二百九十七話 悠長な睨み合い
カルペルタル国と『助け合いの翼』連合軍が、いよいよ攻め入ってきた。
発表された侵攻の大義名分――カルペルタル国は『聖約の御旗』の仇討ち、連合軍はカルペルタル国の援助というものだった。
「まあ、理由は順当だね」
なんて感想を呟きつつ、俺はノネッテ国の軍隊を指揮する。直接カルペルタル国の軍と相対する軍隊だけではなく、連合軍を防ぐ方の軍隊にも伝令を出して方針を伝える。
俺が選択した基本戦術は、持久戦だ。
「我が方の兵力が低いのに、持久戦を行うと、じり貧になりはしませんか?」
部隊長の一人の疑問だが、彼は勘違いをしている。
「確かに、いまここにある手勢で比べたら、カルペルタル国と連合軍の方が、圧倒的に人数が多いね。でも、ノネッテ国の軍全体とで比べたら、カルペルタル国と連合軍を合わせても、ノネッテ国の軍の方が多いよね?」
「それはそうですが……」
いま居ない軍勢を数えても意味がないだろうといった部隊長の顔つきに向かって、俺は呆れ顔を返す。
「だからこその持久戦だよ。時間をかければかけるほど、援軍がやってくる」
「なるほど。いま人数で負けていよるのであれば、時間をかけて集めればよいということですね」
「まあ本命は、コル国に展開させていたドゥルバ将軍の軍を呼び寄せるまでの時間稼ぎだけどね」
「ドゥルバ将軍に預けている魔導鎧部隊があれば、多少の人数差など、恐れるに足りませんね」
明るい顔で言う部隊長に、俺は半目を向ける。
「言っておくけど、援軍待ちだからって手抜きして、わざと戦線を下げる気はないから」
「……陣地を下げれば、それだけ援軍の到着は早まるのですが?」
「この土地は、戦争で奪い取ったばかりの場所だよ。戦線を下げれば、放棄した土地の民に被害が及ぶ。被害が出れば、統治作業に影響がでる。逆に決死で戦線を押し止めれば、民はノネッテ国の軍隊はちゃんと守ってくれるんだって安心して、支配を受け入れやすくなる」
俺の主張に、今度は部隊長が呆れ顔を返してきた。
「ミリモス王子は、戦争をしながら政治を行う気でいるのですね?」
「そこまで立派なことを考えているわけじゃないよ。カルペルタル国と連合軍を押し止めることぐらいは出来るって思っているからだよ。変な意地を張って全滅する気はない」
あくまで出来るなら、というスタンスだと分かると、部隊長は納得と頷く。
「出来る限りは、踏ん張ってみます。そのためにも、ミリモス王子は指揮を頑張ってくださいよ」
「言われなくても、手を尽くすさ」
この地にあるカルペルタル国とノネッテ国の軍隊を比べると、こちら側の兵力が少ないことは間違いのない事実。
指揮を緩めて、兵員に無駄な死傷者を出す気は、さらさらない。
カルペルタル国と連合軍の侵攻が知らされてから、三日後。
カルペルタル国の軍と、俺が指揮する軍隊が衝突することになった。
場所は平原。
まずは両軍が布陣を整えての、にらみ合いから始まった。
俺が馬上から敵軍を睨んでいると、騎馬部隊の臨時部隊長――本来の部隊長は連合軍を押し止めるの方の軍勢に行ったらしい――が馬を寄せてきた。
「奴さんたち、国境を越えるのに三日もかけてきましたぜ。そのうえ、悠長に布陣しての睨み合いですぜ」
持久戦狙いの俺たちにとって、その時間消費は嬉しい誤算だと、臨時部隊長がほくそ笑む。
その意見に、俺も同意する。
「でもまあ、カルペルタル国の狙いも時間稼ぎだろうから、この展開は予想できはしたけどね」
「おや? 奴さんたちも、持久戦狙いなんで?」
ひどく不思議そうな臨時部隊長に、俺は持論を語ることにした。
