三百二十六話 再突撃
日が中天より傾いた時点で、俺はノネッテ国の軍隊を再び前へと進ませた。
キレッチャ国側に帝国製の魔導杖が配備されていると知ったこともあり、今回は布陣を少し工夫している。
先ほどは、先頭を魔導鎧部隊に任せた以外は、工夫らしい工夫はしていなかった。
今回はというと、魔導鎧部隊が先頭を進むことは変わらないが、全軍を三つに分けての進軍――真正面と斜めの左右から敵陣を攻める陣形にした。
どうして三つに軍を分けたのかというと、キレッチャ国の軍隊からの魔法攻撃を分散させる狙いでだ。
こちらが一塊で動けば、敵側からの魔法攻撃も一点に集中してしまう。それではこちらの被害が大きくなってしまう。
しかし三つに部隊を分ければ、敵の魔法攻撃の集中度も三分の一に減らせる期待が生まれる。
それに、もし敵の魔法攻撃が三つの内の一部隊に集中したとしても、他の二部隊が安全に敵軍へと突っ込むことができるようになる。
そういった二段構えの考えで、部隊を分けて運用すると決めたわけだ。
「全軍、突撃!」
「行くぞ、お前ら!」
「他の二部隊に遅れるな!」
俺の号令に合わせて、三部隊の指揮官が味方の兵士たちに発破をかけ、敵軍へと突撃していく。
先頭は千人ずつに分けた魔導鎧部隊の兵士たち。魔導の力でパワーアシストを発揮する鎧でもって、重装甲ながらに歩兵が走る速度を生み出している。
その千人の部隊の背に隠れるようにして、他の兵士たちがぞろぞろとついていく。
こちらと敵側の距離が段々と詰まり、矢と魔法が届く間合いに入る。
「敵から魔法!」
最前線から警告の声。
見れば確かに、キレッチャ国の軍隊の頭上を越える形で、火の玉の魔法が俺がいる部隊にだけ飛んできていた。
どうやら敵は魔法を分散で行使することを嫌がって、俺が居る部隊に火力を集中することを選んだようだ。
「魔導鎧部隊! 足を止めずに盾の準備! まだだ、まだ展開するな! まだ、まだ――いま!」
俺が大声で発した命令を受けて、三つの最前線を走る魔導鎧を着た者の数名ずつが、敵の火の玉が直撃する直前で半透明の魔法の盾を展開する。
魔法の盾に火の玉が当たり、爆発と爆炎が上がる。爆風が周囲にまき散らされ、爆発力で舞い上がった地面が土煙となって空中を漂う。
そんな爆煙の中を、魔導鎧部隊の者たちは突き破っていく。その中には、先ほど魔法の盾を発動した者も、ちゃんと居た。
魔法の盾を防御直前で発動することで、魔力消費をできる限り抑えた結果だ。
「魔法の盾を使った者は、後続と先頭の位置を交換しろ! 爆発に狼狽えている暇はないぞ! まだ敵は遠いんだからな!」
俺の発破を受けて、兵士たちの進軍速度が上がっていく。
全速力で魔導鎧部隊を先頭に突き進む姿は、まるで鉄の鏃を先に向けて飛ぶ矢のようだ。
「再び、敵から魔法!」
先頭からの警告に合わせ、俺は大声を出す。
「盾の準備! この距離まできたら、軽騎馬兵の出番だ! 軽騎馬兵たちは前に出て、短弓で敵部隊を攻撃しろ!」
部隊の最後尾を並足で走っていた軽騎馬兵たちは、俺の命令を聞いて、部隊の横から前へと展開する。
そして魔導鎧部隊が敵の魔法攻撃を受け止めた直後に、魔導鎧部隊の横を通り爆煙の中を突っ切って、敵部隊へと駆けこんでいく。
軽騎馬兵たちは短弓の有効射程に踏み入ると、敵軍へ向かって曲射で矢を放つ。バラバラと鳴りながら空を駆ける矢たちは、やがて敵兵へと降って悲鳴を上げさせた。
敵に被害を与え、更に追撃と軽騎馬兵たちは新たな矢を弓に番える。
大多数の軽騎馬兵たちは馬を走らせながらだったが、中には弓矢が番えやすいように馬の足を緩めてしまう者もいた。
戦場で速度を緩めた迂闊な騎馬兵に、敵から洗礼が来た――矢の水平射だ。
「ぐがっ――」
多数の矢を受けて、数人の軽騎馬兵が馬と共に地面に倒れた。馬体と兵の鎧には、短矢が深々と突き刺さっている。
馬の負担を減らすため、軽騎馬兵たちの鎧は薄く作られてはいる。しかし薄くとも、ロッチャ地域制の板金軽装鎧だ。生半な矢では突き抜けられないようにはなっていた。
そんな鎧を抜いたということは、敵の矢が相当な強弓という証明だ。
俺はもしやと思い、目に神聖術の力を集中させることで視力を向上させて、矢を放ってきた敵兵を見る。
「巻き上げ用の取手が付いた、絡繰弓を持っていたか」
絡繰弓――前世で言うところの『ボウガン』を、敵兵が手に持っていた。
あれなら普通の人なら引けないような強い張力で作った弓でも、巻き上げ機構を使って弦を引くことが可能だ。
