三百三十三話 次なる問題
キレッチャ地域の統治は、商人たちの合議制という形に決まった。
後は戦後の混乱から治安が回復すれば、俺やノネッテ国の軍隊は撤収することができる。
そう考えて、方々の場所の調査を命じておいた。
すると、意外なことが分かった。
すでに治安が回復しつつあるというのだ。
どういうことかと詳しく突き詰めると、やはり商人の力が関係していた。
キレッチャ地域にある有力な商会では、それぞれが物資運搬の際に護衛を任る専属の傭兵団を抱えている。
つまり傭兵団の数は、有力商会の数と同じだから、十から二十ぐらいあるらしい。一つの団には、最小でも五十人、最大で三百人規模で人員がいるという。
それら傭兵団の人員たちが、雇い主の商会の要請を受けて、方々の治安の維持に努めているらしい。
「有力商会は、お抱えの傭兵団を戦争に派遣しなかったわけだ」
いや、ウォレア王が戦力をかき集めていたというから、余剰人員ぐらいは出していたかもしれないな。
でも、根幹を担う傭兵だけは戦争には送らなかったんだろう。
事実、戦争で傭兵が多数死んでいるというのに、商会お抱えの傭兵の動きは早い。これは、傭兵団を指揮する人物が健在である証拠といえる。
ウォレア王が負けることを見越してか、もしくは勝っても負けても商会の運営に影響が出ないように手配したからか。
どちらにせよ、キレッチャ地域の商会は商いとして付き合う相手では有能かもしれないけど、施政者として向き合うには一筋縄ではいかない相手のようだ。
まあ、俺は別地域の領主なわけだから、キレッチャ地域の商人と面と向かって付き合う機会は少ないだろうから、気にする必要はないかな。
キレッチャ地域の治安も回復しつつあるので、俺はノネッテ国の軍隊をまとめて引き上げる準備をすることにした。
他国の――現在では他地域の軍隊が去ると聞いて、キレッチャ国の王都だったこの街の住民は安堵しているようだ。
望まれているからには、早く立ち去らないとな。
そう俺が思っていたところに、キレッチャ地域の商会の代表者たちが面会を求めてきた。
「どうかした?」
代表者たちを迎え入れてから訪問理由を尋ねると、代表者の一人が言い難そうに告げてきた。
「この街を去られる前に、お手をお借りしたいのです」
「それは俺の? それとも軍隊の?」
「ミリモス王子からはお知恵を、軍隊の方々からはお手をお借りしたく」
妙な要望に、詳しい事情を聴くことにした。
すると、キレッチャ国がキレッチャ地域と変わった後で、海の方で問題が起こったというのだ。
「あまり、大っぴらに言うことではありませんが、キレッチャ国では海賊を抱えておりました」
つい最近まで、大陸南部は小国が乱立する場所だった。
商会の船は海岸線を渡って小国をハシゴし、その場所場所で交易を行い、稼いできた。
しかし小国の中には、友好的に商いをしてくれない相手もいる。
そんな国に対し、海賊をけしかけて、海上を封鎖する。
海に面した国は、総じて海産物の漁が盛んで、海上交通も行われている。
海賊が漁師や海上運送屋を攻撃するようになると、あっという間に国の経済が傾いてしまう。
経済が傾けば、国としては維持を張ることができなくなり、やがてキレッチャ国に謝罪して海賊を立ち去って貰えないかと頼むことになる。
そうして弱みを握ったキレッチャ国は、その国に対して優位に商いができるようになる。
「つまり、キレッチャ国と海賊の繋がりは、公然の秘密だったわけだ。よくそれで、騎士国が見逃してくれていたね」
盗人と国が繋がっているなんて事例、『正しさ』を標榜する騎士国なら首を突っ込んできかねないと思うんだけどね。
そういう俺の疑問に、商人の代表者が苦笑いを浮かべる。
「海賊と表現はしておりますが、実態は海に適した傭兵という位置づけでして。相手国への海上封鎖も、相手が先に不当な商いを仕掛けてきた事に対する報復という形にしてありまして」
「大義名分は整えていたから、騎士国が出てくることはなかったってわけだ」
うまいこと抜け道を感がるもんだと感心してしまう。
そんなことよりだ――
「――ここで海賊の話を持ち出したってことは、いま問題になっているのも海賊関係ってことだよね?」
「はい。キレッチャ国が地域となったことで、海賊との関係は解消となりました。国と海賊とが結んだ契約であり、国がなくなったことで契約は自動的に消滅した。海賊側からすると、そういう認識なのです」
