閑話 『助け合いの翼』の思惑
『助け合いの翼』の参加国から抽出された兵士たち。
その兵士たちによって、『助け合いの翼』の連合軍は成り立っている。
連合軍の兵士の種類を大きく分けると、二つになる。
一つは、部隊を指揮する精鋭たち。
もう一つは、強制的に集められた、各国の貧民街の住民や、国境にたむろしていた犯罪者や無国籍者たち。
その二種の兵士たちは、見た目からして違っている。
精鋭は、立派な金属の鎧に新品の武器で統一されている。
強制召集の兵は、欠けた革鎧に、錆びた武器。もしくは、何も装備がないかだ。
どうして装備の差がついているのかといえば、それは矯正招集の者たちが陣地から逃げだせなくするためだった。
滅ぼされたフラグリ国の領土。そこに入る直前の夜のこと。
矯正招集された者の中から、俗に『陣地抜け』と呼ばれる脱走者が十名ほど出た。
しかし彼らの姿は、歩哨に立っていた精鋭の兵士によって、すぐに補足された。
「陣地抜けだ! 矢を射かけろ!」
歩哨の大声に反応して、弓の扱いに長けた兵士たちが、休憩場所から外に出てきた。そして脱走兵を見るや、弓に番えた矢を放った。
数十本もの夜空を駆けた矢は、やがて地面へち向かって落ちていき、脱走兵とその周辺に着弾した。
「ぎゃああ!」
という悲鳴と共に、脱走兵の大半が地面に転がる。彼らが着ている粗末な革鎧では、飛んできた矢を防ぐことはできなかったのだ。
幸運にも矢に当たらなかった脱走兵が逃げ続けるも、第二射、第三射が射かけられた後には、他の仲間と同じく地面に転がる結末となる。
「これで足は止めたな。矢の回収と、脱走兵の始末をするぞ!」
精鋭兵が陣地を出て、脱走兵の元へと駆けていく。
彼らは地面に倒れる脱走兵に近づくと、息のあるなしに関わらず、刃を脱走兵の急所へと突き立てた。
そうして全ての脱走兵を始末すると、死体から装備を引きはがし、突き刺さった矢を引き抜いていく。
その血塗られた装備は、軽く拭き取られた後に、装備を持っていない矯正招集の者に再配備されることになる。
そうした脱走騒ぎが終わった頃、連合軍の指揮官たちは共同の天幕の中で、酒を片手に談笑していた。
「いやはや、カルペルタル国からの申し出には困ったものですな。まさか、大国になりつつあるノネッテ国と、事を構えざるを得ないとは」
「しかしながら、カルペルタル国は騎士国の信任を受けた国。その言には、逆らえますまいよ」
からかうような口調と、笑顔での物言い。
言葉面とは裏腹に、彼らに『困った』という感情がないことは、傍から見てもすぐに理解できる。
どうして指揮官たちは、こうして呑気に談笑ができるのか。
それは彼らの思惑が、カルペルタル国の考えとは別にあるからだった。
「しかしうまい事を考えたものですな。今回の戦いを、流民や貧民を粛正するために使うなどと」
「ふん。仕方あるまい。我らの国を含む小国郡は戦国の世だ。その中で戦争で焼け出された者たちは、戦争に負けた祖国から逃げて流民となる。そして流民たちは、情勢が安定している国に勝手に住み付き、社会の不安の種と化す」
「その不安の種を摘み取るには、流民を消し去ることが一番の上策。しかし勝手に粛清しようものなら、健全な民たちに不安を抱かせることとなる。流民が手前勝手な理由で殺されるのなら、自分たちも同じ運命になるのではないかと」
「我らからしてみれば、犯罪者となる流民と、健全に納税をする国民とを、同じように扱うわけはないと分かるのだがな」
「民は愚かなもの。指導者が千言を費やしても、一言すらも理解できない。それどころか、無知蒙昧な輩の根拠のない自信に溢れた耳障りの良い言葉は、簡単に理解して踊らされてしまうのだから」
「その愚かしさも、自国の民と考えれば、愛おしいものよ。だがその分だけ、流民どもには憎しみにしか抱けぬがな」
「だからこそ流民たちを、この戦争で消費し尽くすのです。ついでに、国家状勢に混乱を撒く、犯罪者や国境の無国籍者たちも一緒に」
指揮官たちは、あえてあくどく見える顔を作ると、大笑いする。
そこで、一人の慎重派の指揮官が、彼らの哄笑に割って入った。
「流民と犯罪者たちのことは良いとして。ノネッテ国と事を構えることについては、いささか不安がありますね」
「確かに、彼の国は騎士国と帝国に次ぐ、かなりの実力を秘めた国だ。そこと戦うことに、不安を抱かないといえば、嘘となるな」
不安を口にした指揮官たちの考えの中には、ノネッテ国の軍隊が、もの凄い速さで小国を飲み込み続けている昨今の状況があった。
しかしながら、大半の指揮官たちは楽観的だ。
「なに。本格的にノネッテ国と相争うわけではない。いざとなったら、騎士国に仲立ちを依頼することだってできる」
「我らとノネッテ国の間を、騎士国が仲裁してくれると?」
「そうとも。我らは『カルペルタル国に騙されている』のだからな」
「カルペルタル国が発表した『我には騎士国の後ろ盾がある』という情報にな」
「……なるほど。我らは、騎士国の名を利用した悪しき国に騙されて、間違った戦争を起こしてしまった。ついては騎士国に間に入って欲しいと、お願いするわけですね」
「そういうことだ。騎士国がカルペルタル国の後ろ盾になったことは、れっきとした事実として存在している。我らが騙されてしまうことは、仕方がないことであろう?」
「カルペルタル国が『審判役』にも関わらず戦争を起こしたという事実が、騎士国にとってどういう意味を持つか、我らは知りようがないのだから」
指揮官たちは――それどころか彼らの所属する国の王や重鎮たちは、カルペルタル国の暴走がどういう意味を持つか、ちゃんと理解している。
理解はしていて、しかしあえて『知らない』とすることで、流民と犯罪者いう国家社会の不要物を取り除こうとしているわけだった。
「さて、明日からは、いよいよノネッテ国の軍と戦うことになる。兵士たちの運用について、話し合わなければならぬな」
「流民を始末するだけなら、突撃させればいいのでしょうがね」
「ノネッテ国に勝った――もしくは良い戦いをした方が、我ら『助け合いの翼』の軍事力が、他の小国から一目置かれることとなる。だから手は抜けぬ」
「とはいえ、流民など突撃以外に使いようがないでしょう」
「突撃にも仕方というものがある。その仕方をどのようなときに行えばいいかを見極めれば、良い戦いとなるに違いない」
「現時点では、我らの方が数では勝っているという。戦術的の勝ちを拾う、絶好の機会である」
指揮官たちは、数ばっかり多い矯正招集の者たちをどのように効果的に使い、どのように計画的に消費するかについて、酒を片手に語り合ったのだった。
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