三百十三話 小国郡の崩壊
その報せは、前触れもなくやってきた。
「小国が、次々と崩壊しているだって!?」
俺が驚きと共に問い返すと、文官が持ってきていた報告書を手渡してきた。
受け取って中を確認してみると、各地に放っている諜報官からの詳しい事情が書かれていた。
報告書によると、まず戦乱続きだったとある小国で民の蜂起が始まった。
戦費の補充目的で重税が課され、その状況が長く続いたことにより、民の不満が爆発した結果だという。
そして、その蜂起が上手くいって、国王や貴族たちが打ち倒されてしまったことが問題だった。
この世界では、王族や貴族というのは知識階級であり、一般国民は読み書きすらまともにできないことが当たり前だ。
そんな知識のない国民が国を治めようとしたところで、税の使い方や国家運営の仕方がわかるはずもなく、権力を握った者が私利私欲に走りに走った結果、国体が破綻してしまった。
国が崩壊したことで、各町村は『お上には従っていたら死んでしまう』と自主独立化。自分たちの町村を守るため、武装化を始める。
武装独立した村や町とは聞こえはいいけど、つまるところ国が崩壊して出来た無法地帯に生まれた暴力組織でしかない。
そういった小さな犯罪組織が乱立しているらしい。
しかも悪い事に、その国民の蜂起が成功した時期と前後して、他の小国の国々でも民の蜂起が流行していた。
民側が勝った場合は崩壊という同じ道を辿った。
国側が勝った場所でも疲弊は免れず、二度目や三度目の蜂起で国体がバラバラになってしまう。
そうした事情が合わさった結果、小国郡にあった数々の小国で崩壊が連鎖し、小国からさらに小さな独立地域郡へと変貌してしまった。
「結果として小国郡の中で国体が保持できている国は、エン国、アナビエ国、ハティムティ国、キレッチャ国。それとキレッチャ国と貿易取引があって経済的に余裕があった、沿岸の国がいくつかか」
いや、沿岸の国はキレッチャ国の影響下にあるから、実質的にキレッチャ国の飛び地扱いと考えたほうがいいか。
それはいいとして、多くの小国が連鎖崩壊したことで、騎士国と帝国の領土拡大も止まったと報告書には書いてあった。
騎士国の場合は、村や町が自主独立したことで、騎士国に帰順を求めてくる勢力がなくなった。その結果、求めに応じて融和的に国と土地を取り込むという事業が必要なくなった。
帝国の場合は、より即物的だ。国が崩壊した土地では経済や文化も崩壊しているため、人的資源しか得られるものがない。帝国は広大な土地があり大量の人員がいるため、国が崩壊した地域を取り込んでまで、人的資源を確保する意味が薄い。つまりは侵攻に対するリターンが見込めないため、土地を奪う気にならなくなった。
そんなわけで、騎士国と帝国は国土拡大を止めて、崩壊した小国郡を生き残っているどの国がまとめあげるか待つ体勢になっているという。
そうした報告が書かれた報告書を読み終えて、俺は事情に納得した。
一応、周知徹底の意味を込めて、報告書をホネスとジヴェルデへと手渡した。
二人は報告書を読み進め、そして変なことに、不思議そうな顔になった。
「どうかしたのか?」
意外な反応の理由について尋ねると、二人は顔を見合わせて少し内緒話を行った後で、疑問を口にした。
「いえ。どうして『蜂起が流行した』のかなと」
「それも、申し合わせたかのように、時期がほぼ同じなんて変ではわりませんの?」
「一ヶ所で始まったことが、他の場所に波及することは、変でも何でもないんじゃない?」
俺が疑問を返すと、ホネスとジヴェルデは困惑した表情に変わる。
「センパイ。小国が集まっていた場所は、ノネッテ国とは違うんですよ」
「そうですわよ。ノネッテ国のように街道が整備されているのであれば、一地域で流行った事柄が他所に波及することはあっという間ですわ。ですが、街道が整っていない場所では、情報が滞るもの。都市部では一昔や二昔前に流行っていたことが、地方で流行り始めるなんてことは、当たり前ですわよ」
二人の言葉に、俺は考え違いをしていたことに気付かされた。
俺は前世の知識――報道やインターネットを知っている経験から、つい情報というものは直ぐに全国に届くものだと思いがちだ。
しかし、この世界での情報というものは、伝書鳥を使う以外では、人の移動と共に伝わっていくことが普通だ。
それこそ国が自主的に人員を派遣して知らせるか、行商人や旅人が訪れた町村で噂話を広めない限り、情報が全く伝わらないことが普通だ。
事実、俺だって全国の情報は、派遣員に集めさせて報告書という形で持ってこさせない限り、手に入れることが出来ないぐらいだしな。
