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二十九話 関係変動

 段々と、冬も本格的になってきた。

 細く吐いた息も白くなるほどに寒くなり、各地の畑は真っ白な雪と雪豆の黒い茎しか見えない。

 家庭の暖炉では薪が燃え、その余熱で雪を温めて作った湯を人々は飲んで温まる。村によっては夜に集会所に集まって寝ることで、人が発する熱で建物を温めて、薪の消費を最低限にしているところもあるそうだ。

 害獣対策に駆り出されている兵士たちからの報告でも、野生動物の活動もめっきりと見なくなったという。冬眠できなかった獣が、寒さで死んでしまっていると考えられている。もう村に駐在する兵士だけに任せて、これ以上の出動はしなくてもいいだろうという判断が報告に載っていた。


「これで兵士たちの勤務は、常に半休日ってことになるんだよね」


 確認する相手は、アレクテムだ。


「なにかしらの被害で救助を要請されるまで、兵士たちには任務らしい任務は起こりえませんからな。技量を鈍らさない程度に訓練した後は、自由時間にしませんと」

「個人的な望みを言うと、メンダシウム地域との国境にある砦から引き上げた兵士たちに、ロッチャ国との境にある山のところに砦を作ってもらいたいんだけどね」

「あの山の頂上に野戦陣地は作ってあるのです。それで満足なさいませ。冬の間に砦なんぞを一から作らせようものなら、凍死者が出かねませんぞ」

「わかっているって。だから、あの地点の付近にある村に駐在する人員を増やして監視を強化して、さらには戦場になった際に持ちこたえられるようにって食料と武器を運び込んであるんじゃないか」


 春になったら攻めてくるかもしれないロッチャ国に対し、十分な対応ができないことは歯がゆいけど、こればっかりは仕方がない。

 冬という季節と雪という天候の前には、魔法が使える人間ですら無力だしね。

 やるせない気持ちを紛らわせるため、俺は書類仕事に戻る。


「串剣の量産はどうなっているかな」

「どうやら、効率が上がって二本に一本は成功するようになっているそうですぞ。熟練兵たちには行き渡り、新兵たちに渡すか、それとも熟練兵用の予備にするかで迷っている段階ですな。春までには全兵士に一本ずつ配れる見通しではありますぞ」

「装備の予備を作り、予備役まで行き渡るぐらいの本数は欲しいところだけど……」

「それは高望みし過ぎですぞ。串剣は使用用途が限定された武器。あまり生産しすぎても持ち腐れとなってしまいますぞ」

「そうなんだけどね。切り札となる武器は、多いに越したことないよ」

「新たな切り札を作るため、研究部に、ちゃんとした魔導の剣を作る方法を模索させておるのでしょう?」

「剣だけじゃなく、槍の柄も重点的に調べさせているよ。柄を木製にすることが出来るのなら、槍を使った方が戦いで有用だからね」


 自分が出来ることは全部やっているはずだけど、不安感が拭いきれない。

 弱兵ばかりという評判だったメンダシウム国の次に相手するのが、鋼鉄製の武器を携えた強敵という評価のロッチャ国なので、俺は怖気づいているのだろうか。

 自分の気持ちを持て余しながら、書類仕事を進めていると、突然執務室の扉が激しく叩かれた。


「伝令! 伝令です! 元帥閣下にご報告があります!」

「開けて入れ!」


 俺が命令すると、伝令が部屋の中に入ってきて、敬礼した後で報告を始める。


「フッテーロ王子が帰還なされました! ロッチャ国との会談は失敗に終わり、戦争の人質として囚われる直前で脱出してきたとのことです!」

「フッテーロ兄上が交渉に失敗しただって!?」


 予想外にもほどがある報告に、俺は思わず席から立ち上がってしまう。

 その直後、元帥らしい振る舞いじゃなかったと反省しながら、伝令に確認をとる。


「フッテーロ兄上は、いまどこに?」

「自室にて体を温めておいでです。フッテーロ王子はロッチャ国から逃げるため、馬のビアンを使い潰す寸前まで酷使して逃げ帰ってきたので、体中が凍傷になりかけておりましたから」


 伝令の報告に、俺は驚いてしまう。

 屈強な兵士でも、冬の山を馬で全速で駆けながら越えるなんて、命に係わる荒業だ。

 それを王子様然とした優男のフッテーロがやるだなんて。


「そんなことをしなきゃいけないほどに、交渉が決裂したってことか。それとも――」


 ロッチャ国の経済状況が悪化しすぎて、一刻も早く帝国との『同格国証明書』を入手しなければいけないのかだな。

 新たに現れた問題に対するべく、俺はアレクテムに指示を出す。


「ノネッテ国南部の山――ロッチャ国との国境に、兵士を緊急配置する。串剣もあるだけ持たせてだ」

「冬の山を越えて、ロッチャ国が攻め入ってくると?」

「捕らえようとしたフッテーロ兄上を逃がしてしまったことで、ノネッテ国との友好は崩れてしまった。もうロッチャ国は、なりふり構っていられない状況のはずだからね」

「侵攻する大義名分はどうします。ノネッテ国に咎はありませんぞ」

「そんなもの、フッテーロ兄上がロッチャ国で無体を働いたとでっち上げて、自国の王子だからと犯罪者を匿うノネッテ国に天誅を下すとかで体裁は整う」

「全くの虚偽ではありませんか!」

「虚偽だからこそ、見破られる前に、ノネッテ国を攻めて占領する気なんだよ。嘘がバレても、ノネッテ王家を皆殺しにして国を併合した後なら、いくらでも後で言い訳が立つ。例えば、確証はなかったがノネッテ王家は不正を働いていたと耳にし、占領後に証拠を発見したとかして、ノネッテ王家を悪者に仕立てるとかね」


 自分で言っていて飛躍が過ぎるが、俺はこの世界の外交に疎い。考える限り最悪の事態を想定することは、無駄じゃないはずだ。

 そんな俺の意見に対し、アレクテムは懐疑的だった。


「ミリモス様の慧眼は恐るべきものがありますが、今回ばかりは賛同しかねますぞ。平地の国の軍隊が冬の山に進軍してくるなど、自殺行為にもほどがありますぞ!」

「それでも、南部に部隊を送るのは承知してもらうよ。備えあれば患いなしだ。春に行う行軍が前倒しになったと考えてよ」

「ふむっ。メンダシウム地域は帝国領となり、背後の憂いはありませんからな。部隊を南部に送ること自体は承りましょう。しかし今は冬。糧秣の工面が大変ですぞ」

「悪いけど、それは任せるよ。俺はフッテーロ兄上と面会しなきゃいけないから」


 俺は執務室を出て、フッテーロの自室へ向かった。

 


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