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二百九十九話 伏兵突撃

 カルペルタル国の軍に、ノネッテ国の軍隊の方から攻撃を仕掛ける。

 まずは矢の最大射程距離から、矢雨を降らせることが始まった。


「この一戦に全てを賭ける気で、全力射撃だ! 矢を放て!」


 部隊長の掛け声と共に、弓兵によって矢が斜め上へ放たれた。

 矢は上昇が終わると放物線を描いて落下を始め、カルペルタル国の兵士たちに向かっていく。


「防げ!」


 カルペルタル国の兵士たちは、ノネッテ国の軍隊が最初は矢を降らせることを予想していたのだろう、戸のような木板の盾を頭上に掲げて矢を防いでいく。

 上手い防御法だけど、不運な兵士は居るものだ。

 木盾の縁から内に入ってきた矢に足を貫かれる者。矢の威力で盾が割れてしまった者。仲間の身動きに弾かれて転んでしまった者。

 それら不運な者たちが悲鳴を上げる。


「矢が、痛てええええ! 抜いてくれええええ!」

「ぎゃああああ! 盾の中に、中に入れてくれええ!」


 次々と仲間の悲鳴が上がるが、他のカルペルタル国の兵士たちは恐慌を起こすことなく、その場から動かない。

 その堅持の姿勢を見てか、ノネッテ国の弓兵隊から放たれる矢の厚みが更に増える。

 先ほどは小雨程度だった矢雨が、一気に夕立の様相になる。

 本物の雨のように、ざざっと音を鳴らしながら、矢がカルペルタル国の軍へと降っていく。

 一分、二分と時間が過ぎる。

 傍で見ている俺からすると、ごく僅かな時間経過でしかない。

 しかし矢雨の中にいるカルペルタル国の兵士たちにとって、振ってくる矢の恐怖によって、この時間はとても長く感じることだろう。


 そんな俺の予想が当たったのか、カルペルタル国の軍に動きが出てきた。

 木盾を掲げる最前線兵士たちが、一歩二歩と前に出てきたのだ。


「これは、突撃する予兆ですかね」


 俺の隣で、軽騎馬兵の一人が疑問の声を小さく上げる。

 俺は返答として、首を横に振った。


「突撃する気なら、あんな悠長に一歩二歩と前にでてこないし、射程がこちらより短くても弓兵を前にだしてくるはずだよ。それにも関わらず前線の兵を前に出す目的は、恐らく目的は、こちら側の弓兵隊の目を引き付けることだろうね」

「注意を引くということは、別動隊を出すということで?」

「いや。カルペルタル国の軍の後方部隊を、安全に後ろに下がらせるためだろうね」


 仮に後方部隊をすぐに引いた場合、ノネッテ国の弓兵隊は少し強引に前に出ることで、その後方部隊に矢を射かけることができる。

 しかし一度前線の兵に目をくぎ付けにしてから後方部隊が引いた場合、ノネッテ国の弓兵隊の動きは鈍らざるを得なくなる。

 急な目標の変更は、必ず弓兵に混乱を起こす。そして無理に後方部隊に矢を射かけようと突出したら、前に出てきている前線の敵兵に近づきすぎてしまう。

 以上の二点から、弓兵隊を預かる部隊長が即決を下すことは難しい。

 少なくとも、俺は用兵に迷うだろうな。


 そんな感想を抱いていると、俺が予想した通りに、カルペルタル国の軍の後方部隊が後退を始めた。

 その光景を見て、先ほど疑問の声を上げた兵が、俺に尊敬の眼差しを向けてくる。


「凄い。ミリモス王子の言った通りですね」

「褒めてくれたところで悪いけど、いよいよ俺たちの出番だよ」


 戦場の様子を伺っていた俺は、周囲の兵に身振りで戦闘準備と伝える。

 大きな音を立てないよう、俺と周囲の兵たちは動き、傍らで跪いてくつろいている馬の装備の点検を始める。


 さてさて、戦闘準備を進めている俺と軽騎馬兵たちがどこにいるのかといえば、カルペルタル国の軍の横に位置する草むらの中だ。

 ここら辺は見渡す限りの平原ではあるものの、国境付近の土地であることから、背の高い草が多く茂っている土地でもある。

 俺はその草むらの中に、軽騎馬兵を潜ませることで伏兵とし、カルペルタル国の軍の横合いを突こうと画策した。

 やっぱり寡兵で敵軍を打ち破るには、敵将や敵指揮官の首を刈り取る戦法が一番だからな。

 そこで俺と軽騎馬兵たちは、夜闇に紛れて自陣を離れ、戦場になると予想した場所の横にある草むらに隠れて、今の今までじっと時が来るのを待った。

 そして俺たちがここに潜んでいることを見破られないように、弓兵隊には派手に矢を射かけさせ、敵の目を引き付けてもらったわけだった。


 そんな作戦の中、敵の後方部隊が後進を始めた姿を見たところで、俺はここが攻め時と判断した。


「馬に乗れ! 全速力で敵指揮官と思わしき者たちを斬って、そのまま離脱する!」


 俺の号令と共に、軽騎馬兵が素早く馬を立ち上がらせ、その背に乗る。

 そして騎乗した者から先に、敵の後方部隊へ目掛けて突進を開始する。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

