三百二十三話 戦争は始まる
ノネッテ国の軍隊とハティムティ国の魔物部隊がキレッチャ国の国境に着くと、そこにはキレッチャ国の大軍隊が待ち構えていた。
キレッチャ国の国土は、熱帯雨林地帯から外れた平野部が主だ。
だから、大軍隊の様相が遠くからでもハッキリと見てとることが出来る。
「揃えも揃えたりって感じだな……」
目算でだけど、おおよそ五万人はいる。
この全員が装備を整えた兵士というのなら、実に壮観だっただろう。
しかしながら、キレッチャ国の人員の装備は、見るからにバラバラだ。
五万人のうち、およそ三分の一が大量生産品と思わしき、簡略な作りの鎧と、鋳造物だと見える金属製の盾を装備している。武器も簡素な造りの剣と槍。正規兵ないしは、武装を貸し与えた農民兵だろう。
もう三分の一が、統一性がないバラバラな装備を身に纏った、傭兵感が丸出しな者たち。
その他の残りは、満足に鎧もつけていない、軍隊内の雑用をこなす人足役と思われる人たち。
「なんというか、財力にモノを言わせてかき集めたって感じだよなぁ……」
とりあえず人数だけは集めたといった感じのキレッチャ国の軍隊は、あまり強そうには見えない。
だけど、人数だけは厄介だ。
それこそ、いままで敵を見たら襲い掛かっていたハティムティ国の魔物部隊が、今回ばかりは大人しく待機状態を保持しているぐらいに。
魔物たちが大人しくしていると見て、俺はガクモ王と面会を持つことにした。
「やぁ、ミリモス。何の用かな?」
黒虎の魔物の背に寝そべり乗りながら、ガクモ王は微笑みを俺に向けてくる。
ガクモ王が他の人間に向ける冷たい目と比較すると、かなり俺に好意的な反応だ。
好意を持たれることは悪い事じゃないけど、相手がガクモ王だと、俺は素直に喜べない。
なにせガクモ王が好意を持つ対象は、魔物に限定される。
つまるところ俺は、ガクモ王の認識の上では、人間ではなく魔物に分類されているといえる。
その評価に物申したい気分はあるが、現状では意味のないことなので、横に置いておくことにした。
「もうすぐキレッチャ国との戦争に入りますが、ガクモ王とその配下は、どう行動する予定ですか?」
俺の質問に、ガクモ王は首を横に傾ける。
「どうって、あそこから餌を獲るだけだけど?」
ガクモ王の視線は、キレッチャ国の軍隊がある場所を示していた。
「あの。その餌の取り方を尋ねているんですが?」
「そういうことね。あー、どうしようかな。食べ物は安全に得たいんだ」
やっぱりガクモ王も、キレッチャ国の兵員の多さが気になっているようだ。
それこそ無策で突っ込めば、ガクモ王が愛する魔物に多大な被害が出ると考えているに違いない。
ガクモ王は少し悩む素振りをした後、考えることを止めたような顔つきになった。
「正面はミリモスに任せるよ。僕らは、楽をさせてもらう」
聞きようによっては、ノネッテ国の軍隊にだけ被害を押し付けるような物言いだ。
けど、ガクモ王の目的が魔物の餌を得るためということを念頭に置くと、違った意味があると分かる。
つまりノネッテ国の軍隊が正面を受け持ち、ハティムティ国の魔物部隊は遊撃部隊として動くということだ。
「正面は任せてくれていいですよ。その代わり、別方向からはお任せします」
「餌を獲るのが難しいようなら、昼はそっち、夜はこっちになるかもね」
ガクモ王はキレッチャ国の軍隊相手に夜襲をしかけることを匂わせると、黒虎の背中に顔を埋めて寝始めた。
無防備な姿を晒すガクモ王を守るためか、周囲の魔物たちの態度が剣呑なものに変わりつつある。
俺は邪魔はしないと態度で示しつつ、魔物の群れの中から出ていったのだった。
キレッチャ国の軍隊と会敵した最初の日は、お互いに布陣した状態での睨み合いで終わった。
いや正確に言うのなら、この日の太陽が地平線に沈むまでは、だろう。
なにせ夜が来て周囲が真っ暗になった頃から、ガクモ王と配下の魔物たちが動き始めたからだ。
ガクモ王と魔物たちは、こちらの陣地からひっそりと出発する。
敵に夜襲を悟らせないためにか、象やサイなどの目立つ魔物は陣地に置いていくようだ。
しかし大型の中でも黒虎の魔物だけは、その体色で夜闇に紛れることができるからか、ガクモ王は連れて行った。
そうしてガクモ王たちが陣地から離れて、体感で二時間ほどが経過した頃、キレッチャ国の陣地から悲鳴が聞こえてきた。
「魔物だ! 魔物の襲撃だ! くそっ、ナマクラ剣め! 効かねえ!」
「サクがやられた! やつら、死体を引きずっていくぞ!」
「食料貯蔵場所にも魔物が現れたぞ! 食べ物を守れ!」
「ぎゃあああああ! 魔法を撃ってきた! 食料が燃えちまう!」
混乱する様子が聞こえてくる。
そしてキレッチャ国の陣地が、火が発する光で明るくなる。
篝火を多く炊いて魔物の姿を浮かび上がらせるためか、それとも食糧貯蔵場所が派手に燃えているからか。
どちらにせよ、キレッチャ国の陣地内は悲惨なことになっているんだろうと、見なくても予想がついた。
それから再び二時間ほど経った頃、ようやくガクモ王たちは戻ってきた。
ガクモ王の体と肉食の魔物たちの口元は、敵の血で真っ赤に染まっている。草食系の魔物のうち角を持っているものも、その角が赤くなっている。
そして魔物たちの背の上には、キレッチャ国の陣地からぶん獲ってきた食料が入った袋や箱がある。中には、人間の四肢らしき物体も乗っているのが見えた。
ガクモ王は、こちらの陣地内に入ってくると、配下の魔物たちに獲ってきた食料を食べさせ始めた。
草食系の魔物たちは生鮮食品を食べ麦の粉を舐め取る。肉食系の魔物は干し肉を齧り取り、人間の一部らしき生肉に牙を立てる。
肉食の魔物が食べているものは剣呑だけど、その他は平和な光景のように見える。
魔物たちの光景から目を外した俺は、キレッチャ国の陣地へ視線を移す。
「敵に被害を与えたことはいいことだけど、逆襲や明日の戦いの警戒は要るな。その役割は、今日は働いていないノネッテ国の軍隊が負わないといけないよな」
俺は軽く肩をすくめた後で、自軍の兵士たちに周辺警戒を密にするよう呼びかけたのだった。