三百三十話 気楽に移動中
ノネッテ国の軍隊によるキレッチャ国への侵攻は、順調に進んでいる。
いやまあ、傭兵崩れの野盗に襲われている村々を助けながらの行軍なのは相変わらずなので、その進み方は遅いのだけどね。
でも、俺たちが野盗を倒しながら進んでいることは噂になって広がっているようで、時には逃げてきた村人が助けを求めてくる事態にも遭遇。見捨てるのも気分が悪いため、少し道順から外れるけれど仕方がないと、助けに向かうこともあったっけ。
そうして、一応は順調に進んでいっているうちに、キレッチャ国の外縁地域から内側の地域へと踏み入った。
すると、ここまできた国境から逃げてきた傭兵も数少ないみたいで、村や町を野盗から助けるという事態が減ってきた。
行軍の手間が少なくなったことで、進軍速度は上がっていく。
人助けをする機会は減ったものの、外縁地域での善行は噂話で伝わっているようで、村や町に通りかかると住民から快く井戸や付近の空き地を使わせて貰うことができた。
情けは人の為ならずとは、このことだな。
順調に行軍を続けていっている途中で、俺の傍らへ鳥が飛んできた。
珍しいこともあるもんだと目を向けると、猛禽の一種に見える大型の鳥に見覚えがあった。
たしかガクモ王に付き従っていた魔物の一匹だったはずだ。
「なにか用かな?」
俺が声をかけると、鳥の魔物は俺の肩に足を着けて止まった。
そして片足をずいっと俺の目の前に差し出してくる。
見れば、足首のあたりに植物紙が巻き付けてあった。
「鳥文?」
俺は首を傾げながら、鳥の足に結わえてあった紙を解き取る。
その瞬間、バサリと羽音を立てて、鳥の魔物が上空へと飛び立った。そして用事は終わったとばかりに、どこかへと飛び去っていってしまった。
なんだったんだと疑問に思いながら、俺は手にある植物紙へと視線を向ける。
そこには、綺麗な文体で、数行の文字が書かれていた。
『ミリモスへ
配下たちが餌を食べ飽きたって我が侭を言うから、国に帰ることにした。
君に戦争の権利を譲渡するから、キレッチャ国のことは任せるよ』
差出人の名前は書いていなかったけど、ガクモ王の手紙に間違いない。
それにしても、魔物を配下にしている王にしては、正統に綺麗な文字だな。
これに比べたら、俺が書く文字なんて、カナクギ流も良いところだろう。
「魔物の森に追放されるまで、ちゃんとした王子教育を受けていたんだろうな」
羨ましいと思う反面、この文字の出来栄えが厳しい教育の結果だと考えると、俺は文字が汚いままでいいかなという気にもなる。
しかしながら、勝手にこちらを巻き込んでおきながら、勝手に戦争を切り上げて返っちゃうだなんて、ガクモ王は自由気まま過ぎるよね。
「でも仕方がない、一度始めた戦争は、キッチリ終わりまで進めないと、遺恨が残っちゃうしね」
俺はやれやれと肩をすくめ、あと少しになったキレッチャ国の王都へ行軍予定を消化することに集中することにしたのだった。
キレッチャ国の王都へ、あと歩いて一日の距離という場所に到達。
ここで一度、兵士たちの疲れを癒すため、丸三日の大休憩を取ることにした。
つまり、休憩で三日、移動に一日――合計四日で、俺たちはキレッチャ国の王都に到着する運びとなる。
そんな大休憩一日目に俺は、兵士たちに酒をふるまうことにした。ここまでの行軍の労いと、より士気を高めるためにだ。
万単位の兵員が酔いつぶれるほどの酒量があるわけはないので、一人一杯か二杯の酒宴になる。
兵士は基本的に大酒飲みなので、二杯じゃ物足りないだろうけど、そこは我慢してもらうことにしよう。
「それじゃあ、戦勝への前祝だ! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
俺の掛け声の後で、兵士たちが杯を掲げて唱和する。そして酒付きの食事が始まった。
兵士たちそれぞれが、酒気で笑顔になり、和気あいあいと食事に口をつける。
俺は、そんな兵士たちの様子に満足を覚えつつ、指揮官用の食事場所へと向かう。
今は戦争中。兵士に酒を振舞ったけれど、指揮官まで酔うことは許されないからね。
「さて、食べながら、キレッチャ国の王都をどう攻めるかの会議をしよう」
俺の言葉を受け、部隊長級以上の指揮官たちは顔を引き締めた。
しかし、よく見てみると、彼らの顔に不満の影があるように見える。
きっと、兵士たちは酒を飲めているのに、こちらは禁酒だなんてと、不満に思っているんだろう。
「俺たちが祝杯を上げるのは、戦争に勝った後でだよ」
俺があえて言葉に出して釘を差すと、彼らの顔から不満の影が消えた。
きっと、不満は感じつつも、心の奥に押し込んだんだろう。
表に出さないなら良いかと、食事しながらの会議を始める。
先行させた偵察兵によって、キレッチャ国の王都の地形は把握してある。
商人の国だけあって、流通性や発展性に重きを置いているようで、道が多数に伸びているにも拘らず外壁の類が一切ない。
平和なときなら、経済発展に強い都市といえる。
でも戦争時には、攻めるに易くて、守るに難しい、味方泣かせの王都だ。
それこそ、ここまで攻め易過ぎると、味方の被害を極力減らすために、どう攻めたらいいのだろうかと、議論が紛糾するほどだったりする。
俺が指揮官たちと戦法を次々と吟味していると、来客があった。
不運にも、今日が哨戒当番だった兵士の一人だった。
「報告します! キレッチャ国の代表の方がやってきて、当軍の指揮官に面会したいと言ってきてます!」
意外な知らせに、俺は指揮官たちへ目を巡らせた。
「酒で宴会をしていることを知ったら、相手は攻めてくるかな?」
「どうでしょう。我らが油断していると見るか、はたまた緩んでいるところを見せても問題ないと判断していると見るかは……」
「うーん。ともあれ、会わないわけにはいかないか」
俺は兵士に命じて、キレッチャ国の代表を、この場に連れてくるように命じたのだった。