「どけどけどけどけーーーーーーーー!」

「大将はどこにいやがる!!」


 軽騎馬兵たちが突進しながら雄叫びを上げると、敵の後方部隊に混乱が起きた。


「ノネッテの騎馬兵だと! どこから現れた!?」

「狼狽えるな! 敵は少数だ! 防げる!!」


 敵指揮官と思わしき人物の声が上がるも、敵の混乱は収まらない。

 きっと、後方の自分たちは襲われないと高を括っていたんだろう。

 そこに突然の急襲だ。混乱しない方が変というものだろう。


 そして俺たちの目的は、後方部隊の指揮官および大将の命。

 兵に声をかけて回っている者を集中的に狙っていく。

 こちらが使う武器は弓矢。

 軽騎馬兵が扱いなれている武器ということもあるが、少し距離があっても命を奪えることからの選択だ。

 軽騎馬兵は流鏑馬のような動きで、通り過ぎざまに敵の指揮官らしき者たちに矢を一本ずつ射かけていく。そして撃破の判定がつかないままに、敵兵の中を駆けぬけていく。

 どうしてこんな真似をしているかというとだ。弓兵隊に矢を大分回したので、軽騎馬兵に持たせた矢の数は少ないから。そして急いで敵兵の中を駆け抜けないと、敵兵に囲まれて身動きが取れなくなってしまうからだ


 一方で、軽騎馬兵と同じように突撃している俺はというと、弓矢ではなく剣を武器に選んでいる。

 人馬一体の神聖術を使えば、剣の一振りで敵指揮官を撃ち漏らす心配はないし、敵兵の只中から離脱することも朝飯前だからだ。

 そうして突き進みながら、見かけた敵兵を斬り殺していると、敵兵が一塊になっている場所を見つけた。

 その敵兵たちは一様に、見るからに立派な鎧を着て、鋼の質が良さそうな剣を手に持っている。そのうえ彼らは、誰かを集団の内側に匿っているような、護衛のような身動きをしている。

 俺は直感した。

 あの中に、この軍隊で一番重要な存在がいるに違いないと。


「見つけたからには!」


 俺は馬の軌道を少し変え、その一団に向かう。

 こちらの接近に気付いたのだろう、豪華な鎧の一団は俺に剣を向けてくる。

 彼らを突破して護衛対象を殺すには、一度突っ込んで蹴散らしてから引き返しての二撃が必要になるだろう。

 そう皮算用していると、その一団に向かって横から矢が飛んできて、矢に当たった護衛の数人が崩れ落ちた。

 俺が視線で横を確認すると、ノネッテ国の軽騎馬兵が数人が手を上げてハンドサインを行っている。

 あの手振りは『やってしまえ』という意味だったっけか。

 千載一遇の援護をもらい、俺は倒れた護衛の一画から突入することで、敵の護衛対象の間近まで接近した。


「ぬああぁっ!?」


 俺を見て驚きの声を上げているのは、豪華な意匠があるものの装甲は薄そうな鎧を着た、初老に見える人物だった。

 軍を預かる老将軍か、それともカルペルタル国の王なのか。

 誰かは分からないが、とりあえず剣の一振りで首を刎ね飛ばし、その青ざめた顔と胴体を切り離してやった。


「よし、撤退だ!」


 俺が大声で号令すると、軽騎馬兵たちは弓矢を仕舞う代わりに剣を抜き、敵陣の外へと目掛けて馬を爆走させ始める。

 俺もすぐさまに兵たちの後を追い、そして追い抜き、こちらの離脱を阻もうとする敵兵へと突っ込んで包囲に穴を開ける役割を担う。


 しばらく走り続け、やがて敵陣を突破した。

 ここではまだ気を抜けない。

 そのまま戦場から外れるように移動を続け、安全圏へと離脱で来たところで、休憩に入ることにした。

 散々頑張ってくれた馬たちは、荒く呼吸を繰り返しながら口に泡が吹くほどに疲れ切っている。このまま無理させると、二度と走れない体になりそうだった。

 馬を地面に座らせて、その口に革袋を沿えて、袋の中身の水を飲ませていく。

 休憩作業を続けてながら、俺は軽騎馬兵たちに声をかける。


「みんな、よくやってくれた。後方部隊限定とはいえ、指揮官級の敵兵に打撃を与えたんだ。これで敵陣は大混乱に陥るはずだ」

「ミリモス王子だって、敵の大将らしき人物を打ち取ってたじゃないですか。大金星でしょうよ」


 そう言い合いながら、俺たちは笑い合う。

 上首尾ではあるけど、こちら側も全くの被害なしではない。

 突撃を始める前までは居たはずの見慣れた兵士のいくつかが、この場には居ないと気付いていた。俺が分かっているだけで、三十を超えるだろう。

 しかし俺も軽騎馬兵たちも、突撃して死んでいった兵たちのことを話題には出さない。戦争の最中では、自分や仲間が立てた功績を褒め合うことが重要だと分かっているから。

 そして死した彼らを悼む時と場所は、戦争が終わった後の打ち上げの中だと決まっているからだ。

 

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