三百三十九話 平和な時は疾く過ぎる
平和な時間は過ぎるのが早いといわれる。
キレッチャ国との戦争が終わり、ノネッテ国がノネッテ合州国となってから、あっという間に三年が経過していた。
この年月で、ノネッテ合州国は大陸南部における支配力を、より増していた。
まず、それぞれの州への行き来がやりやすいように街道を敷いた。
これで物流が活性化して経済活動も活発化。
金の回りが良くなったことで、民衆に渡る金の量が増えて買い物の頻度が高まり、物が売れるようになって商店が儲かり、さらに経済が回る。
暮らしぶりが上向けば、国に対して反抗する者は少なくなるもの。それこそ現在、大多数の民衆はノネッテ合州国に対して好意的である、という調査が出ているぐらいだ。
もちろん、地域格差はある。
数ある州の中で貧しい州では、さぞかし国に対して不満があるのだろう――と思いきや、実はそうではないらしい。
貧しい州の民衆が恨みを向ける先は、ノネッテ合州国ではなく、彼らが住む州の領主なのだという。
この件を前世の日本に置き換えると、民衆が文句を向ける先は、国の首相ではなく、都道府県の知事に、といった事例となる。
前世の知識を持つ俺からすると、少し違和感を覚える考え方だ。
しかしノネッテ合州国の貧しい州に住む者からすると――自分たちがひもじい思いをしているのは州の領主が悪い。なぜなら、他の地域に住む人たちは裕福に暮らせているのだから、ノネッテ合州国自体に問題はないはずだ――というもの。
これはこれで道理が通っているので、間違いじゃないと言える。
ともあれ、貧しい州で暴動が起き、それが周りに波及すると困った事になるので、食に困らない程度には援助することにした。
領主が立て直せればよし。立て直せなければ、新たな領主を上に据えるだけだ。
その役目は、新国王になったフッテーロに任せることになると思う。
そうそう。フッテーロが新国王になったのは、つい半年ほど前のこと。
では新国王になる前――キレッチャ国との戦争の後の二年間でフッテーロが何をしていたかというと、帝国との折衝と、無法地帯化していた地域の平定に赴いていた。
帝国は、ノネッテ合州国が事実上の第三の大国に成ったことを歓迎してくれた。
その歓迎を主導したのは、帝国のエゼクティボ・フンセロイア一等執政官。
彼は、ノネッテ国を大国にのし上げた功労者となり帝国の重鎮に鳴り上がった。そして敵対派閥を一掃し、我が世の春の訪れを謳歌している。
もっとも、一等執政官としての職分を堅実に守った上での有頂天なので、謳歌の程度は慎ましい。
得た権力を使えば、帝国の王の次には、望む物を望むままに手に入れることができるのだろう。
しかしフンセロイアの権力の使い方は、仕事がスムーズに運べるように内部を改革したり、晩酌で飲むお酒のグレードを一つ上げた程度だという。
「私は、単なる魔導帝国の国政を回す歯車の一つにしかすぎません。その歯車が勝手に空回りするようなことがあれば、すぐに取り除かれてしまいますよ」
何事も他者から恨まれない程度が丁度良いのだと、俺との面会でフンセロイアは俺に満面の笑みと共に語っていたっけ。
話を戻し、フッテーロが無法地帯化していた地域に赴いた件だ。
度重なる戦争の果てに国体が疲弊し、疲弊に耐え切れずに国が崩壊した結果、大陸南部の多くの地域が無法地帯化した。
その地域に住む人たちの心には、王や領主に対する不満が渦巻いていた。
国が戦争に明け暮れなかったら、領主が毅然と民を守ってくれていれば、生き延びるために村落単位で独立することはなかった。自分たちが陥った苦境は、国の失政の所為だ。
そういった不満を抱く人たちのもとへ、フッテーロ――ノネッテ合州国の次期王が足を運び、村落の人たちの話を聞いて回った。時には、深く同情して援助の約束を結んだりした。
誠意ある態度を目の当たりにして、人々の支配者に対する不満が反転した。
要するに、この話が分かる王様の下でなら真っ当に暮らすことができると、人々は判断したわけだ。
そこからはあっという間に、無法地帯だった地域――アグレガショ州に住む者の間にフッテーロのシンパが出来上がり、一気に従順化した。
この人心掌握の一件を知って、チョレックス王はフッテーロに玉座を手渡すことを決めたのだという。
俺がチョレックス王の立場だったとしても、少しでも早くフッテーロに王の座を渡しただろう。あまり長引かせると、フッテーロのシンパが暴走する可能性があるからな。国の乱れを回避するには、譲位が一番楽な方法だしね。
さてさて、王を譲ったチョレックス前王はどうしているかというと、なぜか俺の領地に越してきた。
そのままノネッテ本国に住んでも良かったはずだ。
