三百三十四話 昔の海賊
海賊と戦うにあたって、俺は海賊がどんな戦い方をするか調べることにした。
話を聞く相手は、以前に海賊だったという漁師のお爺さん。
街の中で海賊の話をしてくれる人が、半引退した隠居で暇をしていたこの人ぐらいしか、見つからなかったからだ。
こちらが教えを乞う立場なので、街の酒場にて、こちらの奢りでの会談だ。
「海賊っても、道に出る盗賊とは毛色が違っててな――」
奢りのお酒で口が軽くなった様子の、漁師のお爺さんが語ったことによるとだ。
海賊は基本的に三隻の帆船で組んで、獲物とする商船を襲う。
二隻が商船の進路妨害を行って足を止めさせ、残る一隻が商船に接舷して乗り込み制圧する。制圧が終わったら、三隻が総がかりで商品を手早く略奪する。
もし商船に護衛船がいた場合は、三隻でもって商船と護衛船の進路を操り、相手に悟らせないように他の海賊仲間がいる海域に誘い込む。海賊の船数が多くなれば、商船も護衛船も命惜しさから抵抗を止め、商品を差し出してくる。
海賊の狙いは商船の商品だけなので、相手が抵抗しないのならば、商船と船員は無事に解放される。
「――つまるところ海賊ってのは、海の『盗賊』てより『かつあげ屋』ってことよ。かつあげする相手を殺したんじゃ、金が入らなくなって飯が食えなくなっちまうもんだ」
「そうなんですね。俺の勝手な想像では、船の舳先から商船に突っ込んで、船員皆殺しにしてから商品を奪っていく、って考えてたんですけど」
「そんな派手な真似をする奴は、大昔で消えちまったって話だ。命を脅かす相手をのさばらせておくほど、人様の社会は優しくねえもんだからな」
この漁師のお爺さんが、海賊と野盗とは違うと表現していたことに、俺は納得した。
野盗の場合、居場所を悟られないよう、襲った相手は皆殺しを基本としている。
しかし海賊の場合、襲った場所を知られたところで、船という居住場所を移してしまえばそれで済む。追手が来たところで、大海原の水平線まで逃げ切れば、追手を撒くことも可能だしね。
「昨今、海賊が暴れ始めて、商会に多くの被害が出ているって聞くけど、そこんところはどうなんです?」
「あー。略奪に味を占めて船から降りられなくなったバカどもの話だな。あいつらだって人殺しはやりたがらないだろうさ。いや、これから先はわからんか」
「分からないとは?」
「普通なら、やり過ぎないよう止めるヤツが海賊の上に立っているもんだ。しかし、そういう目端が利くヤツは、いまは海賊船を降りちまって、真っ当な商会の船に雇われてる。じゃあ止め役がいなくなったとき、略奪を好む輩がどうなるかっていうと、金品だけじゃなくて相手の命まで奪おうとするってことがあり得るわけだな」
「これから先、海賊を続けている人たちは狂暴化すると?」
「狂暴化ってよりかは、時代の巻き戻しだな。大昔に居たっていう、古の海賊の復活ってことよ」
お爺さんの嫌な予想に、俺は思わず顔を顰めてしまう。
そんな俺の顔を見て、酒が回った様子のお爺さんは口を大きく横に引き延ばして笑う。
「くひひひっ。より危険な相手にならない内に、殲滅しちまった方がいいですぜ」
「そうしたいけど、うちの軍は海に弱いんだよ。望めるなら、海賊の陸の住処へ強襲をしかけたいって思うぐらいにね」
「海賊の住処ねえ。そんなものがあると、どうして考えたんで?」
「船って構造物には、定期的な修理や整備が必要になる。でも整備するなら、揺れる海の上じゃなくて、止まっている陸の上の方が捗るはずだ。でも普通の停泊所に居たんじゃ、商会の息のかかった連中に見つかってしまう。なら沖の小島とかに隠れ家を作って、そこで船の整備をすればいい。順序立てて考えれば、思いつくことだよ」
なんて賢らに言ってはいるものの、前世の映画で見た内容の丸パクリだから、褒められたもんじゃないんだよね。
