三百三十六話 大陸南部は治まりつつあり
海賊の拠点があると思われた多数の小島へ、魔導鎧と兵士を送り込んだ。
半分以上は空振りだったが、十に近い数の島には海賊がいたようだ。
そして、それらの島の中で大規模な戦闘になったのは、たった二つだけ。
その二つとも、海賊にしては用心深い人が頭領だったらしく、歩哨が常に立っていた。隠れたり忍んだりしながら接近することは無理だったようで、兵士たちは乗っていた船を座礁させて海賊の逃げ道を塞いだ後で、島に乗り込んでの正面対決になった。
兵士の死傷者は、当初の見通しより多く、三十人を越えていた。その内、半数以上が海に引き込まれて溺れたための死傷だというのだから、やっぱり海はノネッテ国の軍隊にとって鬼門だな。
「ともあれ、これで海賊の件はお終いだな」
これ以上、キレッチャ地域で俺が行うべき活動はない。
統治権を合議会の大商会の代表者たちに譲った後、俺はノネッテ国の軍隊を伴って去ることにした。
港都から出て行くときも、道中で立ち寄った町や村でも、住民たちは俺たちが去ることに対して安堵の表情を浮かべていた。
ノネッテ国の軍隊には住民に対して無体な真似をさせてはいない。だけど、この世界の常識として、兵士や傭兵は荒くれ者が多くて民を食い物にすることが多い。だからこそ、身近から去ってくれることを、住民たちは喜んでいるわけだった。
軍隊と共に移動している間にも、大陸南部の状勢は動いていく。
ノネッテ国が大陸南部の覇権を握りつつある状況だ。
少し前から、無法地帯化した地域の村や集落が、ノネッテ国の傘下への参入を求めてきた。
その流れが、キレッチャ国を下したという情報が方々へ浸透した結果、勢いを増した。
それは砂漠を挟んで反対側の地域でも同じで、砂漠の通商路で親書を送ってくるという荒業までしてくるほど、ノネッテ国の傘下入りを強く求めてきている。
特に帝国の国境付近の地域では、このまま帝国に飲み込まれたら二等市民――つまりは搾取される存在になってしまうと危惧して、少しでも早くノネッテ国の庇護下に入りたいという要望が寄せられている。
そんな報告を、引き上げの最中に貰っても、俺に打てる手は少ない。
仕方がないので、ノネッテ国の本国にいる俺の父親――チョレックス王に丸投げすることにした。
そもそもの話、戦争で攻め取った土地ならいざ知らず、それ以外の理由でノネッテ国の傘下に入る許可は、国主であるチョレックス王にしか出せないこと。
俺の丸投げは、一応は理に適った方法ではあるんだよね。
そうして、俺と軍隊が移動を続けて、ノネッテ国のグラバ地域へと入った。
ちょうどそのとき、異様な集団を見かけることになった。
異様なという表現は、その集団の格好がおかしいからではなく、その人数がやたらと多かったからきたものだ。
無法地帯化した地域からの流入者かと思いつつ、詳しい話を聞くことにした。
「この集団の取りまとめ役は誰だ?」
俺の問いかけに、二十歳を少し越えたぐらいの人が前に出てきた。
年配の人なら他に居るのに、この青年が代表なのかと、俺は疑問に思う。
そんな俺の考えが分かったのか、青年は身を曲げるお辞儀をしてきた。
「我々は、ハティムティに住んでいた者たちです。そして、魔の王により、その土地を追い出された者たちでございます」
ハティムティ国の名前と、そして魔王という呼称。
その二つを聞いて、俺の脳内に嫌な予感が発生した。
「もしかして、ガクモ王が君たちを国から追放したっていうのか?」
「はい。正しくは、大人しく立ち去った我らだけが生き残り、反抗して残ったものは魔物への供物となりました」
「……なんでまた、そんな過激な真似を」
と、ついつい口に疑問が出てしまったが、俺は心の中で『あり得る事態だ』という気持ちが湧いていた。
ガクモ王は、人間嫌いの魔物好き。極端な言葉に換えるなら、魔物至上主義者だ。
そんなガクモ王が、ハティムティ国で王として君臨していたのは、配下の魔物を人間に世話させるため――もっと言えば、人間から害されないためだったことは、間違いないだろう。下手な者が新たな王に立った場合、脅威であるガクモ王と魔物の討伐に血道を上げるであろうことは、誰だって予想がつく事実なのだから。
それでもガクモ王は人間嫌いだからこそ、望めることならば人間をハティムティ国から排除したいと、常々思っていたに違いない。
そんな中で、ガクモ王は出会った。
ガクモ王の配下の魔物と共にいることに理解を示す存在――俺にだ。
「魔物との楽園をつくるには人間が邪魔だから俺にあげてしまおう、ってことだろうな」
俺が呟くと、ハティムティ国から逃げてきた一団が総じて驚きを見せた。
そして驚き顔のまま、書状を差し出してきた。
「ミリモス王子にであったら、これを渡せと言われています」
書状を受け取ると、開封された跡があった。
本来、親書は封を開けないものだ。
でも、この書状を貰ったこの人たちにしてみれば、この手紙一つで自分の人生が左右されてしまう。中身が知りたいと思うのは当然の気持ちだ。
そもそもの話だけど、風体を見るに、この人たちは国の重鎮ではなく、一般民といった感じがある。だから親書を開いてはいけないと知らない可能性もあるしね。
ともあれ手紙を開いてみると、そこに書かれた見たことのある綺麗な文字を見て、これはガクモ王からの手紙だと理解した。
内容は、さっき俺が呟いたことと同じで、ハティムティ国を魔物の楽園にすると書かれていた。
それに付け加えて、ハティムティ国に人を住めなくするので『国』という形態が崩壊するため、ノネッテ国の一地域として編入してくれとも書かれていた。
要するに、いまのハティムティ国の土地を、国立公園だとか独立特区とか危険地帯とかいった形に落とし込んで、人間が入ってこないようにしろってことだろう。
「これもチョレックス王に丸投げするしかないな……」
正直、ガクモ王と配下の魔物に狙われるのは御免だ。
だから、このガクモ王の書状に、申し出を飲むようにと添え状を付けることにした。
これでハティムティ国は、ノネッテ国に取り込まれることが既定路線となった。ただあるだけで、人間社会に組み込めない土地としてだけどね。
「これで大陸南部で形を保っている国は、アナビエ国だけになったな。はてさて、どうなるんだろうな」
このまま時が経つに従えば、ノネッテ国は無法地帯化した地域を取り込み続け、やがて大陸南部に大勢力を築くことになる。
そうなった後だと、アナビエ国は戦いを仕掛けるにしてはノネッテ国が強大になりすぎて勝ち目がない。逆にノネッテ国の傘下に入るにしても、単なる小さな一地域としての扱いしか受けられなくなる。
だからこそノネッテ国の勢力が拡大し尽くす前に行動を起こした方が、アナビエ国が良い未来を掴める可能性がある。
アナビエ国は、ノネッテ国に挑んでくるのか、傘下に入ろうと申し出てくるのか、それとも別の道を選ぶのか。
俺は自分の領地に戻って、アナビエ国の動向を注視することにしたのだった。