三百十四話 無法地帯では武装化が流行る
小国郡が崩壊して無法地帯となり、それらの国々にいた人たちは村落規模の集団を作って纏まった。
それらの出来事を、キレッチャ国が裏で操って行った。
そんなジヴェルデの予想が立ってから二十日ほど立った頃、その予想が正しいと示す証拠が現れた。
新たに来た報告書。俺はその字面を読んでいく。
「武装集団が国境線上の村や町を脅かしている。武器の品質が無法地帯に住んでいる者にしては整い過ぎていて、国家の支援が疑われる――か」
武装集団が国境に攻めてくること自体は、予想で来たことだ。
必須物資が集団単位で整っている場所に居るなら、なんら問題はないだろう。
しかし、なにかしらの物資を欠いてしまう場所に住んでいた場合、他から手に入れる必要がでてくる。
国として成り立っていたときは、行商人がその物資を補充する役目を負っていた。
しかし国が崩壊して無法地帯になった。
行商人は道中の行程が困難になり、その困難分だけ商品の値上げをすることになる。
いや、そもそも危険だからと、行商を行わなくなるかもしれない。
商品の高騰ないしは行商の取りやめが起きれば、今までと同じようには物資が手に入らなくなる。
交易で手に入らないなら、どうするか。
必須物資の枯渇で死を待つよりかはと、他の場所から奪う選択肢を取るのが、追い詰められた人の行動というものだ。
そして、どうせ犯罪をするなら、確実に物資がある場所を狙うべき。
それはどこか。
もちろん、国の体裁が整っている場所だ。
それは、神聖騎士国は元より、帝国やノネッテ国しかり、アナビエ国、ハティムティ国、キレッチャ国にエン国も。あと海岸線にあるっていう、幾つかの国もか。
そんな思考を巡らせながら、俺は報告書を持ってきた文官に目を向ける。
「俺の予想だと、ノネッテ国以外にも、武装集団に国境を襲われている国があるはずだけど?」
「はい。騎士国とエン国も、国境の村が襲われているようです。距離の関係で確たる情報はまだ入って来てませんが、噂では帝国とアナビエ国も似た状況であるとのことです」
「ふーん。あれ? ハティムティ国とキレッチャ国、それと沿岸部に残っているっていう国々は?」
「ハティムティ国に関しては、もともと小集団の集まりのような形態の国ですので、崩壊した小国で生まれた武装集団に襲われているのか、それともハティムティ国内で独立した勢力なのか把握が難しく……」
「キレッチャ国や、沿岸にあるって国に関しては?」
「沿岸の国に関しては、キレッチャ国との取引のみで生きながらえている関係か、位置情報が手に入らないために、情報の集めようがありません。キレッチャ国に関しては、武装集団に襲われる前に、付近の集落へ物資を供給しているようです。行商の価格も、小国崩壊以前に据え置いてあるようです」
国が崩壊した後に生まれた小集団と、キレッチャ国は行商で取引を行っていた。
それでキレッチャ国の近辺の無法地帯に住む集団たちは物資を行商で賄えているため、略奪目的の武装集団になる必要がなくなっている。
なるほど。自国の安全を確保するため、多少の損を覚悟で、無法地帯への行商を行っていたわけだな。
上手いことやっているなと、俺が感想を抱いていると、文官が追加の情報を告げてきた。
「噂のみの不確かな情報なので、報告書には書き込んでありませんでしたが、武器の供給元はキレッチャ国ではないかという話があります」
「……キレッチャ国が武装集団を指揮しているってこと?」
「いえ。確かなことは、キレッチャ国が近郊にある集団相手のみ武器防具を販売していることです。しかし、それらの武器が廻り巡って、無法地帯の方々へと浸透しているのではないかと噂がありまして」
文官の話を、俺は吟味してみた。
武装集団の装備が、不自然なほどに整っていることは確かな情報だ。
キレッチャ国が、近隣の無法地帯に住む人を相手に武器や防具を売っていることも事実。
武装集団の整った装備が、キレッチャ国産であると考えれば、理屈に納得がいく。
問題は、どうやってキレッチャ国産の武器や防具が、キレッチャ国の近隣以遠へと浸透していったのかだ。
「無法地帯での取引って、金銭でやり取りしているの?」
俺からの今までの話と関係のない質問に、文官は言葉を理解する間を置いてから返答する。
「えー……。金銭でのやり取りもあるようですが、基本的に物々交換だと聞いています。金銭だと、交渉の時に問題になりやすいようでして」
「問題って?」
