三百三十七話 帰ってきて
戦争を終えて、俺は自分の領地であるルーナッド地域に戻った。
これでようやく軍事行動は終わりだ。
部隊ごとに別れて解散し、兵士それぞれの平常勤務先へと移動させることになる。
自分の領地に戻ったことで領主の歳費を使うことが出来るようになったので、頑張ってくれた兵士たちに一時金を支給した。
このお金は自由に使っていいあぶく銭だ。
きっと兵士たちは連れ立って酒場や娼館に繰り出すだろうな。
浮かれる兵士たちを見送り、俺は自分の屋敷へと戻ることにした。
さてさて、問題が色々と残っているけど、一領主の裁量を超えた問題だったし、チョレックス王の沙汰を待つしかない状態だ。
特にハティムティ国の土地と民の件は、考えるだけでも頭が痛い。
ハティムティ国の土地は熱帯雨林地帯。植生の回復が早いため、恒久的に多くの木材が調達できる土地だ。そして温帯の果物と植物にはありがちな、糖分が多い農作物が収穫できる。甘い作物から砂糖なんて作ることができた日には、人間は押し並べて甘い物好きなため、莫大な利益が望める。
しかし、そんな土地から、ガクモ王は人間を追い出してしまった。
植物の回復が早いということは、それを餌にする草食動物にとっても餌の宝庫ということ。そして草食動物が肥えれば、肉食動物も餌に困らない。
加えて、魔物は魔法を使う動物であるため、魔物にとっても生きやすい土地となる。
つまり魔物を配下にしているガクモ王にとって、熱帯雨林地帯は魔物と共に暮らすために必要不可欠な場所というわけだ。
だから、もし仮にチョレックス王が欲を出して熱帯雨林地帯を入手しようと動くとしたら、ガクモ王と魔物を完全排除する必要がある。そうなったらガクモ王は、滅ぼされてはたまらないと、決死の抵抗をするだろう。結果、熱帯雨林地帯には兵士と魔物の死体が積み上がることになる。
正直、俺としては、そんな未来は来てほしくない。
個人的な意見を言うのなら、ハティムティ国の土地は、もともとノネッテ国にはなかった場所だ。今後、熱帯雨林地帯が魔物が闊歩する魔境になろうと、ノネッテ国には機会損失があるだけで、実際には一文の損すら発生しない。
実質的な損がないのだから、ガクモ王が望むままに彼が魔物と暮らす土地――人間が立ち入れない特別地域にしちゃっても良いんじゃないかと、俺なんかは思う。
そんなことを、つらつらと考えながら屋敷に入ると、出迎えが待っていた。
「お帰りなさいませ、ミリモスくん」
そう笑顔で言ってくれたのは、パルベラだ。
「ただいま、パルベラ。俺が出ている最中、何か変わったことはあった?」
「特に大したことはなかったですよ」
そんなことを語り合いながら、俺はパルベラを抱き寄せようとして、行軍でついた土埃塗れだったことを思い出す。
このまま抱き着いたら、パルベラのドレスが汚れてしまう。
そう気づいて俺が腕の動きを止めると、パルベラは一瞬不満そうな顔をすると自分から俺の胸元へと飛び込んできた。
「ちょっと、汚れるってば」
「衣服の汚れなんて、洗えば落ちてしまいます。そんなことよりも今は、離れ離れだった私の旦那様のぬくもりを得ることこそが重要なのです」
パルベラは下から見上げる形で、俺の顔をじっと見つめる。
何を求められているかを理解して、俺は止めていた腕を動かし直して、パルベラを抱き寄せる。そして、少しだけ強く抱きしめた。
「これで良いかな?」
「もう少しだけ、このままの状態にしてくださったら、大満足になります」
そういうことならと、俺はパルベラを抱きしめたままにする。
それから一分ほど経って、俺はハタと気付いた。
俺たちがいる場所は、屋敷に入ってすぐの玄関だ。
自室ならまだしも、誰もが入って出ることができる場所で、男女が抱きしめ合っていれば人目を引く。
恐る恐る周囲に視線を向けると、屋敷の使用人たちが柱の陰や廊下の角などに隠れて、俺たちを覗き見していた。
それだけではなく、パルベラの背後の五メートル先には、俺の子供たちと並んで立っているファミリスがいた。
ファミリスの表情は、俺に対して冷ややかな目をしていて、同時にパルベラの幸福を邪魔してはいけないという葛藤が口に出ていたのだった。
まだ不定期な更新が続くことになりますが、ご容赦くださいませ。
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