閑話 ハティムティ国の無法地帯への対応
ハティムティ国のガクモ王は、憤っていた。
自身が治めている熱帯雨林地帯に、その森林から得られる果実や動物の肉を狙う密猟者が、国の外からひっきりなしに現れるからだ。
配下の愛しい魔物のために必要な食料を奪っていく者たちのことを、ガクモ王は気に入らなかった。
しかしガクモ王は、愛する魔物に密猟者を殺させることを行わせる気はなかった。
なぜなら自分や配下の魔物の食料は十全に確保してあるため、食料狙いの密猟者を排除するという仕事は雑事でしかないからだ。
そんな仕事は『人間』に任せることで、人間同士で殺し合えばいいと判断していた。
魔物や動物でさえ、自分の縄張りを荒らす存在は許さない。それは動物の一種である人間でも同じことだろうと考えて。
だが、そのガクモ王の目論見は外れることとなる。
雑事を任せた人間たちが、あろうことか密猟者に同情し、森の恵みを盗むことを見逃していたのだ。
そのことを知って、ガクモ王は激怒した。
自分の縄張りすら満足に守れないなど、やはり人間は動物以下の存在であると。
「お許しください! 腹をすかせた彼らから、飢えて死にそうな子供の話を聞かされて!」
「森の恵みは十分にあるのです! 少し分け与えたっていいではありませんか!」
王の前に引きずり出されてもなお、自分勝手な弁明をする、職務放棄を行った者たち。
彼ら彼女らへのガクモ王の返答は、手振り一つ。肉食の魔物に彼ら彼女らを食べて良いと許しを与える動きだった。
「ぎゃああああああああ! やめ、あぎやあああああああ!」
「いだいいいいいいいい! 食べないで! わたしのお腹が!」
生きたまま貪り食われる罪人たちに、ガクモ王は興味を失った目を向ける。
そんなガクモ王の様子と、悲鳴を上げながら食べられていく人間を見て、ガクモ王に臣従する者たちの顔色が青くなる。
他国なら、職務怠慢程度の罪は罰金や職務停止で済む。しかしガクモ王の下では、職務をこなさなければ即死罪となると気付いたからだ。
そう気付いたからこそ、国の護りを担う責任者が、大慌てでガクモ王の前に跪いた。
「王よ。配下の不始末を雪ぐ機会を、自分に!」
生き延びたいがための嘆願をする国防責任者を、ガクモ王は貪り食われた者へ向けたものと同じ目つきで見る。
再び魔物が嗾けられるのかと誰もが危惧する中、ガクモ王が口を開いた。
「狩りつくせ」
たった一言。
その言葉の意味を、国防責任者は理解しようと必死になる。
「はっ! 侵入者を全て殺します!」
その返答に、ガクモ王の目つきの中に危険な輝きが灯った。
対応を間違ったと知り、国防責任者は慌てて言葉を継ぎ足す。
「侵入者がどこから来たかを辿り、その『ねぐら』をも滅しいたします!」
国防責任者が冷や汗を浮かべながら放った言葉で、ガクモ王の目から危険な光が消えた。
生きることを許されたと知り、国防責任者は深々と頭を下げると、自分が発言したことを実現させるための行動に移った。
これ以降、ハティムティ国の国土に侵入する無法地帯から来た者たちは、誰一人として生きて帰ることができなくなった。
それどころか、侵入者が暮らしていた村や集落を、ハティムティ国の戦士が襲来して滅ぼすようになった。
そうした極端な対抗措置をとるハティムティ国だが、侵入者が途絶えることはない。
ハティムティ国が有する熱帯雨林地帯は、野生動物や木の実や果物の宝庫で、飢えた者たちにとって見逃すことが出来ない魅惑があったから。
そして、この世界では情報の伝わりが遅いことと、ハティムティ国へ侵入した者全てが殺し尽くされたことで、結果的にハティムティ国の蛮行が無法地帯の方々へ伝わることが無かったから。
そうした理由から、ハティムティ国の兵士が無法地帯に住む人々を殺して回ることが続くことになったのだった。