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三百二十二話 魔物たちと同行中

 キレッチャ国への行軍が始まってから、五日が経過した。

 ハティムティ国の魔物たちが先頭を歩き、ノネッテ国の軍隊がその後ろに続く。

 この五日間で分かったのは、ハティムティ国の魔物たちが魔物らしくないということだった。


「ミリモス王子。ハティムティ国の魔物たちは、実に厄介ですな」


 俺の横から声をかけてきたのは、ドゥルバ将軍だ。

 熱帯雨林地帯を進んでいる関係で、乱立する木々の根が車輪止めとなるため、愛用する二頭立ての戦車チャリオットが使えない。だから今は徒歩だったりする。

 それはともかく、俺の意見もドゥルバ将軍と同じだ。


「魔物が組織的に行動するってことが、どれだけ厄介か見させられているからね」


 そう。ガクモ王が指揮する魔物の群れは、実に機能的な働きを見せている。


 まず、察知能力が高い小動物系の魔物たちが先行して斥候を行う。人間では隠れられない木々の根本や草むらの影に入って進むため、その姿はあっという間に見えなくなってしまう。そして敵を発見したら、報告に戻ってくる。

 報告を受けたら、次は狼や猪などの中型の魔物たちの出番だ。本隊から離れて迂回し、敵の側面へと静かに忍び寄る。そして必殺の間合いに敵が入ったら、一揆に襲い掛かるのだ。

