三百十八話 対岸の戦争
俺は崩壊したエン国をルーナッド地域に吸収合併しつつ、ハティムティ国の動向について情報収集を続けた。
ハティムティ国は、周辺の無法地帯で暴れ回って、アナビエ国とキレッチャ国が蛮行を止めようと動き出している。
しかし冬の戦争ということもあってか、アナビエ国もキレッチャ国も消極的な戦い方をしているようだ。
特に、熱帯地域から国土の位置が外れるキレッチャ国は、無法地帯から追われて逃げてきた難民に武器を持たせて戦わせる以外に軍事行動をとっていないという。
いわば素人に武器を持たせた状態。顧客じゃない相手には冷たい対応なあたり、キレッチャ国が商人の国であると理解させられるな。
そんな弱兵も弱兵を相手に、ハティムティ国は主力である魔物部隊をぶつけている。
本来なら、少しでも強い相手に主力はぶつけるもの――今回の場合なら、アナビエ国の軍隊にぶつけることが道理だ。
そうではない理由について、情報収集にあたっている諜報員の意見がきている。
『キレッチャ国の兵を魔物の餌にする心づもりではないか』
そう考えた理由は、ハティムティ国が擁する魔物たちが、打ち倒した人間の肉を食べているからだという。
戦場で人間が食われるという光景は、異様のように思える。
けど、相手が魔物――肉食の魔物であるなら、特に変わった感じは俺は抱かない。
ノネッテ本国の森の奥には肉食の魔物がいて、狩人が食われることが稀にではあるけど事例があるからだ。
『魔物に供給する食料を、敵兵の死体で補っている』と考えれば、軍事行動的にも意味ある行為だしね。非道とまでは思わないかな。
ともあれ、キレッチャ国に逃げた難民たちの多くの末路は、魔物の食料となったようだった。
アナビエ国とハティムティ国の軍隊同士の戦いはどうかというと、睨み合いが並行しているという。
『並行』という表現があるのには、理由がある。
ハティムティ国の目的は、無法地帯の住民の抹殺だ。アナビエ国の軍隊と戦うことじゃない。
だから、アナビエ国の軍隊が近づくと、ハティムティ国の軍隊は別方向へとすぐに移動して距離を保つ。
しかしハティムティ国の軍隊が移動すれば、アナビエ国の軍隊が追っていく。
移動力に関してはハティムティ国の軍隊の方が長じているらしく、アナビエ国の軍隊は追いつけないようだ。
つまりは、ハティムティ国とアナビエ国の軍隊による、距離を保った鬼ごっこが行われている様な状態だ。
この状況を指して『並行』という表現でまとめているわけだ。
三か国による戦争の報告を読みながら、俺はある感慨を得ていた。
「外から戦争を見るのは、こんな気分なんだな」
俺の呟きに、横で執務を行っていたホネスが苦笑いする。
「センパイは、ずーっと戦争の当事者たったから、自分が関係しない戦争を見るのは珍しいんでしょ」
「そう言われてみれば、そうだったっけか」
前世はともかくとして、今世の俺は生まれて二十年しか経っていないのに戦争続きだ。
傍から戦争を見る状態なんて、騎士国と帝国の戦いを目にした以来じゃないだろうか。
そんな風に自分の人生について思いを馳せていると、ジヴェルデが溜息交じりに苦言を放ってきた。
「今回の戦争についても無関係ではありませんわよ。現に、ハティムティ国の動向のせいで崩壊した、エン国の吸収措置について、書類作業を通して心を配っている最中でしょうに」
「確かに、完全に関係ないとは言えないか」
俺は肩をすくめてから、書類作業に戻る。
エン国の吸収合併について、統治自体は順調だ。国土を吸収し、住民にノネッテ国の法に従わせることは、慣れ親しんだ作業だからだ。
しかし問題がないわけじゃない。
それはエン国に入り込んで住み着いた、無法地帯からの難民たち。
エン国の崩壊の原因となった彼ら彼女らは、ノネッテ国の住民と化しても変わらず、問題の種となっている。
「はぁ……例の難民から要望書がまた来ているよ。ハティムティ国の蛮行を許すなってね」
「ハティムティ国へ軍隊を派遣しろってやつですね」
「まったく、自分勝手なことですわね。ノネッテ国がハティムティ国を攻めるに足る、大義名分など無いですのに。いっそ、その要望書を出した者に武器と食料を持たせて、ハティムティ国に特攻させたらどうかしら?」
ジヴェルデの過激発言に、俺は困ってしまう。
忘れがちだがジヴェルデは、俺の長姉であるソレリーナを求めて戦争を起こしたスペルビアードを兄に持つ砂漠の姫だ。厳しい砂漠環境で培われた性根には、武力に対する信奉が存在している。
つまるところ、力尽くで相手に言うことを聞かせたい、という意識がある。
そうした力を信奉するだけあって、逆に力尽くで押さえられると途端に従順になる生格でもあるんだけど――これは今の会話には関係がない事なので横に置いておくことにしよう。
「不穏分子であろうと、今は俺の領土の民だからね。明確な行動や反乱を企てない限り、監視で済ませるだけにするしかないかな」
「生易しい事ですわね。あの者たちの行動に引きずられて、他の良識ある民が害されるかもしれませんのに」
「害されはしないさ。そうなりそうな予兆が見えた瞬間に取り押さえる。そのための監視なんだから」
俺が油断していないと分かって安心したのか、ジヴェルデはそれ以上の提言はしてこなかった。
そうして会話が一段落ついたところで、ホネスが一枚の紙を取り出して、こちらに差し出してきた。
「センパイ。パルベラ様から、要望書ですよ」
「パルベラから?」
個人的な望みなら俺に直接言ってくるから、要望書を出したからには公的な要求ということだ。
俺は紙を受け取って目を通すと、エン国の土地にいる難民たちに関わる内容だった。
「国が崩壊して苦労する元エン国の民に対し、炊き出しの実行と民との対話に向かいたい――か」
騎士国の次女姫らしい、慈善に溢れた提案だ。
計上された予算と護衛の数に申し分はない。そもそも護衛にファミリスが入っている時点で、パルベラの身の安全は保証されたようなものだしね。
パルベラの慈善行動で、難民たちの不満が多少でもやわらぐことで、不安要素がなくなるのなら儲けものだ。
俺は、この要望書に許可の印を書いれた跡で、実働する文官へ投げることにした。