その敵兵の周囲をみれば、ボウガンを持つものが多数いる。厄介だ。
けど、ボウガンの欠点もよく分かっている。
連射性の低さと、取り回しの悪さと、曲射に向いてないため仲間の背に隠れながら撃つと射界が極端に狭いという点だ。
「軽騎馬兵は馬の足を止めずに動き回れ! 俺たちは少しでも早く前へ進むぞ!」
動き回る馬に矢を当てることは難しい。そして一度ボウガンの射撃を外すと、巻き上げ機構を動かす必要から、装填に長い時間がかかる。そのため、ボウガンの射手は慎重に狙いを定めて矢を放つことになる。結果、ただでさえ低い連射速度が、さらに低下する。
要するに、動き回る相手には向かない武器なんだよな、ボウガンは。
これが鉄砲だったのなら、当たらなくても大きな音で相手を怯ませるという効果を狙って、とりあえずぶっ放すという選択肢もあるんだけどね。
なんてことを俺が考えている間にも、事態は推移していく。
矢を放ちながらも素早く移動を繰り返す軽騎馬兵の後ろを、敵のボウガンの矢が通り過ぎていく。居た場所を通過するということは、敵の射手は偏差射撃が出来ていない証拠だ。
敵の射手がまごついている間に、魔導鎧部隊を先頭にして走る俺たちが、敵の最前線にあと二十メートルほどの距離まで接近する。
「この速度のまま、ぶち当たれ!」
俺の号令を受け、魔導鎧を着た者たちは互いに身を寄せて一塊に陣形を形勢し直すと、鋼鉄製かつ長尺の武器を構えて敵陣へと突っ込んだ。
直後、大型車が人の列に衝突したかのように、魔導鎧部隊にはね飛ばされた敵兵が空中を舞った。
空を飛んだ敵兵が地面に墜落するより先、魔導鎧部隊があけた敵陣の穴に槍歩兵が入り込む。正面は魔導鎧の者たちに任せ、左右と斜めに槍を突き出し、敵兵に槍先を叩き込んでいく。
「数倍の兵数が何だ! 一人で数人殺せばいいだけの話だ!」
「敵は混乱していて素人同然だ! 突き殺せ!」
ノネッテ国の兵士たちが雄叫びを上げながら、敵兵を殺していく。
しかし敵も必死に抵抗する。武器を振り上げて、こちらの歩兵を殺そうとしてくる。
長槍が叩き折られ、減じた間合いに傭兵らしき装備の男が潜りこみ、剣先をノネッテ国の兵士の一人に突き込んだ。
一人の味方がやられた仕返しに、その傭兵の体は四つの槍先で貫かれる。
「行け! 押せ! 敵陣を踏みつぶせ!」
俺は思いつく言葉を端から周囲へ投げつつ、馬上から剣で敵兵を切り捨てていく。
五人ほど切り終わったところで、俺の顔面に向かって短矢が飛んできた。それも三本もだ。
しかし俺はちゃんと見えていたため、剣で矢を叩き落としてみせる。
そして矢がやってきた方を見れば、少し遠い場所にボウガンを持った敵兵が三人居て、身を寄せ合って俺の方を見ていた。
彼らは、俺を矢で狙うために隊形を組んだだけなんだろうけど、その恐怖を浮かべた顔も相まって、まるで化け物を見つけた恐怖から身を寄せ合っている様に見える。
「失礼な奴らだ、なッ!」
身近な敵兵の手を斬り飛ばし、その手が握っている剣を空中に跳ね上げる。その剣を俺は手綱を手放した手で掴むと、ボウガンを持つ三人に目掛けて投げつけた。
神聖術の乗った膂力でもって投げた刃だ。瞬きする間に、三人の内の一人の顔を貫通して、その後ろに居た別の兵士の胴体へと直撃した。
仲間の一人が目前で死んだことで、他の二人は恐慌をきたしたのか、ボウガンを手放して背を向けて逃げ始める。
「ひいぃ! お助けをおお!」
「死にたくねええええええ!」
逃げだした彼らの情けない大声が戦場に響き、それを聞いた敵兵の士気が目に見えた落ちた。
明らかに死を恐怖して怖気づいたと、敵兵たちの顔を見ればよく分かった。
俺は、もう一押しで敵の戦意を崩壊させることができると、直感した。
ならばと仲間たちに盛大に暴れろと命令を下そうとして、それが必要なくなったと気付いた。
俺たちは部隊を三つに分けて、三方向から敵陣を攻めた。そして俺がいるこの部隊に、敵からの魔法が集中した。
ということは、他の二部隊は魔法の攻撃を受けないまま、敵陣に突っ込むことができたということでもある。
俺たちの部隊が敵を追い詰めつつあったのなら、他の二部隊が突っ込んだ場所では追い詰め終わっていたとしても、それは変なことじゃない。
その証拠に、俺たちが衝突している部分とは離れた敵陣が崩壊を始め、後方へと逃げ散ろうとする姿が、馬上から遠くが見れる俺の視界の中に見えたのだから。