三百三十五話 海賊を退治するために
漁師のお爺さん――引退した海賊から、過去に遺棄された海賊の拠点の地図を手に入れた。
本来なら、この地図をもとにして、どの島に海賊が隠れ住んでいるかを特定し、多数の船と船員を集めて取り締まりに向かうという段取りになる。
しかし俺は、それとは別の手を使うことにした。
簡単に言えば、地図にある全ての島に手勢を送り込んで、一気に一網打尽にする方法だ。
どうやるかというと、五千ある魔導鎧装備の重装歩兵を活用する。
遺棄された島――海賊が隠れ住んでいそうな島の候補は、遠近含めて二十程度。一つの島に、二百五十の魔導鎧の兵士を送ることが出来る。
それだけの数があれば、海賊の数が千を越えない限り、陸の上での戦いでなら勝てる。
いや、船員はどれだけ大型の船であろうと満員で百人が限界。海賊は船三隻で組んでいると聞くから、多くても一つの拠点には三百人しかいない計算になる。
その数が相手と仮定するなら、魔導鎧の兵士はもっと節約できる。百人――いや、五十人も投入すれば十分。
そして五十人の魔導鎧の兵士を運ぶのなら、貨物容量で考えると、中型の快速船が使用範囲内に入る。なんなら何隻彼の小型船で組んで運ぶことだって、やろうと思えばできる。どちらの船を選んでも、船員扱いじゃない乱暴な運び方にはなるだろうけどね。
要するに、幾つもの船を借り上げて魔導鎧の兵士を強引に海賊の拠点候補に送り込んでしまおう、という力技の作戦だ。
この作戦を話すと、魔導鎧の兵士たちに嫌な顔をされた。
兵士たちの代弁者として、部隊長が俺に意見を言ってくる。
「やれと命令されれば、やりますが……」
「なにか問題がある? 十分に海賊を倒すことができると思うけど?」
「そうですね。海賊を探す際の島歩きの案内は、我々を運んでくれる水夫に手伝ってもらえばよいでしょうから、作戦方法としては間違いはないかと」
「じゃあ、どうしてそうも渋っているんだ?」
「それは――船酔いが怖いのですよ」
詳しい事情を聞けば、兵士たちはこの街に来てもう何十日も経ち、自然と観光をしようという気になったらしい。海産物に舌鼓を打ち、美しい海の景色を味わう。その中で船に乗ってみようという話になり、大型漁船に体験乗船してみたのだという。
「最初は良かったのです。港湾内では波が穏やかで、船の揺れも馬車程度のものでしたから」
しかし港湾外に出た瞬間、急に波の高さが桁違いに跳ね上がった。
それこそ、巨人に船を掴まれて、上に下にと振り回されているかのように。
そんな状態で船に揺られ続け、すぐに船酔いになってしまったらしい。
「我々が顔を青くしていると、船員に笑われたのですよ。今日の波は、まだ穏やかな方だと。風があったり、曇ったり雨だったりしたら、今日の非じゃないぐらいに船は揺れるのだと」
「船酔いになるから、嫌だと?」
「船酔いになると、その後はまともに動けなくなることが問題なのです。あんな状態で戦闘など出来るはずがないですよ」
一応の理はある話だが、俺は聞き入れる気にはとてもならなかった。
「船に酔うから戦えないだなんて、随分とノネッテ国の兵士は根性なしになったもんだね。楽な戦争ばかりしてきたから、兵士の性根をどこかに置き忘れてきたのかな?」
「ですが、ミリモス王子」
「ねえ。万全の状態で戦えないことなんて、戦場にいる兵士にとっては通常のことだよね。怪我を負って片手が使えない、片足が動かない。そんなとき、だから戦えないって泣き言を吐くのか? それが兵士として正しい姿だとでも言う気か?」
そこまで言葉を口にして、俺はあることに気付いた。
「そうだった。君ら魔導鎧の兵士は、魔力が切れたら安全な場所まで後送されるんだった。戦うときは分厚い装甲に守られていて、魔力切れで気絶したら安全な場所に逃げることができる。そんな戦場を体験し続けたら、普通の兵士に比べて根性なしになってしまうのも当然か」
俺は煽り立てるような言葉を意図的に吐いてみたが、魔導鎧の兵士たちは困り顔で反論すらしてこない。
階級が上の人物に従順なのは兵士としては美徳だが、嘲られて怒らないということは戦う者としての意気地を示せないということでもある。
これは本格的に兵士としての性根に問題が出てきている。そう俺は判断した。
だから俺は、荒療治を行うことにした。
「船酔いが問題だって言ったよね。船に酔ってまともに戦えなくなるから、この作戦は嫌だと」
「嫌、とまでは言っていませんが、概ね仰られる通りであります」
「そうか。なら訓練しなきゃいけないね。船の揺れに慣れるように」
俺がニッコリ笑顔で告げると、ようやく魔導鎧の兵士たちは自分たちが選択肢を間違えたことに気付いたらしい。
「そ、そんなことまでしていただかなくても、我々は命令があれば、どこにでも参ります!」
「いやいや、遠慮しないでくれ。君たちは大いに船と海で遊んでくれればいいからさ。それにいま思いついたけど、俺たちノネッテ国の軍隊が遊んでいるように思わせられれば、海賊が調子に乗って居場所が分かりやすくなるかもしれないよね」
「そ、それは、そうかもしれませんが……」
「そうそう。ドゥルバ将軍も船に同乗して頂くことにしよう。魔導鎧の兵士の総責任者である将軍にも、君らの性根が兵士らしからぬように育った責任があるからね」
ドゥルバ将軍の名前を出した瞬間、兵士たちの顔色がより青くなった。
どうやら直属の上司が、とって恐ろしいらしい。そして、そんな上司を顎で使える俺に対して、遅まきながらに恐れを抱いたようだった。
魔導鎧の兵士の部隊長が、恐怖と緊張で揺れる手つきで、俺に敬礼してきた。
「ミリモス王子の命令を受け、我ら魔導鎧部隊は、上役たるドゥルバ将軍と共に、船酔い克服のための船遊びに励みます」
「うん。満喫してくるといいよ。遊び終わったら、海賊退治だからよろしくね」
俺はニッコリ笑顔のまま、兵士たちに別れを告げた。
俺の姿が消えた瞬間に、あの兵士たちが悪口やら陰口を叩くだろうけど、あの兵士たちの性根を叩き直しておかないといけないことには変わりないし、部下に嫌われることも上司の仕事の内だから仕方がないよね。