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閑話 対比――二人の王

 ハティムティ国の王、ガクモは上機嫌だ。

 配下の魔物たちと、キレッチャ国という『餌場』を、自由気ままに歩けているからだ。

 こういう戦争の時だけは、ガクモが魔物が跋扈する熱帯雨林の中で暮らしていた頃のように、一個の生命体として振舞うことが出来る。

 そのことに、ガクモは喜びを感じていた。

 

 そもそもガクモは、ハティムティ国の王になりたくてなったわけではない。

 悪意をもって自分を追放してくれた者たちに復讐した結果、魔物を従える異能を崇められて、王として祭り上げられてしまったのだ。

 ガクモも王となった当初は、配下の魔物が腹を空かせずに済むと思って満足だった。

 しかし、追放された件を切っ掛けに発症していた人間不信によって、『人間の王』という立場に段々と我慢がならなくなった。


 人間は、昨日まで手を取り合っていた仲間を、今日は蹴落とす。

 人間は、自分の利益のために平気で他者を欺く。

 人間は、自欲を満足させるために他者の威を借り、それを恥ずかしいとも思わない。


 良くも悪くも本能に忠実で純心な魔物と関わって成長したため、ガクモ王は人間のそういう気質が気持ち悪くて仕方ない。

 そしてガクモも、玉座に座っている自身は、その人間の群れの一員であると自覚し、自己への嫌悪に繋がっていった。


 そういった背景があるからこそ、ガクモは王という立場を捨て、魔物の一員と化せるように試みていた。

 魔物以外に心を開かないことも、人間を平気で魔物の餌にできるのも、ガクモが自分を人間であると思わないようにするための行為。

 その結果、ハティムティ国の人々は、ガクモ王のことを魔物であると認識しつつある。

 ならば次は大陸中に、ガクモは人間ではなく魔物である、という認識を広げようと決めた。

 その目的の標的に選んだ相手は、色々とちょっかいをかけてきて目ざわりだった、キレッチャ国にした。


 目論見通り、キレッチャ国の兵士相手に魔物の戦い方を披露した。

 そして、共同戦線を張るノネッテ国の兵士たちにも、ガクモが魔物を従えてたたかっている姿を見せている。

 これで、生き残ったキレッチャ国の兵士や、国に帰ったノネッテ国の兵士たちは、身内に伝えるだろう。

 ガクモ王は、見た目は人間ではあるが、本質は魔物であると。


 ガクモは目的が達しつつあることに満足しながらも、想定外の釣果のことをも思った。

 それは、ノネッテ国の王子だという、ミリモスのこと。


 ガクモが見るミリモスは、とても善良な一市民という印象だった。一国の王子であるとは思えないほど、腹黒いところがない。

 ミリモスは相手の嫌がる戦法を立案するから、一般的な意味においての腹黒の部類ではある。

 しかしガクモの考える『腹黒』とは、味方を貶めようとする好意や心根を指す。

 実際ミリモスの戦法は、味方の被害を極力抑える戦い方に終始している。彼我の戦力差を鑑みて、用意できる準備は全て整えたうえで、一方的に勝てる戦い方を選んでいる。

 そういった味方を大事にするミリモスの姿勢に、ガクモは好意を抱いた。

 

