三百三話 屋敷に帰る
一連の戦争が終わった。
最終的な結果は、アコフォーニャ地域にカルペルタル国の国土の南半分とフラグリ国の土地を編入。ルーナッド地域に、テピルツ国、プネラ国、コル国の土地を編入。グラバ国は、ノネッテ国グラバ地域になった。
エン国はピシ国の土地を併呑した後、ノネッテ国の友好国という形に、一応は落ち着いた。
上々の戦果だけど、予想外に入手した土地もある。
事前に考えていた統治法では不具合が出かねないので、適宜に修正しないといけない。
カルペルタル国とフラグリ国の国土については、アコフォーニャ地域の領主に任せればいい。
だけど、テピルツ国とプネラ国とコル国の土地は、ルーナッド地域に編入するため、ルーナッド地域の領主である俺が直接的に差配しないといけない。
そして軍事物資の供給拠点でもあるロッチャ地域も、代官を置いているとはいえ、俺が管理するべき土地だ。
今後を考えるに、書類仕事の量が物凄いことになりそうだなと、今からすでに憂鬱だったりする。
色々と気を揉む必要がある事柄が多々あるけれど、いまの俺にとって一番気を揉まないといけない事案は、戦争で距離と時間を空けていた妻たちの機嫌を取ることだ。
俺はルーナッド地域の首都にある自分の屋敷に戻ると、早速に妻たちの部屋にご機嫌伺いに向かうことにした。
まずは、一番気に掛けるべき第一の布陣であり、妊婦でもある、パルベラのもとへ。
事前に前触れを出していたこともあってか、茶会の用意を整えて、パルベラは俺の到着を待ってくれていた。
「ミリモスくん。長い戦働き、お疲れ様でした」
膨らんで大きくなっているお腹に手を当てながら、パルベラは立った状態で体を軽く曲げて礼をする。
俺は慌ててパルベラに近寄ると、彼女の手を取ったうえで肩を支え、椅子にゆっくりと座らせた。
「大事な体なんだ。無理に形式ばった礼をしなくていいから」
俺が気づかいから言葉をかけると、パルベラは力強く首を横に振る。
「そうはいきません。頑張って戦果を上げた夫を労うことこそ、妻の役目です。多少お腹が大きくなっているからと、疎かにすることは『正しく』ありません」
パルベラの力説を受け、俺はパルベラがそう言うなら仕方がないと肩をすくめる。
「分かった。でも、無理はしちゃダメだからね」
「ふふふっ。心配しなくても、妊娠は二度目です。体に障りが出るか出ないかぐらい、直感的に分かりますよ」
窘めるようなことを言いつつも、俺が心配することが嬉しいのか、パルベラの顔は満面の笑みを浮かべている。
至近距離でその笑顔を見て、俺は不意かつ衝動的に、パルベラの唇に口づけていた。
短い接触の後、パルベラがビックリした顔をしているのを見て、俺は冷静さを取り戻す。
「ともあれ、ただいま帰った。パルベラも無事に過ごしていたみたいで、よかったよ」
「――も、もう、ミリモスくんは、そうやっていつも私を驚かせるのですから」
パルベラは照れ顔になると、手のひらで軽く俺を叩き始めた。
可愛らしい暴行を甘んじて受けていると、俺たちに横合いから声がかけられた。
「仲が良いことは良い事ですが、二人だけの世界に入ってはいけません」
俺が驚いて顔を向けると、そこにはファミリスがいた。彼女の傍らには、俺の一番目の息子であるマルクが手を繋がれた状態で立っていた。
「いや、二人を無視したわけじゃないよ。ただいま、ファミリス。そしてマルクも、いい子にしていたか?」
ファミリスは軽く頷くと、マルクの背を押した。
マルクは押された勢いのままに走り出し、ドタドタとした足取りを経て、俺の足元にしがみついてきた。
「ちちうえ。おかえりなさいませ。せんそうは、どうでしたか?」
幼子が言うべき質問にしては、随分と物騒な気がする。
俺が目をファミリスに向けると、『自分がそう聞くように躾けました』と言わんばかりの顔をしていた。
ここで俺は、何を問題として言うべきか迷う。
ファミリスに、どんな教育をしたんだと文句を言うことはできない。
本来なら教育するべき俺が、戦争で家を空けるからと、ファミリスに教育をお願いした形だ。
教育を一任したからには、後から文句を言うのは筋違いというものだ。
そして子供に『戦争はダメな行為だ』と伝えることもダメだ。
なぜなら、なぜダメなことを俺がやっているのかと、当然の疑問を抱かれてしまうからだ。
俺は短い時間ながらに真剣に悩み、そして何も問題にしないことを選んだ。
「俺が戦で何をしてきたか、知りたいのなら教えてやるぞ」
俺はマルクを抱えると、自分は椅子に座り、マルクは俺の膝上に座らせた。
それから俺は、マルクに戦場であったことを、残酷さは省きつつ面白おかしい感じで、語って聞かせていくことにした。
俺の話しぶりに、マルクは目を輝かせ、しきりに頷きながら聞き入る。
パルベラとファミリスは、そんな俺たちの様子を笑顔で見ながら、俺とマルクが飲むお茶の代わりをその都度入れてくれたりしてくれたのだった。