三百三十一話 降伏交渉
キレッチャ国からの代表者を、兵士に迎えに行かせた。
キレッチャ国の代表者の目的がわからないため、俺がいる天幕に直接来させるのではなく、迂回させて来るようにと命じておいた。
それと同時に、別の兵士に命令を出す。代表者が歩く道程の間、様子を観察し、ここに代表者が到着するより一足早く報告しに戻ってくるようにと。
いま、この陣内は酒盛りという浮かれた調子になっている。その中を通る代表者の態度を探れば、自ずと目的も予想がつくという算段だ。
兵士を派遣してから少し経ち、様子を探らせていた兵士が天幕に戻ってきた。
「報告します。キレッチャ国の代表者の様子は、怖がっているようでした」
「酒盛りをする兵士の間を通って、怖がっているって? こちらを下に見るような態度はとってなかった?」
「下に見るどころか、狼の群れの間を通っているかのように、怯えているように見受けられました」
「そうか。いや、ありがとう」
俺は兵士を下がらせると、腕組みして考える。
てっきり俺は、キレッチャ国の代表者の代表者は、決死戦の取り決めをしに来たか降伏の申し出をしにきたと思っていた。
しかし、決死戦を覚悟して来たのなら、交渉の前に怖がることは変だ。
そして降伏を選んで来たとしても、降伏するなら命が助かるんだからこそ、態度には怯えより安堵感が強く出るはずだ。
どちらにしても、陣内を恐怖を抱きながら歩くといった態度には、なり得ない。
うーん。予想がつかないな。
これは直接話を聞くしかないだろう。
そう決めて、キレッチャ国の代表者が現れるのを待つことにした。
キレッチャ国の代表者が天幕の中に入ってきた。
その数は、護衛を入れて十人ほど。年齢は、下は三十代から、上は天寿がほどなく来そうな老人だった。
彼らの態度を見ると、なるほど兵士が報告した通り、獣の群れの中に置き去りにされたような、明確な恐怖心を抱いている様子だった。
これで攻撃的な気概が欠片でも見えれば、俺を暗殺しに来たんじゃないかと危惧するところだ。
しかし、代表者もその護衛も、俺たちを刺激しないよう気を配っていて、武器に手を置かないように徹底していることから、暗殺を行う気はなさそうに見える。
様子から用向きは分からないんだ。こうして様子を伺っていても時間の浪費なので、早速用件を聞くことにした。
「俺がミリモス・ノネッテです。それで、キレッチャ国の代表の方々。どうして、こんな敵中に乗り込んできたのですか?」
俺が柔らかい口調で問いかけても、代表者たちの緊張は少しも解けない。
どうしてだろうと疑問に思っていると、代表者の一人が怖々と口を開いた。
「ノネッテ国のミリモス王子におかれましては――」
「そういう格式ばったことは要らないよ。用件だけ言ってくれない?」
俺がバッサリと発言を斬りつけると、代表者は喉に言葉を詰まらせて黙った後、息を絞り出すようにして言葉を出し始める。
「う……あ……。そ、その。私どもが訪問した目的は、キレッチャ国はノネッテ国に降伏したいというものでして……」
降伏宣言。
これ自体は、俺の予想の一つにあったこと。疑問に思うことじゃない。
しかしながら、俺は代表者の態度が気になった。
降伏宣言をした直後、彼らの緊張感が増したような感じがあったからだ。
なんとなく、俺は察知する。
彼らは、何か重大な事柄を隠したまま、降伏を締結しようとしているんじゃないかと。
俺は疑う目で、キレッチャ国の代表者たちを見つめる。
「降伏ですか。これ以上、人死が出ないことは喜ばしいことです。しかしながら、その宣言は本当のものですか?」
「偽りでないかと、お疑いで?」
「その通りです。降伏宣言を証明できるものをお持ちですか? たとえば、キレッチャ国の王が直筆で書いた書状などは?」
俺が問いかけると、キレッチャ国の代表者たちの顔色が一段階悪くなった。
どうやら、相手の急所に触れることができたみたいだ。
「もしかして、貴方たちの独断で、降伏を申し込みに来たのですか?」
