二百九十八話 戦いに勝つために
結局のところ、俺はカルペルタル国の軍と対峙する方を選び、『助け合いの翼』連合軍がいる西の戦線へは行かないことにした。
理由は一つ。
この戦争はカルペルタル国が主導して起こしたものなので、カルペルタル国を打倒すれば、連合軍の侵攻理由を失わせることができるからだった。
しかし、カルペルタル国の軍隊を早く倒すためには、このまま睨み合いを続けているだけでは駄目だという問題がある。
そこで俺は部隊長を招集して軍議を開き、睨み合いの中で見たカルペルタル国の軍備を材料に、戦術を立てることにした。
「というわけで、一日でも早く、俺たちがカルペルタル国の軍隊を打倒するため、どんな戦法を使えば勝てそうか意見を言ってくれ」
俺の無茶振りとも言える要求に対して、一人の部隊長がおずおずと挙手する。
「そのですね。我々、槍歩兵隊としましては、当初の予定通り睨み合いを続けた方が良いと、意見を言いたく……」
俺の主張を真っ向から否定する提案に、他の部隊長たちから非難が飛ぶ。
「話を聞いていなかったのか。この戦争を少しでも早く終わらせるために、こちらから戦いを仕掛けるべきなのだ」
「それなのに、有効な戦術が思いつかずに黙るならまだしも、前提条件を覆そうとするとは」
「で、ですけど、敵の方が数が多いのです。睨みを愛を続け、ドゥルバ将軍の麾下が来援するまで待った方が、確実に勝てるかと……」
「連合軍と戦っている西の戦線を忘れていないか。我らが睨み合いを続けている中、もし西に布陣する我が仲間たちが早々と敗北したら、将来の我らは二方向から叩かれる羽目となるんだぞ」
言い争いになりそうな雰囲気を感じて、俺は手振りで部隊長たちの発言を一時的に禁止した。
「彼我の戦力差で戦えば、こちらにも被害が出ることは分かっている。それでも、手をこまねいて待ってはいられない」
「そ、それはどうしてでしょうか」
槍歩兵隊長の問い返しに、俺は指を二本立てる。
「理由は二つ。一つは、西の戦線が突破された瞬間に、ノネッテ国の軍隊に敗北の印がつく。つまりは周辺諸国に与える脅威度が下がる。小国郡は戦国時代の様相だ。軍隊が強くないと見られれば、多数の国から戦いを挑まれてしまうことになる」
逆に、戦争続きの中にも関わらず、カルペルタル国と『助け合いの翼』の連合軍を独力で退けたのならば、ノネッテ国の軍隊の脅威度はさらに上がる。
ノネッテ国の軍隊の精強さに恐怖してくれれば、小国郡から戦争を挑まれる恐れは少なくなる。
「もう一つは、カルペルタル国の寿命が長くないってこと。カルペルタル国は騎士国に顔に泥を塗った。早晩、騎士国の軍勢が報復に動くはずだ」
俺が視線を、俺に同行して監視しする騎士国の騎士に向けると、部隊長たちは納得の頷きを行った。
「騎士国が本格的に動く前に、カルペルタル国と決着をつけたいな」
「騎士国がカルペルタル国を打てば、彼の国の土地は騎士国のものとなってしまう」
「やはり、少しでも早く、カルペルタル国の軍を打倒することが必要でしょう」
部隊長たちが理由をきちんと把握し、槍歩兵の部隊長は前言を撤回してくれた。
「そういうことであれば、致し方ありません。ですが、槍歩兵に被害を集中させるような用兵はなさらないでください」
ここでようやく俺は、槍歩兵の部隊長が自分の部隊に被害が起こるのを危惧しているのだと理解した。
「殊更に、槍歩兵に負担を強いたりはしないよ。戦争の基本は、被害を小さくして勝つことなんだしね」
俺が確約すると、槍歩兵の部隊長は安堵したようだった。
「さて、これでようやく、カルペルタル国の軍を打倒する戦術の話に移れるね」
ここで軽騎馬部隊の部隊長が手を上げた。
「敵の方の数が多い場合、敵の陣形を乱す、撹乱戦法が有効でありましょう」
「そう主張するってことは、軽騎馬で戦法を行うってことでいい?」
「もちろんです。敵を撹乱するには素早さが必要。その任には、騎馬部隊こそが肝要であるかと!」
その主張に、弓兵の部隊長が挙手しながら言い返す。
「騎馬の総数は少ないため、撹乱戦法を行うことは難しいかと。ここは、我ら弓隊が矢が尽きるまで矢雨を降らせることで、敵の動きを強いることが上策であると主張します」
「動きを強いるって、具体的には?」
「矢が降ってきた場合、軍隊が取れる行動は三つ。弓矢の射程外まで陣を引く、盾などで防ぎ矢が止むまで堪える、多少の被害を覚悟しての突撃です」
俺もその三つのどれかを選ぶなと思っている間に、弓兵の部隊長が続きを語っていく。
「カルペルタル国の場合、我らに勝っているものは、数だけ。その人数を無用に削ってしまう、堪えるという選択肢は取れないはず。となれば、必然的に動かざるをえなくなる」
「後ろに引くか、前に出るか、だね」
「引くのなら、我らは追いかけて矢を射かければ良い。前に出てくるのなら、我らは決戦を挑めばよいのです」
弓兵の部隊長の言葉は、的を得ているように感じた。
ただし、矢を大量に使う戦法は、矢玉の数に限りがあるため、何度も使えない。できれば、一度で決めたい類の戦い方だ。
敵が引くにしても出てくるにしても、戦法を成功させるには、もう一つ工夫がいるだろう。
俺はじっと考えて頭の中で戦術を組み立ててから、それを部隊長たちに伝えることにしたのだった。