 ここで敵が殲滅されることが多い。

 しかし仮に、その襲撃を突破出来たとしても、魔物の本隊には虎や象の魔物が控えている。

 奇襲を受けて浮足立った敵など、鎧袖一触に蹴散らしてしまうだろう。


 この戦い方だけでも厄介だが、いまのところガクモ王は、配下の魔物たちに『魔法を使わせていない』。

 つまり、魔物たちの群れの本気を、俺たちはまだ見ていないのだ。


「味方でいる分には、頼もしいんだけどね」


 俺の感想に、ドゥルバ将軍は首を横に振る。


「味方であっても、こちらの士気を挫きかけていますぞ」

「……どうして?」


 味方の活躍を頼もしく思わないはずがないのにと、俺は疑問に感じる。

 だけど、ドゥルバ将軍の言い分は違った。


「キレッチャ国からの先遣隊と思わしき敵と戦った際、あの魔物たちは敵を食いました」

「事前に敵兵の死体を魔物の食料にするってこと、通達をしてあったでしょ?」


 だから敵を食う姿を見て、少し気分が悪くなることはあっても、士気に影響するほどの影響はないと思っていた。

 しかしそれは、俺の考えが足りないだけだった。


「事前に知ってはいても、人間が魔物に食われる光景を実際に見てしまえば、その光景を我が身に置き換える兵が出てくることは当然でありましょう」


 言われてみれば、その通りだ。

 俺の場合は、あの魔物たちを相手に戦い抜く――もしくは逃げ切る自信がある。

 しかし、普通の兵士たちにとってみたら、魔物たちは普通に驚異の対象だ。

 敵の死体を美味しそうに食べる姿を見てしまえば、尻込みしても当然だな。

 そう認識を新たにしたところで、魔物たちに人間を食べるなとは言えない。


 人間を食べる行為は、いわばハティムティ国の軍隊による現地徴発だ。

 これが勝手な行いなら諫めることもできるが、事前の取り決めで許可を出してしまっているため、止めるに止められない。

 それに止めることができたとしても、その場合は魔物たちの餌を融通する必要がでてくる。

 草食系の魔物になら糧食を分ければいいが、肉食系の魔物には難しい。

 もちろん食肉も運搬しているが、それは保存性を高めた干し肉や塩漬け肉だ。

 肉食系の魔物が必要とする、新鮮な血や内臓はないため、栄養失調になってしまう。


「……兵士たちには、我慢してもらうしかないね」

「仕方ありませんな。魔物たちが敵を食った日だけは、酒を解禁するとしましょう」


 行軍中の飲酒は、酔いで周囲の警戒を疎かにしてしまうし、行軍速度が遅くなるため、実は褒められたことじゃない。

 けど、兵たちの気晴らしに使える材料が、行軍中は少ないのも事実だ。

 俺は代案もないしと、ドゥルバ将軍の発案を許可したのだった。



 キレッチャ国の国境まであと少しという場所で、二日間の大休止を行うことにした。

 ここから先に進めば、キレッチャ国の抵抗も激しくなると見越してのことだ。

 俺は天幕の中で、ドゥルバ将軍をはじめとする各部隊の隊長を集め、会議を行っていた。


「今回の戦いは、今までとは違い、あっさりと決着させることは難しいだろうね」


 俺の呟きに、隊長たちの半数は首を傾げ、もう半分は納得顔になる。

 首を傾げたうちの一人が、疑問の声を上げる。


「どうしてでしょうか?」

「理由はいくつかあるけど、一番の問題は、キレッチャ国の首都が南端にあることだね」


 俺は大陸の南半分が書かれた地図の、大陸の南端を指す。


「キレッチャ国は海洋貿易国家だ。最大の貿易港がある街を、首都にしているんだよ」

「首都が海岸沿いにあるということですね。なるほど、いまこの場所からだと、いくぶん遠いですね」

「距離がある分、それだけ敵の領地を進まなければいけないわけだよ。敵地に乗り込むんだ。自然と抵抗は強い」


 大体の国の首都は、国防の観点から周囲の国境から等しく離れた位置――つまり国の真ん中にあることが多い。

 だからこそ俺は、比較的素早く敵国の首都に攻め上がることが出来た。

 しかし今回、キレッチャ国の首都は、国境線から一番遠い位置にある。

 つまり概算で、倍以上の時間を駆けなければ、キレッチャ国の首都には辿り着けないということだ。


 そういった事実を確認しても、隊長の中にはまだ疑問が残っている者がいた。


「確かに時間はかかりましょうけれど、そんな言うほど大変なものですか?」

「大変なんだよ。ペレセ国での戦いを思い出せば、分かると思うよ」


 という俺の言葉に、隊長の大半が苦笑いを浮かべている。


「すみません。ペレセ国の戦いに参加したことがないものでして」

「……そうか。あの戦いを経験した人は、この軍の中じゃ少ない方なんだっけ」


 ついつい忘れがちだが、この場に参加している人の大半は、俺がルーナッド地域の領主になった後で集めた人たちだ。ペレセ国での戦いを経験しているはずがなかった。


「あー。ペレセ国はね、国土の東側が山に囲まれているから、東側から敵国に攻められる心配がないんだ。だから、国の首都は東よりに置いてあったんだよ」


 俺は地図を示しながら、説明を続ける。


「そしてペレセ国がペケェノ国とカヴァロ国に戦争を起こされたとき、西から東へと戦線を押し込まれることになったんだ。ペレセ国は大敗に次ぐ大敗で敗走したけど、戦争はなかなか終わらなかった。それこそ、国土の一片が残っているだけの状態にもかかわらず、戦争が継続されたほどだよ」

「戦争が終わらなかった理由は、首都が陥落しなかったからですか?」

「それと、王族の生き残りが残っていたからだね」


 実際は、ノネッテ国の軍隊の活躍があったからこそ、ペレセ国は降伏しなかった。

 けど今は言う必要のないことなので、横に置いておく。


「つまり、敵国の首都を制圧して、国の政治中枢を握らない限り、戦争は終わらない。そして奥まった場所に首都がある場合、戦線の押し込みだと時間がかかり過ぎるってこと」


 俺の結論に、隊長の一人が挙手して質問を告げる。


「あのー。時間がかかっても、いいんじゃありませんか? 食料は十全に持ってきてありますし」

「考え的には、問題ないよ。ただし、今回の戦いが我が軍だけなら、だけどね」

「……ハティムティ国の魔物たちに問題があると?」

「魔物というよりも、ハティムティ国が軍を出している理由だよ。ハティムティ国は――というよりガクモ王は、越冬した魔物の腹を満たすために、キレッチャ国の人たちを餌にししようと行動しているんだ。魔物の腹が満たされたら、あっさりと戦争を打ち切ることが考えられる」


 俺が予想を伝えると、部隊長たちは理解しがたいという表情になる。


「ガクモ王は、本当に人間の事を食べ物としか思っていないのだな」

「魔物の王と呼ばれるだけあり、魔物のことしか感心がないのだろうか」


 他国の王への悪口になっているため、俺は手を打ち鳴らして言葉を止めさせた。


「味方を悪しく言うもんじゃないよ。それに良いじゃないか、魔物が大切な人間が、この世界に一人ぐらい居たって」

「しかしですね、ミリモス王子。ガクモ王のことを人間であると考えるのは……」

「なに言っているんだか。ガクモ王は人間だよ。大事な者のために頑張っているんだ。方法や相手に理解が及ばないかもしれないけど、そういう姿勢を取れる人物が人間じゃなくて、なんなのさ」


 俺が持論を展開すると、部隊長たちは考えこむような顔になった後で、一様に小声で「ミリモス王子も変わっているしな」と感想を漏らした。

 おい、どういう意味だ、それは。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の論理的あるいは行動的志向は、作者が考える最適解のそれに似るという話もあるが、もし現世でゾンビパンデミック起こっても、作者さんは最後まで生き残りそうね(^_^;)。<いやなんとく…
[一言] むしろ割り切れるミリモスが異常者だわ。
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