俺が少し語気を強めて質問すると、代表者の一人が息遣いを苦しそうにしながら喋りだす。
「それが、我が国のウォレア王は、お隠れになられまして。だからこそ、私どもがこうして使者として立ったわけでして」
文面上で見れば、ここでの『隠れた』とは『死んだ』という意味の隠語のように感じる。
しかし相手は、商人の国であるキレッチャ国の代表者だ。言葉の中に裏を持たせているように考えた方が良い。
今回の場合だと、『隠れた』とは言葉通りの意味で、ウォレア王が見つからないという意味なんじゃないだろうか。
俺はそう予想しつつ、仮に『死んだ』方が正解だとしても問題のない答弁をすることにした。
「王が隠れたのなら、次の王を立ててから、交渉に臨むのが筋道というモノではありませんか? それとも貴方がたの誰かが、次の王なのですか?」
「まごまごと次の王を立てることに時間をかけては、王都が攻め落とされてしまうと、そう焦ったわけでして」
「焦ったから、道理を曲げても良いと? 王を立てる時間がないのなら、王太子が代表者とすればいいだけでしょう?」
「……ウォレア王は独身で子がおらず、王太子もない状態でして」
「それなら、王位継承権一位の人でもいいけど?」
「明確に継承者と呼べる者も、居ないのです」
「次の王に成る人がいないだって?」
俺が疑問から聞き返すと、代表者が慌てた調子で弁明してきた。
それによると、キレッチャ国では王となれる者は、国で一番商才に長けた者だけなのだそうだ。
王の子供に商才があったなら、子供の中で一番の商才がある者が王太子になる。仮に王の子に商才がなければ、他所から養子をとり、その養子が王太子となる。
その慣例に従えば、王も王太子も居ない状態だからこそ、国の中で一番商才がある者が次の王になれる。
しかし商才とは、武力や算術のような、目に見えて分かる代物じゃない。
一番の商家の店主が一番商才がある者かと問われると、違うかもしれない。
では新進気鋭で上り調子の店の店主がそうかと問われると、それもまた違うかもしれない。
明確な判断材料を設定しようとしても、商売とは水物で、そのときどきによって重要な事柄が変わるため、これが勝っていれば商才があると決めることも難しい。
つまるところ、商才がある者の設定が難しくて、ノネッテ国の軍隊が王都に攻め入ってくるまでに、次の王が誰かを決めることは時間的に困難だった。
その話を聞いて、更に疑問が一つ。
「じゃあ、代表者と名乗る貴方たちは、降伏を申し出る権限を持っているんですか?」
「その点は、問題なく持っております」
更に事情を聞けば、この代表者たちは、キレッチャ国の中でも有数の商会の会長たちのだという。
彼らの意見は、隠れる前のウォレア王でも無視できない影響があり、緊急時の国の代表としての発言力を持っているのだそうだ。
「貴方がたが一声かければ、王都の民は反発しないということですか?」
「即効性があるとは言えませんが、反発しそうな者を説得して宥めることはできるかと」
「それは、どういう理屈で?」
「王都に住む者の働き場所の大半は、我らのうちの誰かの商会の息がかかっていますので」
つまり、安定した職を盾にして、反乱分子にいうことを聞かせるということだろう。仮に反乱者当人が聞き入れなくても、その親類や関係者が職を失いたくないという保身から、説得に力を入れるだろうしね。
俺はここまでのキレッチャ国の代表者たちの話を聞いて、とりあえず降伏を受け入れることを選んだ。
「ではキレッチャ国はノネッテ国に降伏するということでいいね。降伏したからには、今後反乱が起きたら、力尽くで鎮圧することになるから、心に留めておいてよ?」
「わかっております。ミリモス王子の英断に感謝を」
代表者たちが深々と礼をとったところで、これでキレッチャ国相手の戦争は終結だ。
しかし、懸念材料が残ったまま、キレッチャ国の土地を手に入れることについては、少しだけ不安があるのだった。