「自然解消しちゃったのなら、締結しなおせばいいんじゃない?」
「それが、先方からは『なしのつぶて』でして。いや、今後の展開を考えると、海賊が契約を拒否する理由も分からなくなないのですが……」
「どういうこと?」
商会の代表者が言うには、こういうことらしい。
少し前まで、大陸南部では多数あった小国が崩壊して無法地帯化したことで、キレッチャ国が海上貿易を行っているのはキレッチャ国と友好的な国だけとなった。
ここで襲う相手が居なくなったことで、既に海賊の収入は少なくなってしまっていた。
しかしキレッチャ国が大陸南部を支配する第三の大国となれば、長年貢献してきた海賊にも多大な見返りが見込めるから、稼ぎが少なくなっても大人しくしていた。
だが、あっという間にノネッテ国に攻め落とされて、キレッチャ国はキレッチャ地域と化してしまった。
第三の大国の配下なら旨味が期待できたが、第三の大国の配下の一地域の更に配下となったら、旨味なんて皆無だ。
そして無法地帯化していた場所からは、続々とノネッテ国の傘下に入りたいと打診がきていることから、自ずと大陸南部の大半はノネッテ国の領土となっていくだろう。
海賊は今まで貿易相手国の敵としてキレッチャ国に雇われて働いていたが、これからは本当の海賊として働いていかなければ食うに困ってしまう。
それなら、早いうちから行動を開始した方が儲けられるに違いない。
「そうしていま、海上では海賊が猛威を振るって、漁や海上交通ができないようになってしまっているのです」
代表者が結んだ言葉を聞いて、俺は頭を抱えたくなった。
「いままで貿易相手にやっていたことを、そのまま返されて困っているから、俺に何とかして欲しいと?」
「できれば、そうしていただけると」
あっさりと言ってくれるが、俺は相手が本気で言っているのかと疑いたくなってしまう。
「あのね。陸と海とじゃ、兵士の使い方が違うんだよ。海に面してこなかったノネッテ国の兵士たちが、満足に海の上で戦えると思っているのか?」
「できないのですか?」
「できない。揺れる足場で戦う訓練なんて、したことがないからな。それにノネッテ国の主力は重装歩兵だ。仮に海に落ちでもしたら、海底まで沈む結果になる。とてもじゃないけど、船上での戦いになんて連れて行けない」
他にある兵種も、槍歩兵に軽騎兵と弓兵だ。
弓兵だけなら使えなくはないだろうけど――いや、海風を読むなんて真似はできないから、大量に矢雨を降らせたとしても、敵船に当てることは難しいな。
「要するに、海上での戦いにノネッテ国の軍隊は使えないってことだ」
「では、どうすることもできないと?」
困り果てた様子の商人たち。
俺が読んできた兵法書の中には、海や大河での戦いもあるので、戦えないということはない。
でも、手助けするためには、幾つか深く事情を聞く必要がある。
「君らの中には海上運送の商会もいるでしょ。海賊を雇うことはできないのか?」
「雇い入れが可能な者は全て雇っております。現在でも海賊を行っている者たちは、海の護衛や運搬では満足できない、略奪行為に喜びを見出した悪漢どもなのです」
「なら、その者たちを全滅させても、問題はないんだね?」
「はい。むしろ禍根を断つためにも、根絶やしにしていただいた方が喜ばしいほどでして」
「海賊たちが貯め込んだ宝があったら、どうする気だ?」
「それは――ミリモス王子やノネッテ国の軍隊の方々が接収すればよいかと。所有権を主張できる者もいないでしょうし」
海賊の宝の部分は、多少は要求してくると思ったけど、あっさりと引いたな。
これは多分、海賊には資産がないか、あったとしても無視していいほど目減りしていると、商人たちは考えていそうだな。
「わかった。じゃあ海賊のことは、俺に任せてくれ。でも、一日二日で解決できるもんじゃないことは分かっていて欲しい」
「勿論です。ミリモス王子が、この都から離れる前までに解決していただけたら良いと、我々は考えているのですから」
安堵した様子の商人たちは、願いを聞き入れてくれたお礼として、賄賂を送ってこようとした。
俺は金品を突っぱね、それと同じ金額の食料や酒をノネッテ国の軍隊に差し入れるようにと命じて、下がらせたのだった。