めた。

 どうやら、俺が魔法で出した水で濡れた服や鎧を乾かすようだ。

 この寒空の下じゃ、服の水気を放置したら死活問題だしね。

 使用している燃料は炭――形からすると木炭か炭の粉を練って作る形成炭のようだ。それに生活用の魔法で火を点けて、テントの中に持っていっている。

 ここでロッチャ国の兵士全員がテントの中で休んでくれるのなら、もう一度魔法を放ちに行くところだけど、そう上手くは行かなかった。

 俺の存在を警戒するように、歩哨が百人ほどテントの周りに立って、周囲に目を光らせている。

 その歩哨たちをよく見ると、格好が濡れていないことに気付く。

 どうやら俺の魔法を食らわなかった人もいたようだ。


「まあ、相手は三千人もいて、隊列は長く蛇行していたからな。魔法の範囲から外れた人もいただろうしね」


 しかしそうなると、少し困ったことになる。

 先ほど使った水の魔法は、俺が使える中で、一番効果範囲が広いものだったのだ。さらには、帝国製の魔導杖を使っても範囲に捕らえきれないとなると、作戦が成り立たなくなってしまう。


「一度野戦陣地に戻って、自軍の魔法使いを連れて来ようかな。畑に水を撒くための散水の魔法と、突風を起こす魔法を組み合わせれば、こちら側が安全に敵兵を濡らすことは出来るだろうし」


 そうと決めれば、行動は早い方がいい。


「でも、その前に、ちょっとだけ嫌がらせを――」


 俺は神聖術を止めて、再び鉄砲水の魔法を使用する。

 杖から大量の水が現われ、山肌を滑り落ちて、ロッチャ国のテントの群れへと突っ込んでいく。

 俺はその成果を確かめることなく、山の上にある自軍の陣地へ、神聖術で強化した足で素早く移動を始めるのだった。


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[良い点] 流石のなろうクオリティなところ [気になる点] 前世の経験はどこに行ったのか。このお話でこそ役に立つはずなのに…
[気になる点] 油も凍る気温なのですよね?鉄砲水でずぶ濡れになったら急速に体温低下すると思うんですよね。金属鎧着てるなら尚更。
[気になる点] 冬の雪山に金属鎧着て登山しようものなら、鎧と汗で凍死しそうですね。八甲田山や203高地以上にひどいことになりそう。
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