 ガクモがミリモスを気に入ったのは、他にも理由がある。

 ミリモスは単体としても強い個体だと、ガクモは見抜いていた。

 人間は群れなければ生きていけない存在だ。しかしミリモスは、自分で一人で生きていける力があるうえで、群れを形成することを選んでいる。

 その生き方は、草食の魔物にも見られる性質だ。

 だからこそガクモはミリモスの事を認めたし、戯れとして虎の魔物を嗾けた。

 人間でないのなら、この程度なら余裕で対処できるだろうと。

 その目論見の通り、容易く虎の魔物を手なずけられてしまったのだから、ガクモとしては面白くしか感じなかった。


 だからこそガクモは決めていた。


「ミリモスに、この国と、僕の国もあげてしまおう。人間の彼なら、上手く扱ってくれる」


 ガクモは、もう人間の王の椅子に座るのは御免だった。

 そこにミリモスという、国の椅子を渡すに絶好の相手と出会えたのだ。

 この機会を有効に使う気が満々だ。


「国を譲ったら、後は好きにさせてもらう」


 ガクモは言葉を口に出して決意を固める。

 この戦争が終わり、ミリモスにハティムティ国も渡したら、ガクモ自身は魔物の一人として配下の魔物と共に野生で暮らすのだと。




___________________



 キレッチャ国のウォレア王は、戦争から逃げ帰った先で、呆れ笑いが張り付いた顔をしていた。


「いやー、あれは勝てないわー」


 ウォレアは十全に準備を整えていた。

 商いで稼いだ金を大量にばら撒いて、食料から武器に傭兵を、かき集められるだけかき集めた。

 果ては帝国に金で繋ぎを作り、帝国製の武器も多数購入していた。

 持てる手札の全てを使って、戦争に勝つための準備はできていた。

 しかし結果を見れば、キレッチャ国の軍隊は崩壊して潰走。

 大敗北である。

 そして手を尽くしても負けてしまったことで、ウォレアは王としての芯が折れてしまっていた。


「帝国の魔導杖を使った際に、ノネッテ国の軍隊が一時的に逃げた。あれで気楽な気分が味方の中に広がっちゃったのが不味かったんだよねー」


 キレッチャ国の側が数で優り、そして敵が恐れる帝国製の武器もある。

 これは勝てるのではと、楽勝ムードが広がった。

 そうしてキレッチャ国の軍隊に緩みが生じたのを待っていたかのように、ノネッテ国の軍隊の再攻撃。三方向からの全軍突撃でだ。

 結果、戦意が緩んでいたキレッチャ国の軍隊は、敵の突撃を防ぎきることができず、崩壊してしまった。


「こうして考えるに、一度引いたのも作戦の内だったんだろうね」


 やられたやられたと愚痴を零しつつ、ウォレアは国を捨てる準備を始めた。


 ウォレアにとって国とは、商売の店舗と同じものだ。

 危険が迫っていると判断すれば、もっと言えば稼げない場所だと見れば、捨てることに躊躇いはない。

 そして今、ノネッテ国に攻め入られてしまっている状況を考えれば、店仕舞いをする判断は当然であるといえた。


「だから私に国の王は務まらないと言っていたんです。精々、小店舗の主ぐらいが、身の丈ってもんです」


 独り言を呟きながら商人らしく見える旅装に着替え、多少の銀貨と銅貨、そして小さい割に価値が高い宝石をいくつか摘まみ取って懐へ。あとは食料と水筒が入った背負い袋を持てば、国を脱出する準備は終わりだ。

 ここで芝居によくある、大量の金貨を持って行こうとしたり、愛用品を持ち出そうとはしない。

 ウォレアは、金貨は稼げば手に入るものであると知っているし、一度失った愛用品も金があれば買い戻す機会があるとも分かっているからだ。


「再出発の場所は、どこにしましょうかね」


 国を見捨てて逃げる王にしては気楽な口調と格好で、ウォレアは隠れ家を出る。

 向かう先は、この国の港町――船を使って脱出するためだ。



 港町に向かって街道を進んでいく。

 旅路の間に、戦争に負けてから、二日が経っていた。

 ウォレアが王として最後に出した策で用いたのは、ノネッテ国の軍隊の足止め策――暴走する傭兵たちに村を襲わせることだった。

 傭兵が村を襲っていると知れば、ノネッテ国の軍隊は村を無視して移動できない。

 なぜなら、無視して移動した結果、後ろからその傭兵たちに襲撃を受ける可能性があるからだ。

 そんな苦肉の策も効果があったようで、国の内陸部に位置するこの場所では、戦争前とも変わらない風景が続いていた。

 

