三百一話 騎士国との土地交渉
カルペルタル国の王と重臣たちが、騎士国によって誅罰された。
その事実が俺の手にもたらされた直後、『助け合いの翼』連合軍は撤退した。
連合軍は多数の兵士を死亡させているにもかかわらず、あっさりとした引きざまだった。
恐らく、侵攻理由だったカルペルタル国の国体が事実上消滅したことと、これ以上ノネッテ国と戦っていると騎士国に目を付けられかねないという懸念から、撤退を選んだんだろうな。
そして俺はというと、カルペルタル国の王城にて、騎士国の代表と面会することになった。
きっと面会の際の議題は、カルペルタル国の土地をどうするかだろうね。
そう予想してカルペルタル国の王城にやってきたところ、俺は驚くことになった。
それはなぜか。
騎士国の騎士王が、俺を待ち受けていたからだった。
「久しいな」
背後に護衛を二人連れた騎士王が、俺の顔を見るなり言葉を放つ。
その単語一つにある威圧感から、俺の背筋が強制的に伸びる。
「お久しぶりです。パルベラと結婚し、子供が生まれて以降、あまりご連絡も差し上げられず」
「よい。あれは、嫁に出したのだ」
その言葉は、一度出したものだから気にもならない、と受け止めることもできる。
でも、そういうわけではないみたいだなと、騎士王の雰囲気を見て悟る。
なんとなくだけど、パルベラが幸せに暮らしていることを知っているような感じだ。
多分だけど、ファミリスか偵察に特化する騎士国の黒騎士から、パルベラの近況の報告がきているんじゃないかな。
そんな疑問を抱きつつ、俺は今回の面談の目的について話し合うことにした。
「それで、カルペルタル国の今後についてですが」
俺が議題を告げると、騎士王は背後にいた護衛に視線を向ける。
その護衛が一歩前に出てきて、口を開いた。
「詳しいことは、この私めが、騎士王様に代わり話し合います」
出てきた護衛は、三十歳を少し越えたぐらいの男性。
身に着けている真っ白な甲冑が似合っていることから、れっきとした騎士国の騎士のようだ。
そして騎士王から直接交渉事を任されるということは、その手の能力も高いんだろうな。
その騎士が、言葉を続ける。
「この度、神聖騎士国は、故あってカルペルタル国の王族ならびに重臣の皆々を誅罰いたしました。それにより、カルペルタル国の国体は維持困難と化しました」
「国体が維持できないからには、ノネッテ国ないしは騎士国に、カルペルタル国の国土を編入する必要がありますね」
俺が言葉尻を継ぐと、騎士は大きく頷いた。
「それ故に騎士王様は、ノネッテ国の代表者と会談し、カルペルタル国の国土をどのように分配するかを協議せよ、と仰せです」
騎士の言葉を裏付けるように、騎士王が首肯する。
俺は騎士と騎士王の動きを見て、会談に際して事前に決めていたことを口にすることにした。
「ノネッテ国としましては、カルペルタル国に攻められはしましたが、逆侵攻して領土を取ったわけでもないですし。全て騎士国に渡してしまっても構いません」
というか、今回の連続した戦争によって、かなりの土地を新たに手に入れている。
帝国からの『ノネッテ国が第三の大国へ』という要望を一先ず満足させるには、この時点で必要十分だ。
それに、これ以上に新たな土地を手にしたところで、余計な手間暇と復興に費やす資金が嵩むだけ。
下手にがめつく行くよりも、カルペルタル国の国土を全て騎士国へと渡してしまった方が、ノネッテ国と騎士国の双方にとって良いに違いない。
そう考えての俺の提案だったのだけど、交渉担当の騎士の顔が大きく顰められた。
どうしてそんな顔をしているのかと疑問に思っていると、むこうから問いかけられた。
「カルペルタル国の国土を全て渡す見返りに、貴方は神聖騎士国に何を求める気でしょう」
予想外の問いかけに、俺は首を傾げる。
そして少しして意味を理解し、慌てて弁明した。
「いえ。こちらが騎士国に求めることなど、ありません。ただ単に、攻め取ったわけでもないのに、土地を手に入れたいとは思わないというだけですよ」
新たな土地を貰っても迷惑だ、とは言えないので、本音の一部のみを語った。