「カルペルタル国としては、数が多い連合軍が西から食い破ってくれるのを待って、南下したいはずだからね」
「自分の手勢の消費を抑えるため、他の連中を犠牲にしようって腹ですかい。でも、悠長にそんなことをしてていいんですかねえ」
「言いたいことは分かるよ。時間をかければ、俺たちにはドゥルバ将軍の援軍が来るし、面子を潰された騎士国がカルペルタル国に攻め入る用意が整うからね」
「その通りで。時間は、奴さんの味方じゃねえでしょう」
「でもそれは、カルペルタル国が知っていれば、だよね?」
俺の言葉に、臨時部隊長が唖然としている。
「奴さんたち、知らねえんですかい?」
「こちらの援軍は考慮しているかもしれないけど、騎士国が出張って来そうとまでは知らないんだろうね。知っていれば、遮二無二に突撃してくるはずだしね」
「……自分から『審判役』を放棄しておいて――奴さんらはバカなんで?」
学のない自分でも、騎士国の面子を潰したらヤキを入れられることはわかると、臨時部隊長は呆れ顔だ。
俺も同意だ。
でも、まともな思考回路がある国だったのなら、そもそも『審判役』なんて役目を請け負ったりしない。
なにせ争いを仲裁するってことは、争っている者たちから恨みを買うこととと同義だ。
恨みを買うことを覚悟するのなら、仲裁するよりも、勝てそうな方の味方になった方が国の政治としては正しいものだ。
そもそもな話。騎士国に後ろ盾になってもらわないと国が滅びそうなら、国体の維持を諦めて、騎士国に国土の編入を願い出た方が、万倍もいいだろうに。
そんなことをつらつらと考えていると、敵軍に動きがあった。
一歩だけ、敵の全軍が前進したのだ。
俺がその意味を図りかねていると、体感で十分ほど経ってから、また一歩だけ前進してきた。
「この調子で前進してくる気なら、こちらの弓の射程に入る頃には、夕方になっちまいますね」
臨時部隊長の言葉に、俺は頷く。
「これは本格的に時間稼ぎをする気だね。たぶん、こちらが攻め込む姿勢を見せたら、防御を固めるはずだ」
俺が手振りで、こちらの弓隊を最前列に出すよう指示を出す。
長弓を携えた弓兵が並び、カルペルタル国の軍に睨みを利かせる。
するとカルペルタル国の軍隊は、十分が経っても前進してこなくなった。
そのまま、さらに十分、ニ十分と経過していく。
その時間経過の間にも、俺は敵の迂回部隊が居るかもしれない懸念から、偵察兵を方々に放って情報収集を欠かさない。
やがて、両軍の睨み合いが二時間ほど継続したところで、カルペルタル国の軍が後ろに引き始めた。それもあっという間に戦場を離脱する勢いでだ。
どうやら、今日衝突する気がなくなったらしい。
「進むのは牛のような遅さなのに、逃げるのは馬のように早いってか」
臨時部隊長の蔑む言葉に、俺は苦笑いする。
「こちらとしては助かっているんだから、良いじゃないか」
「でもですぜ、ミリモス王子。奴さんらが待ちの姿勢ってことは、裏を返せば連合軍の方はやる気ってことじゃねえんですかね」
「そうかもしれない。連合軍と戦う西の戦線は、酷いことになるかも」
不吉な予感に、俺は猛烈に西の戦線のことが気になってきた。
いっそカルペルタル国の軍を任せて、単身で西に布陣する軍に合流した方が良いかもしれない。
しかしカルペルタル国の軍が突如戦う気になった場合、それはそれで、ここにいる軍の皆が危険になる。
どうしたものかと悩んでいる間に、カルペルタル国の軍は一時撤退を完了し、ノネッテ国の軍隊も合わせて戦闘態勢を解除したのだった。