三百三十二話 キレッチャ地域の治め方は?
キレッチャ国のウォレア王が行方不明な状態で、ノネッテ国はキレッチャ国を支配することとなった。
かなりの飛び地なので、統治する方法が厄介になりそうだと、俺は感じていた。
しかし、その心配は杞憂に終わりそうだった。
ノネッテ国がキレッチャ国を戦争で下したと知って、沢山の小国が崩壊してできた無法地帯の多くが、ノネッテ国に従属を願い出てきたのだ。
俺は文面を読み終えた、従属を懇願する手紙を机の上に置いた。
いま置いた手紙の他にも、同じ内容で別地域からの手紙が、机の上に山となっている。
「機を見るに敏――というわけじゃなくて、単独じゃやっていけないと思っての結果だろうな」
無法地帯化した地域では、キレッチャ国の行商人が生活必需品を売ってくれるからこそ、独立独歩を貫くことが出来ていた。
しかしそのキレッチャ国が負けて、ノネッテ国の傘下に入ることになった。
ではノネッテ国が、キレッチャ国がやっていた通りに無法地帯に商いに向かうかといえば、そうは行かない。
キレッチャ国が無法地帯を支援していたのは、ノネッテ国とハティムティ国とアナビエ国に対して、無法地帯の住民を嗾けるため。
要するに、野盗を使って他国の経済や治安にハラスメントな打撃を与えることで、キレッチャ国が相対的に他国より優位になろうとした戦術だったわけだ。
ではノネッテ国がその戦術を取る必要があるかと考えると、全くもって必要ないと判断が出てしまう。
ハティムティ国とは、同盟とまではいかないけど、少なくともガクモ王と配下の魔物とは同じ戦場を戦った仲だ。ここであえて仲を悪くするような、ハラスメント行為をする意味がない。
アナビエ国とは国交はない。だけど、ハティムティ国と仲良くなり、キレッチャ国を手に入れたことで、ノネッテ国とアナビエ国の一対一での戦いができるようになった。無法地帯の住民を使うなんて迂遠な方法よりも、直接戦争を仕掛けた方が手っ取り早いし。
どちらの国を相手にするにせよ、無法地帯の住民を嗾ける意味がないわけだ。
むしろノネッテ国としては、ノネッテ国の仕業と捉えられないように、無法地帯の住民がその二国に対して略奪行為を働かないように目を光らせなければならない。それこそ、必要とあれば虐殺も辞さない覚悟でだ。
そのことは無法地帯の住民の中でも、ちょっと知恵が回る者なら分かること。
だからこそ、殺されては溜まらないとばかりに、とても下手に出た文面の手紙でもって、ノネッテ国に従属を願いでているわけだ。
まあ、これでノネッテ国とキレッチャ国の飛び地問題は解決できる。
従属を願ってきた無法地帯の土地について、どこの領地の領土とするかという問題はあるけどね。
そこは、グラバ地域の領土にしてしまったり、キレッチャ国――じゃなくて、キレッチャ地域に編入させるもよし、新たな領地として領主を立てることもありだろう。
その無法地帯の編入も含めて、俺はキレッチャ地域の運営の仕方をどうするかを、キレッチャ地域の豪商たちと会談することになった。
一番の議題は、ウォレア王が行方不明になり、その後継者も未定だったこともあり、キレッチャ地域の領主を誰にするかだ。
「ミリモス王子はいままで、その地の慣習に合わせて領主を立ててきたとお聞きしております。なれば、年商一位の商会の主たる私こそが、この地を治めるに相応しい者かと!」
「何を言う! お前が年商一位を保っていられたのは、ウォレア王の使い走りで、公共事業の多くを任せて貰えていたからではないか! その分を差し引いたら、自分の商会こそが年商一位だ!」
「年商で一番だから、なんだというのです。それは翻って、多くの人から富を搾取しているという図式を表しているに過ぎませんよ。その点、この私の商会などは年商はとても低いですが、この私の商会の商品を使っていない民が居ないほどの、一番の有名店。民に寄り添える者こそが、領主として相応しいのではありませんかね」
「はんっ! 民の生活に根差しているってんなら、海運商の元締めである俺が一番だろ。海運があってこそ、キレッチャって土地は輝いていられるんだからよお!」
声が大きいのは、この四名。しかし他の商会からの代表たちも、我こそが領主に相応しいのだと譲らない。
正直、俺としては誰が領主になろうと構わない。
俺はロッチャ地域とルーナッド地域の領主だから、他所の領地であるキレッチャ地域を心配する義理はないんだからね。
とはいっても、このまま言い合いを続けさせていたら、商会同士で殺し合いに発展しかねないような熱気があるんだよね。
平和的に解決する意味でも、代表者を立てる必要はあるんだよね。
俺は、どうしたものかと頭を捻って、解決のヒントを前世の知識に見出した。
「そうだな、民主制――じゃなくて、商会の代表者たちによる合議制にしたらどうだい?」
「合議制ですか?」
「そう。いまやっているように、商会の代表者が出席して、キレッチャ地域の舵取りを決めるんだよ」
俺の提案について、商会の代表者たちは考え込んでいる。
でも、この提案はどの商会にとっても利点が多い。
確かに領主という存在になることが出来れば、領主を出した商会はキレッチャ地域で安泰な地位を確立できるだろう。
でも逆を返せば、それ以外の商会から恨まれることになる。
そして商人から恨まれるということは、経済的な協力を他者から得にくくなるということに繋がる。
それに比べて主だった商会による合議制ならば、どの商会も唯一絶対の一番にはなれないけど、領地に対してある程度の影響力を持つことが出来る。
合議制ならではの仕組みだが、一番大きな商会が通そうとする法案があっても、他の商会が結託すれば防ぐことができる。逆に弱小の商会であっても、仲間を作ることに成功すれば、案件を採択させることが可能だ。
そういった根回しや結託なんかは、商人にとって得意分野だろう。
だからこそ、領主になって権力と恨みを貰うよりも、合議制での票と暗闘の権利を手にする方が魅力的に映るはずだ。
そんな俺の目論見の通りに、商会の代表者たちは合議制に乗り気になっていた。
「合議制とは、なるほど、良い案ではありますな。しかしながら、全ての商会が一票を持つというのも」
「一商会で一票にすると、実態のない商会を乱立させて票を確保しようとする者も出かねない。ある程度の選別が必要だ」
「創業年数で決めてはどうか。それなら実態のない商会は票を得られないぞ」
「あまり長い創業年数で区切りをつけると、新進気鋭の商会が出てきたときに非難の的になるのではありませんかね?」
「では創業年数十年以上で一先ずの区切りをつけ、さらに年商で選別するのではどうでしょう?」
「年商ではなくて純利益――いや、納税額ではどうだ? 多く税を納めたからこそ、その税の使い道を話し合う権利を持てる。そういう考えなら、道理が通るのではないか?」
「なるほど、それはいい。納税額ならば、少し高めに設定すれば、合議制に参加したい者が多少無理してでも税を納めてくれるだろうしな」
「では、創業から十年以上かつ、納税額がある一定以上で、決まりで」
俺が方向性を示せば、名だたる商会の代表者たちだからこそ、トントン拍子で話が進んでいった。
そして仕事が早いことに、ここで決まった合議制の内容について、証明書というか契約書というか、そういう類の書類まですぐに作られてしまっていた。
こうしてあっという間に事が進む姿を見ちゃうと、意外と合議制はキレッチャ地域に合った統治法なのかもしれない。
少々やるべきことがありまして、もしかしたら、更新が不定期になるかもしれません。
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。