三百四十一話 集団決闘への取り決め
アナビエ国からの集団決闘の申し出を、俺は受けることにした。
といっても、ひと先ずはだ。
本当に決定するかは、アナビエ国から使者を呼び寄せ、その人と決闘の条件について話し合ってからになる。
こちらが決闘について前向きな返答を送ったからだろう、アナビエ国からの使者はすぐにやってきた。
アナビエ国は亜熱帯地域にある海に近い国だからか、使者の服装は布を巻きつけたような簡素なもの。前世の知識を流用するなら、古代ローマ人の衣服のイメージに近い服装だった。
そんな質素な服装ながら、使者には威厳が見て取れる。彼の肉体が鍛えに鍛えられた筋肉で隆々となっているからだ。
服装や装飾品ではなく、己の筋肉で自らを飾る。
この使者の風体こそが、武辺者が多いという評判のある、アナビエ国らしさなんだろうな。
「挨拶もそこそこに悪いけど、早速決闘についての条件を話し合いたい」
俺の方から話を向けると、アナビエ国の使者も頷きを返してきた。
「単刀直入なのは、我が方にとっても有り難い。では、我が方の決闘における要求を伝える」
使者が語る条件は、双方の集団決闘に参加する人数は百人で、開催時期と場所はノネッテ合州国に任せる。そしてアナビエ国が勝利した場合は、アナビエ国をハティムティ自治区のようなノネッテ国に完勝されない場所に指定して欲しい、というものだった。
時期と場所と参加人数については横に置き、勝利したときの報酬に俺は疑問を持った。
「独立国として認めて欲しいのではなく、ノネッテ国の一部になりつつも、干渉されない独立区を選ぶと?」
「正直なところ、アナビエ国が単独で存続できるほど状勢は優しくないと認識しておるのです」
確かに大陸は、神聖騎士国、魔導帝国、そしてノネッテ合州国とで、もう三分割されたも同然の状況だ。
ここで小国一つが生き残ったとしても、向かう道は行き詰っている。
アナビエ国の場合、騎士国へ恭順しようとする者が台頭して騎士国へ併合されるか、経済融合でノネッテ合州国に取り込まれるかぐらいしか、将来の選択肢はない。
どうせ終える未来しかないのなら、よりよい立場を確保するように動くことは当然といえる。
「それなら、わざわざ決闘などせずとも、ノネッテ合州国は受け入れますよ。他の州を見てもらえば分かると思いますが、降伏した前も後も、さほど民の生活は変わりません」
「その点もわかっておるのです。しかしながら、我が方は戦士の国。戦いもせずに下ることは恥ずべきことであるのです」
使者の口振りからすると、納得できないのはアナビエ国の首脳陣だけでなく国民もそうなんだと予想がついた。
以前に得た情報によると、アナビエ国は戦士階級の者を多数の生産階級の者が支えることで成り立っている。
生産階級の人たちが働いて戦士を支えている理由は、ひとえに自国の戦士たちが強力無比と信じていて、そんな偉大な人物を支えられることが誇りであると認識しているから。
だからこそ、強力な戦士たちが戦いもせずに降伏する決断をした場合、生産階級の人たちは裏切られたと感じることだろう。こんな情けない人たちのために、自分たちは身を粉にして支えたのではないと。
しかし一方で生産階級の人たちは、強者に従属することに慣れている。
だからノネッテ合州国が勝てば、より強者を自分たちは支えるのだと納得できるようになるわけだ。
「でもそうすると、どうしてノネッテ合州国に? 神聖騎士国の方に話を持って行ったのなら、決闘などせずとも、アナビエ国の民は納得したでしょう?」
騎士国の騎士は、大陸中で知らない人はいないほど、単体戦力だ。
そんな騎士を多数保持する最強を誇る国家にならば、決闘せずに降伏しようと、民は納得するに違いない。
だが、アナビエ国の使者は首を横に振る。
「我が国では、長年に渡って騎士国の騎士に勝つことを目標に戦士を鍛えてきた。いわば仮想敵国とも言える間柄。だからこそ、戦いもせずに降伏することは、ノネッテ合州国の場合以上にあり得ない」
なるほど。長年の目標が達成できなかったと、そう民に思われることは避けたいわけか。