すると、騎士のしかめっ面が、もっと酷くなった。
「慣例に則れば、二分の一から四分の一の間で、取り分を要求することが可能ですが?」
こちらが必要ないと言っているのに、なぜか渡そうとしてくる。
どうしてだろうと考えかけて、騎士国の国是が『正しさ』であることを思い出した。
要するに、この騎士の認識では、カルペルタル国の国土を全て騎士国が手に入れることは『正しくない』んだろうな。
だから、『すべての国土をくれる見返りに何を求める』と質問してきたし、わざわざ『取り分があるんだぞ』と教えてくれたりしているわけだ。
でも、要らないものを貰っても、こちらとしては迷惑なんだよなぁ。
「いえ。本当に、全て持って行って構いませんから」
「それでは道理が通らない。せめて、こちらが取る土地の分に見合った金品を受け取ってもらわねば、神聖騎士国の沽券に関わります」
「沽券だなんて、大袈裟な」
「神聖騎士国が欲張って他国が受け取れるはずだった土地を取り上げた、と噂になられては困るのですよ」
所詮は噂になるぐらいで済むだろうに、と思ったけど、騎士国としては違うのかもしれないな。
今回カルペルタル国の王と重臣を殺し尽くしたのだって、騎士国の面子に泥を塗られた復讐だ。
噂であっても、騎士国の対面を傷つけるような話は、見過ごせなくなってしまうのかもしれない。
その将来の障害を払拭するためにも、騎士国はノネッテ国にカルペルタル国の土地を少しでもいいから貰って欲しいわけだな。
俺はどうしたものかと考え、カルペルタル国の周辺地図を頭に思い描きつつ、交渉担当の騎士に問いかける。
「騎士国としては、ノネッテ国にカルペルタル国の土地か、それを手放すに相応しい報酬を、受け取って欲しいわけですね」
「それが、カルペルタル国に攻め入られた、ノネッテ国が得るべき権利でありますので」
「重ねて問いかけますが、騎士国はカルペルタル国の国土を欲してはいないんですか?」
交渉担当の騎士は、騎士王の顔をチラリと見てから、こちらに目を向け直した。
「正直なところを申し上げる。この地よりさらに西に位置する、神聖騎士国に接する小国の国々が、こぞって編入を申し込んできており、手一杯なのです」
小国郡は、大陸の真ん中から南の地域――いわば三分の一を占めている。
その広さは、いまあるノネッテ国の国土と無国地帯の砂漠を含めた土地が、さらに三つ入るぐらいある。
そんな広大な土地に、多数の小国がひしめき合いながら、戦国時代に突入している。
周囲の情勢が不安だからこそ、小国の中で国体を解体してでも騎士国に入りたい、と願う国が多くいても変ではない。
要するに、騎士国も望んでいない土地を無理やり押し付けられて、困っているというわけだ。
だからこそ、土地を与えられる存在がいるのなら、喜んで押し付けたいわけだ。
そう理解したからには、仕方がない。
騎士国には、パルベラやファミリスを通じて恩があるし、大人しくカルペルタル国の国土を貰うとしよう。
「事情は分かりました。では、ノネッテ国は、カルペルタル国の国土の半分を要求いたします」
「ミリモス王子の賢明な判断に感謝を。では詳しい土地の区分についてですが」
それから、カルペルタル国の国土をどう分けるか、線引きが始まった。
交渉担当の騎士は、『カルペルタル国の国土の半分』という縛りはあるものの、少しでも多くの土地をノネッテ国に押し付けようと頑張ってきた。
『川は人が住めず畑も作れぬため国土として考えない』とか、『この部分は以前にアコフォーニャ国の土地であり、すなわちノネッテ国の土地である』とか、色々な理由をつけてね。
こちらも『川は畑作に必要不可欠だから土地に含めるべき』とか反論して、譲られる土地を少しでも減らそうと頑張る。
いやさ。本来の交渉なら、少しでも手に入れる土地を増やそうとするものなのだ。
それなのに、俺も交渉担当の騎士も、少しでも相手に土地を押し付けようとするのは、本当に『正しい』行いなのだろうかと疑問に覆ってしまう。
そんな変な交渉の末に、カルペルタル国の国土の真ん中を斜め半分に直線で区切ることで、話はまとまったのだった。