二十七話 研究成果
王城の執務室で書類仕事をひと段落させた頃、報告が一つ上がってきた。
「研究部から、帝国製の武器について分かったことがあるってさ。冬に入ったことで暇な時間が多いから、研究がはかどっているようで何よりだよ」
「ソレリーナ王女様を帝国と騎士国との戦争に案内してより、何度となく帝国製の武器を集めては持って帰ってきた成果が出てきたようで、ワシも嬉しいですぞ」
「ロッチャ国と戦争になるかもしれないから、いい武器が作れるような報告だと、期待しないとね」
アレクテムを伴って、研究部へ顔を出す。
研究というと白衣の人ってイメージが強いけど、ノネッテ国の研究部の人員は鍛冶師や魔法使いたちなので、ツナギやローブの姿ばかりだ。
「帝国製の武器について、なにがわかったの?」
俺が開口一番に尋ねると、鍛冶師の一人が短剣を差し出してくる。剣身は青銅製で、鍔はなく、柄も簡素な拵えの、試作品らしいものだ。
「これが研究成果ってこと?」
「はい。帝国製の武器に施されている、よく斬れるようになる魔導の仕組みを付与することに成功したのです」
それは凄いと、短剣を受け取ってみた。
すると剣身が薄っすらと発光を始めた。自分から魔力を流していないのに、短剣が勝手に魔力を吸って魔法が発現している。
これは楽だ。魔法の心得がない兵士でも、握るだけで使えるだろうし。
感心する俺の前に、続けて指ぐらいの大きさと太さの鉄の棒が出された。これを斬ってみろってことらしい。
俺は左手に鉄の棒を持って縦に構えてから、試作品の短剣の刃を添える。
「それじゃあ、よっと」
ぐっと短剣を押し付けると、刃が鉄の棒にめり込んだ。その後で、徐々に刃が切り入っていく。
感触は、冷え固まったバターにナイフを押し付けている感じ。
十秒ほど時間をかけて、ようやく両断することができた。
「帝国製の鋼鉄剣に比べると効果は弱いけど、ちゃんと機能しているね」
そう評価をして、短剣を返そうとしたところで、刃に魔法がかかったままなことに気付く。
このまま返却するのは危ないので、魔導の発動を止めるべく魔力の供給を止めようとするのだけど、上手くいかない。
柄を握っている手の平に神聖術の力――魔力を遮断して弾く力場を生み出すことで、ようやく刃から魔法の光が消えた。
「もしかしてこの短剣、魔導の効果を点けたり消したりができない作りなの?」
短剣を返却しながら質問すると、鍛冶師は痛いところを突かれたという顔になる。
「これは、よく切れる魔法効果を刃につけるためだけの試作品ですから。発動を第一に考えているんです。刃の効果を消すだけなら、柄を離したり持つ場所を変えればいいだけですしね」
よく見ると、鍛冶師が持っている柄の場所は、随分と柄の末端だった。
「魔導の発動条件は、柄の止め釘がある場所を握ること?」
「流石、ミリモス王子は慧眼です。この目釘が、使用者から魔力を吸い取り、刃に入っている魔導の模様に伝えるのです」
仕組みに納得しつつも、俺は気になった点があった。
「さっき、機能を限定しているから点けたり消したりできないって言っていたけど、本当のところはどうなの?」
突っ込んで聞くと、鍛冶師は助けを求めるように彼の仲間に視線を向け、誰も代わってくれないと悟ると、肩を落としながら説明を始めた。
「ミリモス王子は、木の鳥をお使いになられているので、帝国の魔導がどうやって発動するかご存知ですよね」
「ある種の模様に魔力を通じさせると、魔法が発現する。不思議な現象を導く経路だからこそ、魔導って呼ばれるんだよね」
「その通りです。木の鳥は、帝国製のものにある経路をそのまま刻んだ板を、鳥の像で挟むような形で作られております」
監視用の木製の鳥の説明を終えてから、鍛冶師は手の短剣を掲げる。
「この剣も、同じような方法で作ろうとしたのですが、無理だったのです」
「それはまたどうして?」
「帝国製の武器は鉄製ですが、ノネッテ国の武器は青銅製だからです」
「素材が違うから真似できないってこと? でも魔導は経路を真似すれば、必ず発動するんじゃなかったっけ?」
俺の単純な疑問に、鍛冶師は首を横に振ってから、近くの作業台からある物を取り出す。
それは分解された帝国製の剣だった。
「ご覧ください。この剣には、経路らしい経路が彫られていないのです」
受け取ってみると、確かに剣身にも茎と呼ばれる柄の中に入れる部分にも、魔導の経路らしき模様は掘られていなかった。
唯一見慣れないものといえば、茎の部分に不思議な模様があること。
前世で小学生のときに顕微鏡で見た、染色された玉ねぎの細胞のような、小さな四角や三日月形が多数みっちりと詰まっている感じの模様だ。一種の刃紋のようなものだろう。
さらに良く観察すると、その四角や三日月形を繋いだり飛び越すように、小さな線が彫られてもいる。
「もしかして、この模様」
「流石はミリモス王子。お気づきになりましたね。そう、その鋼が生み出す模様と小さく刻まれた線が、魔導の経路になっているのです。これは今までノネッテ国が内緒で収集してきた帝国の技術の中でも、画期的な仕組みですよ」
鍛冶師はその仕組みについて、熱く語ってくれた。
製そもそも模様が魔導経路だと見破ること自体が難しいとか、見破っても冶金技術がなければ同じ模様は作れないとか、技術を持っても製法を秘匿するだけで他国が帝国製の武器を完全複製する術を封じられるとかをだ。