そういった、この世界では当たり前の前提を加味して考えると、ホネスたちの言いたいことが理解できた。
「つまり、小国の崩壊が一時期に連鎖したことは不自然ってことだな」
「不自然とまでは言い切れませんけど、あっという間すぎるかなとは思います」
「あら、わたくしは変だと思ってますわ。連鎖崩壊した裏側には、その事件を裏で糸を引く何者かがいると、確信しておりますわ」
自信のなさそうなホネスとは違い、ジヴェルデは陰謀があると断定していた。
「ジヴェルデ。その黒幕は誰だと思っているんだい?」
「そうですわね――怪しいのは、キレッチャ国ですわね」
「その理由は?」
「まず、騎士国と帝国は候補から除外ですわ。あの二大国なら、小国を崩壊させるなんて真似は必要ありませんわ。特に帝国は、小国が崩壊したことで国土拡大政策が抑制されてしまって迷惑に思っているはずですわ」
「ふむふむ。それで?」
「次に、ハティムティ国も除外ですわ。彼の国の王は、従えた魔物以外には興味がないとの話ですので。アナビエ国も、策で小国を崩壊させたのであれば、今は必死に国土拡大に努めているはず。しかしそんな動きがあれば、この報告書に書かれているはず。書かれていないということは、アナビエ国でも小国の崩壊は予想外であった証といえますわ」
「つまり、消去法でキレッチャ国が怪しいと?」
「さらに理由を付け加えるとしたら、キレッチャ国と取引している沿岸の国では、民の蜂起がなくて国体を保っているという点ですわね」
「小国は崩壊させたけど、取引先の国が崩壊したら実入りが少なくなってしまう。だからキレッチャ国は、沿岸の国が崩壊しないように手を打っていたたと推測したわけだね」
「そのとおりですわ――もっとも、キレッチャ国が多くの小国を崩壊させたのか、その理由までは予想できませんわね」
ジヴェルデの論理は筋が通っていて、俺もその通りじゃないかと思う。
しかし肝心である、キレッチャ国が小国を連鎖崩壊させた理由について思い浮かばない。
キレッチャ国は商人の国だ。
小国を崩壊させたからには、それでなんらかの利益を得ていないとおかしい。
もしくは、小国を崩壊させた後に発生する『何か』で、利益を確保しようとしていないとおかしい。
その利益とはと俺が考えていると、報告書を持ってきた文官がおずおずと言葉を放ってきた。
「あのー。その報告書にはまとめておりませんでしたが、キレッチャ国の動向についてお伝えしておきたことが」
「……書いてないって、どういうこと?」
俺がつい不機嫌な声を放つと、 文官は恐怖を覚えたのか慌てた。
「いえ、書いていないというよりかは、書くまでもないことといいましょうか。重要とは思えずに弾かれた情報がありまして」
「……そう。それで、その情報って?」
「あのその。キレッチャ国は商いの国とあって、多数の行商人も抱えております。その行商人が、崩壊した小国に生まれた独立勢力と取引しているようでして」
文官の言い分を聞いて、それは確かに報告書に書く必要はないと判断するだろうなと納得した。
それぐらい、キレッチャ国があちこちと商取引していることは、当たり前の事実だからだ。
「でも、崩壊した小国と商いを続けているってことは、そこに商機を見出しているってことだよな?」
俺が漏らした独り言に、文官が反応した。
「はい。私どもも、無法地帯と化した場所に行商を向かわせるなど奇特なことだなと気には留めたものの、だからといって報告するほどのことではないなと判断したわけでして」
「危険地帯では野盗に襲われるかもしれないのに、小銭稼ぎにしかならない町村へ行商に行くなんて、普通は考えないもんね」
「見込まれる利益に対して、危険度が釣り合っていないかと。しかし危険を冒してでも利益を得ようとするのも、また商人であるわけでして」
商人は利益次第で危険でも突っ込んでいくもの。
しかし、どれだけの利益があれば、どれぐらいの危険を許容するのかは、商人ではない者には予想がつかない。
予想がつかないからこそ、危険地帯に行商に向かうものがいても、そういうものかと納得してしまう。
それこそ、報告書に書く必要はない些末な情報だろうと握りつぶしてしまうほどに。
「とりあえずジヴェルデの、小国の連鎖崩壊はキレッチャ国の企み、という予想が当たっていると考えよう。これからはキレッチャ国の動向を注視し、より詳しい情報を得られるようにしないといけない」
「分かりました。行商先で何を行っているか、それを調べさせます」
文官は一礼の後、執務室を去っていった。
俺はその姿を見送った後、ふとジヴェルデの顔を横目で見た。
俺が意見を採用したからか、ジヴェルデの表情は得意満面で満足そうな笑みを浮かべていた。