三百六話 第三大国への候補国・前編
フンセロイアから、第三の大国になり得る、三つの国のことを知った。
俺は早速、その三つの候補国のことについて調べてみることにした。
一番早く情報が手に入ったのは、国土が近い、ハティムティ国のものだ。
入手した情報に真っ先に書かれていたのは、ハティムティ国の王の通称だった。
「――『蛮族王』ねえ」
こんな不名誉な仇名を付けられたら、普通は怒りそうなものだ。
しかし、ハティムティ国の王はこの通称を気に入り、自分から『蛮族王』と名乗っているという。
まあ、熱帯から亜熱帯の地域に国があり、魔物を戦力として使う王の名前には、確かにピッタリな名前だろうけどね。
呼び名を気にしないあたり、おおらかな人物なのだろうか。
王の呼び名については、ひとまず置いておこう。
ハティムティ国の軍備についてだけど、こちらは前情報の通りに、魔物を使っているらしい。
しかも、多種多様な魔物を扱えるようだ。
報告書には、ハティムティ国の軍が飼っている魔物の絵姿が載せられていた。
前世で見た動物に当てはめてみるなら、角の大きな鹿、尾羽が鮮やかな孔雀、下の牙が上へ大きく伸びた猪、岩がくっ付いたような肌をしているサイ、体に縦じまの模様がある狼。
「そして『象』に『虎』かぁ……」
大きな体躯と幅広な耳、そして長い鼻の姿は、確かに象だった。
しかし前世のものと違い、鼻の横から生えている象牙が半ばから二又になっていて、やや狂暴な見た目になっている。
虎も、前世で見慣れた黄色の毛並みに黒縞ではなく、真っ黒な毛並みに白い縞だ。
「いわば『ブラックタイガー』なわけだけど」
前世ではエビの代名詞だった名前で呼ぶのが憚れるほど、この黒虎の絵姿はカッコいい。
いや、カッコよさは横に置いておこう。
鹿や孔雀は兎も角、サイや狼に象とか虎が魔法を使ってくると考えると、やっぱり脅威だな。
それに、ハティムティ国の兵だって、中々に侮れない。
上半身が隠せるぐらいに大きな盾、人の身長ほどの長さの槍、羽の付いた兜、上半身に鎧と下半身に腰巻がある他は裸。
盾と槍の大きさは、熱帯雨林で魔物と戦うために適したものに見える。
軽装かつ肌面積多めの鎧も、蒸し暑い場所で熱がこもらないためのものに違いない。
「というか、この見た目は――」
――映画で見たことのある、『スパルタ兵』 に近い。
戦争に象を使うのは、映画だとスパルタの相手側だったはずだったんだけどなぁ。
ハティムティ国の次に情報が手に入ったのは、大陸の南端にあるキレッチャ国。
実は、砂漠の通商路を越えてきた商人が、キレッチャ国と取引していたのだ。
「それで。貴方はキレッチャ国に行ったことがあるそうですが」
「はい、それはもう。あちらさんとは、長い付き合いでしてぇ」
砂漠を超えてきた商人は、俺に揉み手と低頭しながら、キレッチャ国のことを話し始める。
「あの国は、商人の国であり、船の国でございますよ。西の騎士国と商いをしたと思えば、東で魔導帝国とも取引もします。海賊に船を与えて他の国の商船にけしかける一方で、自分の国の船が襲われないよう近海の海賊掃除は行ってもいまして」
「つまり自前の海賊を抱えているぐらいに、国自体があくどい商人というわけか」
「いやぁ、流石にそこまでは言いません――ですがまあ、似たようなものではございますね」
キレッチャ国は、海運業で大々的に儲けつつ、海賊という裏稼業でも生計を得ているわけか。
「船の国でもあるということだけど、陸での戦いには長けているのかな?」
「それはもう。キレッチャ国は、お銭がありますでしょう。金のためなら命を惜しまない傭兵が、わんさと集まってきますよ」
「傭兵なら、正規兵で当たれば、命惜しさに逃げだしてしまいそうだけど?」
「キレッチャ国は金払いがいいですからね。その金欲しさに集まる傭兵は、血気盛んな名うてのものばかりでしてね。多少のことで逃げだすような傭兵がいたとしら、他の傭兵に早々に国土から蹴り出されてしまう、と言われています」
そうした傭兵間での蹴落とし合いがあることで、キレッチャ国には強い傭兵ばかりが残っているというわけだな。
「金があるってことは、装備も充実しているんだろうね」
「それはもう。お気に入りの傭兵には武器と防具を支給する一方で、魔法使いを多く招致して囲い込んでいるのだとか。その魔法使いの中には、帝国での扱いに不満を持って出奔したような人物も、いるとかいないとか」
「もしそんな人物がいたのなら、帝国の魔導技術が、少しぐらいは渡ってそうだね」
「そうかもしれませんね。もしそうだったとしても、私のような一介の商人が知れるようなヘマは、キレッチャ国はしないでしょうねえ」
「キレッチャ国は、国全体が商人。商人とは、重要な情報でも対価を得ようとするものだもんね」
キレッチャ国について、聞きたいことは聞きだした。
俺は謝礼として、この商人に金貨の詰まった小袋を渡した。
商人は満面の笑みで金貨袋を受け取ると、すぐに俺の前から辞して、街の中へと向かっていった。
偵察兵に後をつけさせて、他国の間者かどうか探らせてみたのだけれど、俺が渡した金貨を使って買い付けを行い、すぐに満載の物資とともに砂漠へ戻っていってしまった。
流石に砂漠の中まで追いかけることは出来ないので、追跡はそこまでとなった。