「戦争に負けた国としては、あり得ないほど穏やかですよね」


 行商人の休憩所が発展してできた宿場町にて、ウォレアは宿を取り、その町の酒場でそれとなく戦争の話を聞いてみた。


「戦争のこと? ああ、戦争に負けたってことかい。それなら、もう国の全員が知っているんじゃないかね」


 酒場の恰幅の良い女将は言いながら、ふくよかな顔に笑みを浮かべる。

 戦争に負けたことを知っている。その割に悲壮感がない。

 そのことに、ウォレアは首を傾げた。


「戦争に敗けなのなら、どうしてそんなにノンビリしているんです?」

「そりゃあ、あんた。慌てる心配がないからさ」

「それはまた、どうしてです?」

「戦争に勝った相手が、ノネッテ国だからだよ。仮にあの国がこの国を支配したとしても、悪い事にはならないのさ。あの国は、支配地を優遇してくれるって話だからね」


 女将は伝聞口調で言っているが、ウォレアは情報として知っていた。

 ノネッテ国のミリモス王子は、戦争で攻め取った国を、植民地とするのではなく、ノネッテ国kの一領地として扱う。

 無論、植民地であればあり得る民への不当な措置はなく、負けた国の民は当たり前のようにノネッテ国の国民として自動的に編入される。

 商人的な考えで言えば、店はそのままに店名の看板だけを架け替えるに等しい行為。

 そして看板は変わろうと店自体は変わらないのだから、店の従業員に忌避感が生まれるはずもない。


 ウォレアは、有用な情報を教えてくれた女将にチップを渡し、頼んでいたエールで喉を潤す。


「うまいこと支配地の国民を手なずける方法を知っているわけか。ミリモス王子は、商人としても、僕より才能がありそうだなー」


 ウォレアは一人で愚痴りつつ食事を取り、宿のベッドで一睡し、翌朝早くに宿場町を出発した。



 目当ての港町までやってきて、あとは懇意にしていた商会に船を用意してもらえば、国外に脱出できる。

 その段階になって、ウォレアを待ち構えていた存在がいることに気付いた。


「ウォレア王。待っておりました」


 ウォレアを待っていた人というのは、王としての業務を手伝ってくれていた役人たちだった。


「まさか、僕と共に国外に逃げる――って表情ではないね」


 むしろウォレアを捕まえるために待ち構えていたと、役人たちの硬い表情が物語っていた。


「僕を待っていたようだけど、どうする気なんだい? まさか、この首を切り取って、ミリモス王子に取り入ろうとするとかかい?」


 ウォレアの軽口に、役人たちの顔色が更に強張った。


「手荒なことはしたくありません。大人しくついて来ていただきたく」

「生かしたまま捕まえて、交渉材料にしようってことか。お優しいことだね」


 ウォレアは軽口を叩きつつ、周囲を目だけで見回して、脱出経路を割り出した。

 逃走を諦めないウォレアの様子に、役人たちも身構える。


「大人しくしてください。噂に聞くミリモス王子ならば、ウォレア王に無体な真似はしないはずです」

「そうだろうね。ミリモス王子『だけ』ならば、そうだろう」

「『だけ』とは?」

「知らないのかな? ミリモス王子に見逃された、滅ぼされた国の王たちの末路に関する噂話」


 ある者は、逃げている途中で、戦争に負けて国体を失った腹いせに、多数の兵士に襲われて殺された。

 ある者は、庇護を求めた先の国で、将来の戦争の火種に利用されないようにと、密かに毒を盛られて殺された。

 ある者は、逃げた先で食うに困り、盗みを働いた末に、犯罪者として投獄された。


「つまりは、僕がこの国の王だと知られないように逃げないと、身の破滅が待っているってことだ――よッ!」


 ウォレアは言葉の途中で、目星をつけた逃走経路へと駆け出す。

 話に耳を傾けていた役人たちは、反応が遅れてしまい、ウォレアを捕まえることに失敗した。

 ウォレアはそのまま港町の中を走りに走って、愛用していた商会――ではなく、この港町と隣の港町を繋ぐ短路用の小型船を運行している場所へと駆けこんだ。愛用している商会の方には、役人たちの手が回っていると予想しての判断だった。


「すぐに船を出して欲しい。急ぎの様なんだ!」


 ウォレアが船の中に駆け込みながら、船頭に手持ちの銀貨を全て渡す。それは船を貸し切る代金として順当な金額だった。


「あいよ。急ぎね」


 愛想の悪い船頭が櫂を動かし、船が動き始める。

 小型船が離岸し、内海へと出たところで、三角形の帆が張られた。船頭一人で外海を後悔できるように改良された、快速小型船セーリングボートだ。

 これで安心とウォレアが気を抜いた瞬間、誰かに背中を叩かれたような感触が走った。

 ウォレアが不思議に思って、顔を自分の背中へと向ける。

 すると背中には、太い矢が一本、刺さっていた。

 ウォレアは唖然とした表情で、離岸した港へと顔を向ける。

 そこには、役人たちの姿があり、弓矢を持つ兵士の姿もあった。


「射られたのか」


 ウォレアは呆然とした口調で呟きつつ、役人たちはウォレアを逃がすぐらいなら打ち取ってしまおうと考えたに違いないと、内心で判断をつけた。

 矢が当たった背中が段々と痛み出し、ウォレアは船に寝そべるように倒れた。

 呼吸をするたびに、背中に焼いた鉄の棒を押し付けられているかのような痛みが走る。

 脂汗を浮かべ、浅い呼吸で繰り返すことで、どうにか痛みを軽減しながら呼吸をしようと、ウォレアは工夫する。

 必死に命を繋ごうとするウォレアの姿に、船を操る船頭が困り口調で語りかける。


「金を払ってくれたからには客だからよぉ、アンタが何を仕出かして逃げているかは聞かねえよ。でもな、おれっちはアンタを隣の港まで運ぶだけだ。それ以上は期待しないでくれよな」


 船頭に、ウォレアは薄情だと思うと同時に、隣の港まで運んでくれる義理堅さに感謝した。


 その後、役人がウォレアを載せていた快速船を見つけ出した。しかし、船頭は血で汚れた船体を洗うのに忙しくて、怪我を負ったウォレアの行き先は知らないと言い張った。

 役人は背中に傷を負った者を見ていないかと話を聞いて回ったが、ある場所からぷっつりと情報が途絶えてしまった。

 以後も探し続けたものの、ウォレアの生死は不明のまま、時間だけが過ぎていったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] >ノネッテ国のミリモス王子は、戦争で攻め取った国を、植民地とするのではなく、ノネッテ国kの一領地として扱う。 ノネッテ国k→ノネッテ国
[一言] SLGなら倒した敵国の将は強力なユニットとして味方になると相場が決まっているが、すんなりとは行かないな。
[一言] あっさり両方の国片付きそうな雰囲気はあるけど…また一波乱ありそうな
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