「もう、わかったよ。鉄が生み出す模様を、魔導経路に組み込んでいるってことはね。それで、機能限定したとはいえ、どうやって青銅で作ったのさ」
「青銅の特徴は、加工がしやすいことですからね。この模様で線がある部分を複写したんですよ。こんな感じに」
試作の短剣の柄を分解して、茎を見せてくる。
青銅製の茎には、帝国製の剣にあったような模様が大きめに複写されて彫り込まれていた。
流石に青銅は彫金がしやすいと言っても、帝国製の魔導剣の茎にある模様と同じ大きさで真似することはできなかったらしい。
「大きさも違いがあるけど、帝国製の剣の模様に比べたら、結構単純化されているね」
「刃を鋭くするための魔導に必要な部分だけ残して、不必要な部分を削っていった結果です。刃を鋭くする魔導はこれで判明しましたから、その他にどんな魔導が隠れているか、分析する方向で研究を進めているんです」
俺は鼻息荒い鍛冶師を落ち着かせて、腕組みして研究のことについて考える。
「刃を鋭くする魔導はわかったんだね?」
「はい、完璧に把握してます。この機能を単体で付加するだけなら、簡単にできますよ」
「どれぐらい簡単なの?」
「青銅の武器は鋳造がらくですからね。この模様と同じものを鋳型に掘ってから、熱した青銅を流し入れれば、あとは柄と目釘を撃てば終わりです」
問題は機能のオンオフができない点だけど。
「発動条件は目釘の部分を触ることだよね?」
「はい。その際には素手で触る必要があります」
「ん? 帝国製の武器は、手袋をしても使えるはずだけど?」
「それが、目釘に使う金属は特殊なものなのですが、ノネッテ国の冶金技術では性能が低いものしか作れません。そのため、素肌を接する必要が出てくるのです」
申し訳なさそうに言うけど、今回ばかりは怪我の功名だ。
「それなら、手袋をつけていれば、魔導は発動しないわけだ。それなら柄の部分に皮の覆いをつけておいて、魔導を発動させたい時に外すようにすれば、無理に点けたり消したりする機能をつけなくても大丈夫だね」
「それはそれで、面倒な手順だと思うんですが」
「確かに手間だけど、ロッチャ国がノネッテ国を狙っているって噂があるからね」
次に戦うことになるかもしれない国の名前を告げると、研究部の一同が苦い顔になった。
「東側で冶金技術が最優なロッチャ国ですか」
「帝国みたいに魔導による底上げはないけど、鉄製の武具の品質はバカ高くて侮れないんだよな」
「それこそ青銅製の武器だと、ロクに戦えないほどなんだよなあ」
「なるほど。だからこそ、一刻も早くノネッテ国の青銅の武器に、刃が鋭くなる魔導を施しておこうと」
「そういうこと。青銅の武器は製造が簡単だし、後で鋳溶かして再鋳造することも簡単だから、先行量産しても材料的には困らないしね」
俺はいい考えでしょと胸を張るが、研究部の面々の顔は渋いままだった。
「ミリモス王子。いまは冬に入ったばかりですよ。ここで王城に蓄いる燃料を、青銅を溶かすために大量に使ってしまっては、不測の事態が起きた場合に支援が出来ず、村人が凍死するかもしれませんよ」
「ああ、それもそうだった」
この世界で十二年も暮らしているというのに、前世のように暖房が潤沢だとつい考えてしまっていた。
俺は腕組みしながら、いい案がないか考えを巡らせて、ふと帝国製の杖が目に入る。
「そうだ。魔法使いに役に立ってもらおう」
「もしや、魔法の火で原料を溶かす気ですか? 魔法使いの魔力が持ちませんよ」
「一気にすべて作る必要はないんだ。少しずつでも量産しておけばいいんだよ。それに帝国製の杖は魔法の効果を高める作用があるんだ。火口に火をつけるだけの魔法が、火球のような大きな火となって現れるほどに」
「杖を使って魔力を節約することができるうえに、火力は保てて、薪を使わずにすむわけですね。なるほど、良案に思えますね」
研究部の面々は、実現可能かを討論し、ノネッテ国の軍が抱える魔法使いの人数でどれぐらいの本数を一日で製造可能かを話し合う。
「とりあえずは試作をしてみなきゃな。軍の武器の製造部と魔法使いの部署に連絡をとらないと」
「製造部方面には伝手がある。冬の間はロクに燃料が使えないから、連中は暇を持て余している。この面白い話をきかせれば、青銅素材を手土産に乗ってくるだろうよ」
「魔法使いに知り合いがいますので、任せてください。けど、燃料として使うことに難色を示すかもしれませんね」
「ぐだぐだ言うようだったら、ミリモス王子の命令だって言っておけ。連中、ミリモス王子に手ほどきを受けて上達した借りがあるから、すぐに黙る」
俺に許可を求める視線を向けてくるので、武器の高性能化は急務だからと言い訳をしながら、魔法使いたちを扱き使う許可を与えた。
もちろん俺もその魔法使いの一人なので、通常勤務の書類仕事を終えたら、製造に参加することにはなってしまったのだけどね。
気付いたら、日間ランキング4位でした。
ご愛顧くださっている皆様、ありがとうございます。
これかの物語も、楽しんで下さったら幸いです。
02/18追記:
冬の日の文章が、研究成果のものとなってました。
訂正してお詫びいたします。大変申し訳ありませんでした。
冬の日の話は日常描写の一つなので、新たに読み返さなくても大した問題はありませんが、よろしければご一読くださいますよう、よろしくお願いいたします。