三百二十伍話 一時、引いてみて
帝国製であると思われる魔導杖による攻撃を受け、俺はノネッテ国の軍隊を一度引かせた。
これは作戦の練り直しを行うためと、予想外の事態で慌てる兵士たちを落ち着かせる時間を置くためのものだ。
「でもまさか、あんな隠し玉を持っているだなんてね」
俺が愚痴を呟くと、隣にいるドゥルバ将軍が困り顔になった。
「ミリモス王子。あの魔法攻撃は、帝国の杖で行われたものだとお思いで?」
「ああして魔法の威力が増大したのを見れば、可能性は二つに絞られるよ。帝国の杖か、はたまたキレッチャ国が自身の魔導技術で作り上げたかだ」
「どちらとお思いで?」
俺は腕組みして、今の状況から推理を行った。
「もしもキレッチャ国が自国で魔導具を生産することが出来るのなら、兵士全員に配ってでも対抗するはずだ。なんたってキレッチャ国は商人の国だから、資金だけは有り余っているはずだしね」
「しかし実際は、魔法使いの部隊に魔導の杖を配備しているだけ。それゆえに、キレッチャ国に魔導技術はないと見た方が自然というわけですな」
「金にモノを言わせて、帝国から魔導具を買い付けたと思った方が、キレッチャ国らしいかなって思うんだよね」
帝国は以前にも、メンダシウム国に魔導杖を売った過去がある。メンダシウム国とノネッテ国が擁する山、そこにある大量の鉄鉱石を狙う企みでだ。
つまり帝国は、自分が欲する利益があるのならば、簡単に魔導具を輸出してしまうという背景を持っている。
今回、キレッチャ国が魔導杖を所持している理由も、きっと同じだろう。
「国庫を潤すために魔導具を売り払ったのか、それともキレッチャ国に第三の大国になって欲しい勢力の暗躍か。なににせよ、一気に情勢が分からなくなったよ」
俺がどうしたものかと悩んでいると、ドゥルバ将軍が進言してきた。
「ミリモス王子。この戦い、早めに終わらせなければ、泥沼と化すやもしれません」
「それはまた、どうして?」
「キレッチャ国の後ろに帝国がいるのが真であるのならば、時間を置けば置くほどに、帝国製の魔導具がキレッチャ国に入ってくることになるやもしれません」
俺が予想した中の、キレッチャ国を第三の大国にと望む者が、キレッチャ国の劣勢を知って援助を出すかもしれない。そう、ドゥルバ将軍は危惧しているようだ。
考えてみると、とてもあり得そうな予想だった。
「現段階では魔導の杖だけだけど、剣や鎧などの武具も来るかもしれないよね」
「いえ。帝国製の魔導具は、全て魔法を扱える者のみが用いることが出来得るもの。キレッチャ国の兵士たちに、魔法の素養があるようには見えないかと」
「なら、そう心配する必要は――」
と言いかけて、俺はあることを思い出した。
ノネッテ国には帝国の情報員が入り込んでいる、っていう事実をだ。
実を言えば、ノネッテ国内に帝国の間者が入り込んでいるという確証はない。その間者を捕まえたことがないからだ。
でも、俺とときどき会談をする帝国の一等執政官エゼクティボ・フンセロイアは、かなりノネッテ国の情報を詳しくつかんでいる。それこそ、昨日今日な直近の出来事についても良く知っている。
だからこそ俺は、帝国がノネッテ国に間者を潜り込ませていると、確証はないままながらに確信していた。
そう確信していながら、どうして俺が帝国の間者を放置しているのかというと、防諜を施したぐらいじゃノネッテ国が帝国に勝つことが出来ないからだ。
むしろ積極的に情報を開示することで、帝国に隠していることはないと示し、敵対する気はないと情報発信する方が、ノネッテ国の安全のためになる。
それに帝国よりもノネッテ国が長じている分野は、せいぜい魔導鎧の技術ぐらいしかない。
その魔導鎧にしたって、帝国の兵士の全てが魔法の素養を持っていることを考えると、帝国が喉から手が出るほど欲しいという情報ではない。
なにせ魔導鎧は、魔法の予想がない者が魔法を疑似的に使えるようにと考えて作られたもの。魔法使いには必要のないものだし、運用にも大きなリスクがある。
ある意味において欠陥兵器である魔導鎧の技術を、帝国が欲する意味がない。
しかし視点を、帝国からキレッチャ国に変えると、意味合いが全然変わってくる。
キレッチャ国であれば、戦力を増強させられるならば、どんな兵器であろうと金で買う。
それが帝国を通して得られる、ノネッテ国の魔導技術であろうとも。
魔導鎧に使っている核心技術は、着用者から強制的に魔力を吸い上げる紋様と、魔法効果を倍増する紋様の取り合わせだ。
帝国の技術力があれば、既存の帝国製の魔導の武器に魔力を吸い上げる紋様だけ入れれば、それだけでキレッチャ国への輸出品とすることができる。
もし現在、帝国でその手の武器を増産中だったら、時間を置けば置くほど、その武器がキレッチャ国に入ることに繋がる。
そう考えると、キレッチャ国側の攻め気のない布陣にも、帝国製の武器が十全な数揃うまでまっているという説明がつく。
「これはドゥルバ将軍の言い分を聞いて、早い決着を目指した方が良いな」
正直に言うと、無理攻めは味方の被害が増えることに繋がるので、あまりやりたくはない。
でもいまやらなければ、もっと酷い被害がでる未来に繋がりかねない。
「味方の混乱を鎮めたら、全軍突撃だね」
「そうするより他はないでしょう。なに、敵も一度引いた相手がすぐに全力で打ち掛かってくるとは思っていないはずです」
「そう願うよ。そうなったら不意打ちに攻撃ができるからね」
俺はドゥルバ将軍と話し合い、どういう風に全軍突撃を行うべきかを詰めていったのだった。