「銅貨や銀貨の質が良い悪いで、言い合いになるようでして。余計に時間を食うという話です」
この世界では、硬貨に含まれる貴金属の量で、硬貨の価値が決まっている。
だからこそ、前世の紙幣や硬貨のようにその発行国でしか使えない、ということはない。
しかし逆を返せば、この世界の硬貨は、その価値を国が保証してないということ。
だから、銅貨十枚のパンがあったとして、客が代金で支払う銅貨の質が悪い場合、店員からより多くや違う種類の銅貨を出せと要求されることがあり得る。
逆に銅貨――では珍しい事例だから――銀貨の場合、普通に流通しているものよりも質が良いからと、提示枚数より少なく済む場合もある。
そういう背景があるから、商売の才に諍いが起きることは、ままある。
しかし、目の前の文官が言いたいかった内容は、そういうことではない。
「硬貨の質が悪いと言い掛かりをつけて余計に枚数を要求したり。逆に硬貨の質が良いから値段を負けろって難癖をつけたりするってことか」
「無法地帯にある独立した小さな集団は、どれも自分たちが少しでも得をしようと、あの手この手を使っているようです」
「自分たち『だけ』が得をしたいと考えるから、武装して野盗行為を働くわけだしね」
とと、話が逸れた。
「そうした硬貨での取り引きが上手くいかないからには、自然と物々交換が主流ってことになる。物々交換を行うからには、少量で価値のあるもので大量の物資と取り引きしたがるのが道理だよね」
「宝石や純粋な貴金属に装飾品などが、物々交換では諜報されますね」
「それだけじゃないよ。卑金属や革でも、武器や防具に加工してあったら、元の素材以上の価値になる」
武器や防具は、専門職の手がなければ生まれないものだ。質の良いものなら、特に。
そうした簡単に手に入らない物には、希少価値が生まれる。
さらに言えば、無法地帯では自分の集落の身を守れる存在は、自分たちしかいない。自衛のためには、武器が必要不可欠。
需要が増えれるため、求められている品物には付加価値が発生する。
そして希少価値と付加価値がつく良質の武器や防具は、無法地帯では同じ重さの貴金属以上の価値を発揮するに違いない。
「良質の武器を用いた物々交換が、無法地帯の集団同士で行われ、やがてノネッテ国の近隣の無法地帯まで武器が流れてきた。そう考えるのが自然かな」
俺が予想を締めくくると、文官は納得顔になった。
「あり得る話です。しかしそうなると、小国が崩壊した場所にできた無法地帯では、数多の武器が流通しているということになります。これは国防上の脅威になり得ます」
「国境警備に当たる部隊の装備を整えておかないと、逆に打ち負ける可能性があるってことだからね」
「幸い、我がノネッテ国には、ロッチャ地域という鍛冶に長けた場所があります。現在の国境にいる防衛部隊の装備でも、キレッチャ国産の武器より上です。そうそう負けることはあないはずかと」
「それはその通りだけど、国境全部を守るには人手自体が足りないんだよなぁ」
ノネッテ国の西側の国境は、ほぼ全てが無法地帯と接している。
その接している全ての場所で武装勢力が攻めてきたら、現在の軍の体勢では、とても全ての村を守ることができない。
改めて、西に薄く兵員を分布させるよう、仕組みを変える必要があるかもしれない。
西側の国境だけ気を配ればいいノネッテ国でも、頭が痛い問題だ。
アナビエ国やハティムティ国は全周の国境を、エン国は三方の国境を心配しないといけないため、その苦労はノネッテ国の比じゃないんだろうな。
まあ、それらの国は潜在的にノネッテ国の敵国になるので、野盗の襲撃で国力が落ちるのは、俺としては嬉しい限りだけどね。
「でもこのままの状態が続くとなると、キレッチャ国の一人勝ちになりそうだね」
俺の呟きに、文官が表情に恐れを浮かべた。
「もしや、また戦争ですか?」
その言葉は、戦争で失われる命を想ってか、それとも戦争中に乱れ飛ぶ発行書類の作業を考えてか。
どちらにせよ、戦争を決める段階は、いまじゃない。
「力づくよりも、融和的に周囲を取り込むことを考えたほうが建設的だよ。幸い、ノネッテ国は豊かだから、周辺の無法地帯にある集落を物資で釣って、国土編入という形で飲み込むぐらいはできるはずだ」
俺が告げると、文官がホッとした顔になった。
そして俺たちの話を横で聞いていた、書類作業中のホネスとジヴェルデも安堵の表情を浮かべている。
その動揺の表情変化を見て、俺はこの三人からは『戦争狂』のように思われているんじゃないかと、小さな不満を抱いたのだった。