しかしながら、現時点でアナビエ国の戦士が騎士国の騎士には勝つことはできない。つまり一騎討ちや集団決闘をしたら、騎士国の騎士に負けることは確定だ。そうなった場合でも、民からの信認は失われてしまう。
だからアナビエ国が集団決闘を挑める相手は、ノネッテ合州国に限られるってわけだ。
そこまで納得して、アナビエ国が騎士国を仮想敵国にしていたという事実から、俺の脳裏にある予想が立った。
「もしかして、将来にノネッテ合州国と騎士国が戦う機会があると予想して、ノネッテ合州国の傘下に入ろうとしているってことじゃないよね?」
「おおっ、お気づきになられたか。確かに、その思惑があることも、ノネッテ合州国に集団決闘を申し込んだ要因の一つです」
嫌な予想を立ててくれるなと、俺はしかめ面になってしまう。
「いやいや。俺は妻に、騎士国の姫を娶っているんだぞ。どうして騎士国とノネッテ合州国が戦う事態になると思うんだ?」
「知らぬのですか? それともとぼけておいでなのか? 騎士国はノネッテ合州国のことを、敵視しつつあると、もっぱらの評判でしょうに」
「……そんな評判、初めて耳にするんだけど?」
「帝国に続き、ノネッテ合州国でも魔導の力を使って国を発展させている。そのことを騎士国は快く思っていないと、そう聞いておりますが?」
量産している魔導鎧の規格外品を流用して、身体に装着する形の発力補助魔導具――前世でいうところのパワードスーツを作り、建設現場や道路の敷設などの力仕事に使わせている。
その他、生活に役立つ魔導具の研究も、俺が主導して行わせている。
その何が問題だろうと思ったところで、俺は思い出した。
以前にフンセロイアだったかファミリスだったかに、忠告されたこと――『自分の努力で身に付けた力でないと人は破滅に向かうと、神聖騎士国は信じている』みたいな話をだ。
確かに、過ぎたる力は身を滅ぼす、なんて話はどんな物語でもありがちではある。
でも前世の知識がある俺からすると、便利な道具があれば使うのは当たり前。
便利な道具の使用を中止しろというのは、例えるなら、自動車があるから人身事故が起こってしまうので自動車は無くすべきという主張のようなもの。
そんな暴論に従う理由は、俺はないと思っている。
もしかしたら、魔法や魔導技術を発展させるとヤバイことを、騎士国だけが掴んでいるのかもしれない。
しかしその場合は、もっと具体的な証拠や逸話でもって、静止を呼び掛けてくるはず。
……やっぱり考えれば考えるほど、騎士国は意味もなく魔法アレルギーなのではないかという疑いが出てくるな。
考えが逸れた。
いまは、アナビエ国の使者と集団決闘の話し合いの最中だ。
「決闘人数が百人なのは、こちらとしても異存はありません。その百人の兵種はなんでもいいのでしょうか?」
「百人を、弓兵だけ、騎馬兵だけ、重装歩兵だけにしようと構わない。そも我が方では、戦士は戦士であり、兵種というものは存在しないので」
「そうですか。兵数と兵種の話はこれで良いとして、あとは、こっちが勝った場合、そちらに飲んで貰う条件は――」
どうしようかと迷う。
アナビエ国が勝った際に要求は、ノネッテ合州国の自治区として認めることだ。
その要求との釣り合いを考えるなら、あまり無体な要望はしずらい。
そもそもノネッテ合州国としては、アナビエ国の国土が殊更に欲しいというわけじゃないしな。
「――ノネッテ合州国の州に入ってもらって、税を合州国に治めて貰うかな」
「……本当に、それだけで良いので?」
「詳しい税率はフッテーロ王とで詰める必要があるけど、そんなに無体な税率を課したりはしないよ。今でも十二分にノネッテ合州国の国庫は潤っているし」
だから心配しなくていいと約束した。
その後、フッテーロ王との手紙のやり取りを終えるまで、使者にはルーナッド州内に留まってもらった。
手紙の一往復で、決闘を行う日時と場所、こちらが集団決闘で勝った場合にアナビエ国へ課す税率も決まった。
使者に伝えたところ、その日程と税率ならばと納得してくれた。
使者は、フッテーロ王と俺の連名の集団決闘で取り決めた内容が書かれた書状を持ち、アナビエ国へと戻っていった。