でも、俺の目の前にいるお爺さんは、そうと知らないからこそ、感心したような口振りになる。
「へぇ、よくお考えのようで。でもまあ、アンタさんの考えた通り、海賊は沖に点在している島を改造して、そこをねぐらにしている」
「やっぱり! じゃあ、その場所がわかったりなんかな?」
「おいおい。オレァが海賊だったのは、アンタさんが生まれる以前だ。そんな昔の知識なんて、役に立つはずが……」
半笑いで馬鹿にした様子だったお爺さんの顔が、途中から真剣みを帯びたものに変わる。
「いや案外、オレァの知っているような島に、居るのかもしれねえな」
目を瞑って考えこみ始めたお爺さんの邪魔をしないよう待っていると、五分ほどでお爺さんの目が開いた。
「さっき言ったように、海賊の中で目端の利いたもんは、船を降りて商船に雇われているんだ。その元海賊が知っている島の隠れ家は、商会の連中は把握していて当然なわけよ。だが商会の連中は、アンタさんに海賊のトッチメを頼んだ。ってことは、把握した島には海賊はいなかったってことになる」
「他の島に拠点を移したってことですね」
「その通り、だがでもだ。島を隠れ家に改造するってのは、一朝一夕で出来るようなもんじゃねえ。少なくとも一年は、島に船を乗り入れて隠せるように改造する時間が必要になる」
「でも今回は、そんな時間はなかったはず。ノネッテ国の軍隊がキレッチャ国と戦争して、それが終息するまで、一季節もなかったんだから」
「そう、新たな島を作っている時間はねえ。隠れ家に使っていた全ての島は、元海賊からのタレコミで知られちまっている。ならどこに、いま海賊たちは隠れているのか。そう考えるとだ、昔の海賊が放棄した島にいるんじゃねえかってな」
過去に放棄していても、昔の海賊が整備した跡は健在だ。一から島を改造するより、整備跡を整えた方が、手早く隠れ家を構築することができる。
なるほど、道理が通った予想だ。
「じゃあ、放棄された島の場所を教えてください。そこに調査を向かわせますから」
「落ち着けって。オレァの知っている島だけじゃ、取り逃しがでるかもしれねえ。知人の元海賊の老いぼれどもにも声をかけて、そいつらからも放棄された島の情報も集めるからよ」
話の途中で言葉を切って、お爺さんは俺に対して何かを求める目を向ける。
言われなくても理解している。情報には金を払うものだしね。
「とりあえず、手付けで」
俺が銀貨を二十枚ほど机に積むと、お爺さんが銀貨を手中に入れながら満面の笑顔になった。
「いやぁ、話が早い人で助かる。アンタさんは金払いがいいからな。この近辺の島を書いた海図もつけてやるよ」
「それは助かります。もちろん、その海図も『買い取り』ますからね」
「おーおー。そいつは、ちゃんとしたものを拵えんとな。出来で支払が上下しそうだしな」
お爺さんは笑顔を深めると、タダ酒の残りをグイッと飲み干してから、酒場を出てどこかへ去っていった。
この日から五日が経過した後、俺の元にお爺さんとその知り合いという人たちが合計で十人ほどやってきた。彼らは俺に、海図を五枚提出してきた。
海図の内訳は、この街近辺を詳しく描いたもので一枚、この街から帝国領近くまでの広域の大雑把なもので一枚、それら二つを使って照らし合わせることで過去に放棄された隠れ島の位置が分かるようになるものが三枚。
近辺と広域の地図だけでも、隠れ島の位置が描かれた地図だけでも、どちらが欠けても役に立たなくなる。
こういった地図の描き方は、きっとお爺さんたちが海賊時代に培った用心の知恵なんだろうな。
俺は地図を全て買い上げることを告げて、地図一枚に対して金貨を一枚ずつ払う。そして地図の作成代として、金貨だと酒盛りに使いづらいだろうからと、銀貨を五十枚ほど私てあげたのだった。