三百話 あっけない幕引き
カルペルタル国の軍の後方部隊に大打撃を与えた結果、カルペルタル国の軍勢は連携が覚束なくなっていた。
その好機を見逃さず、ノネッテ国の軍隊は一気呵成に攻め立てた。
連携の取れていない軍なんて、烏合の衆もいいところ。
数の上ではこちらが劣勢なのにも関わらず、敵に大きな被害を与えていく。
そんな光景を、俺と軽騎馬兵たちは、戦場から少し離れた場所で見ていた。
「大勢は決したと言って良いと思うけど、ここでダメ押しもしておきたいな」
俺は所感を呟きつつ、周囲の軽騎馬兵たちに目を向ける。
一様に疲れた様子の兵士たち。兵の中には、剣や弓矢を喪失している者もいる。
彼らの馬にしても、横倒しで休んでいるものが多く、とても戦争に使えるような体力は残ってなさそうだ。
「……仕方がない。俺だけ戻って、指揮に専念するとしようか」
俺は軽騎馬兵たちに、この場にて休憩を取り、動けるようになったら移動するようにと伝える。
その後で、俺は自分の馬に乗り、戦闘を続けているノネッテ国の軍隊へ戻った。
「状況は?」
陣地の指揮所に入りながら声をかけると、弓兵隊の部隊長のみが居た。
「ミリモス王子のお陰で、だいぶ楽をさせて貰っています」
「それはよかった。他の部隊長たちは?」
「前線で指揮をとってます。弓兵隊は矢玉が尽きてしまったので、お留守番ってわけです」
「弓矢から剣に武器を変えて、後詰めの役割を任されているってことだね」
「まあ、そんなところです」
戦争の最中とは思えないほどの呑気な会話をしていると、戦場の方から『わっ!』っと歓声が上がった。
どうしたのかと俺と弓兵隊部隊長が顔を向けると、カルペルタル国の軍が総崩れで撤退する様子が見えた。
「これで、この場での戦いは勝ったね」
「そうですね。追撃はしますか?」
「深入りはよそう。勝ったとはいっても、こちらにも死傷者が多くでているはずだ。戦果を欲張って、被害を増やす必要はないよ」
「西の戦線に備える必要がありますしからね」
「そっちはドゥルバ将軍の援軍を差し向ければいいよ。俺が懸念しているのは、騎士国の動きだよ」
俺の返答が意外だったのか、弓兵隊部隊長が不思議そうな顔をしている。
「騎士国が動くので?」
「このままいけば、ノネッテ国がカルペルタル国を打ち倒してしまうだろ。カルペルタル国がなくなったら、騎士国の顔に泥を塗った存在が消えてしまう。騎士国が面子を大事にするのなら、カルペルタル国が滅びる前に動きを見せるはずだ」
「なるほど。騎士国にカルペルタル国を討たせるため、あえて追撃を緩く行うわけですか」
「そうそう。カルペルタル国の沙汰は騎士国に任せればいいってこと。それに今回の一連の戦いで、ノネッテ国はかなり大きな土地を手に入れている。ここでカルペルタル国もと欲張る必要はないしね」
「その理由を、他の部隊長たちにも共有しておきましょう」
弓兵隊部隊長は伝令を呼び寄せると伝言を与え、前線にて追撃態勢に入っている他の部隊へ向かわせた。
さて、これで程度の良い所で追撃を切り上げさせることができる。
こちらは負傷者の治療と死者の収容を行う準備を整えておくとしようか。
カルペルタル国との戦争に一応の決着がついた後、俺たちは近くの村の外側に陣を張って、負傷者の治療に当たることにした。
どうして村まで移動したかというと、怪我の洗浄や飲み水に使う水源の確保のためだ。
あくまで治療目的の滞在のため、村や村人たちに無体なことを要求することは厳禁としている。
一通りの治療が終わり、重傷者のために荷馬車に空きを作ろうと四苦八苦しているときに、ドゥルバ将軍が援軍を伴って現れた。
「ミリモス王子。急いで駆けつけたというのに、もう戦争を終わらせてしまっているとは」
ドゥルバ将軍の賞賛とも苦情とも取れる言葉に、俺は苦笑いを返す。
「あくまで、カルペルタル国の軍を一時的に退けただけだよ。相変わらず、西の戦線は戦闘中だよ」
「では、我らは西の方へ向かえば宜しいのですな?」
「ああ。西に居る仲間を助けてやってくれ。『助け合いの翼』の連合軍は、実力は大したことはないけど、数が多くて困っていると知らせがきているからね」
「装備品もたんまりと携えてきております。西の仲間の苦労も晴れるかと」
「流石はドゥルバ将軍だ。西のことは任せるよ」
「はっ! では、失礼いたします!」
ドゥルバ将軍は義手で敬礼を行うと、すぐに自分の配下を引き連れて、西の戦線に向かっていった。
その後、俺が重傷者を後送し、残った手勢と共にカルペルタル国の動きを警戒していると、知らせが二つ入ってきた。
一つは西の戦線から。ドゥルバ将軍の援軍が到着したその日に、連合軍に大打撃を与え、向こうからの休戦要請をもぎ取ったという。
もう一つは騎士国から。カルペルタル国の王と王家と重鎮に対し、騎士国を侮った報いを受けさせたとのこと。
「――カルペルタル国の主導者が居なくなったため、カルペルタル国の土地について俺と協議がしたいか」
場所の指定は、カルペルタル国の王城となっていた。
行きたくはないけど、行かなきゃいけないよなと、俺は溜息を吐いたのだった。