もしくはフッテーロに王位を譲った代わりに、フッテーロの領地だったフェロニャ州の領主になる選択肢もあったはず。
どうして俺のもとに引っ越してきたかと問いかけると、思いもよらない返事がきた。
「我は王位を退いたら、孫に囲まれて暮らすと決めていた。そしてミリモスのところが、最も孫が多いからだ」
何とも予想外の答えに、俺は呆気に取られた。
いやまあ、確かに子供の数は、俺のところが一番多いの確かだ。
俺の兄弟姉妹はどうなっているかというとだ。
長女ソレリーナは、夫婦仲は良好で子供もいる。しかしソレリーナが執務の陣頭指揮を執っている関係からか、子供の数は男子の一人だけだ。
跡取り一人だと不慮の事態が起こった場合不味いのではないかという懸念はある。
しかし、その懸念を吹き飛ばすように、ソレリーナの子供はすくすく育っているらしい。腕白で困ると、文通相手のパルベラに零すほどだ。
王となったフッテーロには、未だ子供がいない。
まあ、王を継ぐために忙しくて、子作りどころじゃなかっただろうから、残念なことだが当然といえる。
サルカジモは、帝国で暮らしているため、チョレックス王が向かうのには適さない。
帝国貴族との政略結婚だから、恐らく子供はいるんだろうけどね。
ガンテとカリノの双子姉妹は、結婚もせずに帝国で遊んでいる。
フンセロイアにそれとなく近況を聞いてみたところ、二人とも有名な悪女として名を轟かせているらしい。
身体の関係を許さないままに、様々な男性を手玉に取り、その上で後腐れなく別れてみせている。
舞台の演目なら芸術の一つになれるだろうと、フンセロイアは評価していた。
まったく、あの二人は何をしているのやらだ。
ヴィシカはアンビトース州の領主として、砂の民からの信任も厚い立派な人物になっている。
娶った妻の数だって、砂の民の中で有名な部族から受け入れたため、俺よりも多い。
しかし砂漠の厳しい環境下での暮しのため、無計画に産めよ増やせよとはいかないらしく、子供は計画的に作らなければならないという。
一人子供ができたら、その子供が五歳を迎えるまで次の子は作れない。そういう掟があるそうだ。
それほど子供を増やすには時間がかかるのなら、ヴィシカの妻の中には将来に渡っても子供が作れない人も出てくるに違いない。
そのことに不満が出ないのかというと、誰のお腹から生まれた子供であろうと、全ての妻が共同で世話をする――つまり子供の母に全員が成れるため、不満はないのだという。
俺には理解のできない価値観だが、砂漠の民であるジヴェルデとアテンツァは当然という顔をしていたので、本当なんだろう。
そういう価値観を持っている割に、ジヴェルデは俺に対してアテンツァと褥を共にしろと迫ってくる。
その謎を問えば、あっけらかんとした返答がきた。
「砂漠では子供を制限する必要がありますけれど、ルーナッド州は水も食料も沢山手に入るのですから、子供は産めるだけ産めばよいのですわ」
どれだけ子供がいても、男子なら屈強な戦士に、女子ならばどこに出しても恥ずかしくない淑女に育てれば、人材の無駄にならないとジヴェルデは語る。
俺の場合、どうしても前世の記憶があるから、そういうものなのかなと納得が難しい。
いやまあ前世の価値観に照らせば、妻が三人もいるという俺の現状もあり得ない事態なのだけどな。
そんな話をしていた件もあってか、ある日、俺はジヴェルデの罠にかけられた。
良いお酒が入ったから二人きりで飲みたいと呼ばれて部屋に入り、それなりに深酒をしたところで、ジヴェルデに誘われて共にベッドの中へ。
お互いに酔って隙のある状態でと求められて、俺は神聖術を利用しての酔い覚ましは行わないまま、夫婦の営みの行為に挑んだ。
その後、運動して酔いが回ったため、一回戦だけで気絶するようにして眠ってしまった。
少し眠り、揺さぶられる感触で起きると、仰向けの俺の上にアテンツァが跨っていた。
呆気に取られている間に、寝ている間に弄られ続けていたんだろう、気付いたときには精を放ち終えてしまっていた。
まさかジヴェルデにハメられて、アテンツァに寝込みを襲われるとは思ってもみなかった。
もう二度とジヴェルデとの会食で酔った状態にはならないと心に決めたが、俺にとって予想外なことは続き、この一度の行為でアテンツァが妊娠した。
「一発必中ですわね。意外と、旦那様とアテンツァの身体の相性が良かったのかもしれませんわね」
アテンツァの妊娠を知って、悪びれもせずにコロコロと笑うジヴェルデ。
俺は腹いせで、ジヴェルデのコメカミに拳を当ててグリグリと捻って痛めつけた。
それでもジヴェルデは「痛い痛い」と言いつつも、顔は笑顔のままだった。