二百九十五話 穏やかと急報
占領したプネラ国をルーナッド地域へ編入するため、俺は文官たちと共に作業に追われていた。
一方でコル国攻めに関しては、ドゥルバ将軍に任せているし、進軍の動きも遅くするよう言ってあるので、大した変化はなかったりする。
そんな忙しい統治作業に一段落つけたところで休憩に入り、俺は今後のことについて考えを巡らす。
「とりあえず、今回の戦争の山場は越えたかな」
フラグリ国、テピルツ国、プネラ国を占領。コル国の未来も占領と決まったようなもの。グラバ国は属国化の後にノネッテ国の領地になる。
エン国とピシ国は、集めた情報からするに、エン国が戦争に勝利し、ピシ国の領土を併呑するだろう。
ということは、あとはエン国とノネッテ国とで協定を結べば、一応は戦争終結となるはずだ。
「戦争に関わっているという点では、騎士国とカルペルタル国もあるけど」
騎士国に関して、騎士の派遣以上の手は打ってこないと見ている。
なぜなら俺の占領地への統治作業は、この世界の常識に当てはめると、随分と穏当だ。そのため、騎士国が介入する理由付けが作れないはずだからだ。
カルペルタル国に関しても、騎士国に『審判役となる』と宣言している。その審判役になるためには、中立の立場を証明するために、自分から戦争を仕掛ける――いわゆる交戦権を放棄している。だから、こちらから突かない限り、カルペルタル国とノネッテ国が戦争になることはない。
唯一の懸念は、カルペルタル国が参加する、小国連合『助け合いの翼』だろうか。
仮に、『助け合いの翼』に加盟する国が、ノネッテ国に対して宣戦布告を行った場合、カルペルタル国は交戦権はなくとも援軍という形で戦争に参加できるだろう。
「『助け合いの翼』がノネッテ国に戦争を仕掛ける――なんて、あるはずないよな」
今回の戦争で、ノネッテ国は簡単に小国を倒せる実力があると、周囲の国々に喧伝できた。
この状況なら、『助け合いの翼』が戦争を仕掛けようと考えたとしても、躊躇いを覚えるに違いない。
少なくとも俺が『助け合いの翼』に参加していたなら、戦争を仕掛けるよりも、不可侵条約とか友好関係の樹立を提案するだろう。その方が、生き残れる可能性が高いんだから。
「益体もないこと考えてないで、作業再開しようか」
現実逃避を切り上げて、統治作業の続きに戻ることにした。
数日が経ち、ゆっくり進行だったコル国攻めが大詰めに入った。
なんでも、コル国は一度の戦闘で決着をつけるべく、全ての戦力を一ヶ所に集めて、乾坤一擲の大勝負を仕掛けてきたという。
一方のドゥルバ将軍の軍だって、行軍しながらも多く休憩を取ったこともあって、気力と士気が十二分に溢れている。魔導鎧も全て稼働させて打ち倒すと、息込んでいるようだ。
コル国は思い切った方針を立てたなと感心していると、執務室に伝令が走り入ってきた。
「ドゥルバ将軍とコル国の決着がついたの?」
俺が疑問を投げかけると、その伝令は困惑した表情を浮かべた後で、首を大きく横に振った。
「違います! フラグリ国――いえ、アコフォーニャ地域の新たな領土に、カルペルタル国が攻め入って来ました! そして西からは、『助け合いの翼』の連合軍が進出してきています!」
伝令の言葉に、俺は耳を疑った。
なにせ数日前に、俺自身が『あり得ない』と判断した状況が展開されていると言われたのだから。
「本当にカルペルタル国が戦争をしかけてきたっていうのか!? あの国は『審判役』になったはずだろ!」
「それはその通りなのですが……」
「そもそも、戦争の大義名分は!?」
「カルペルタル国の声明は――審判役である我が国の要求をないがしろにしたノネッテ国には、審判に従わなかった罰を与えなければならない――とのことでして」
確かに審判とは、ルールに従わなかった者に対して罰則を与える権利がある存在だ。それは前世のスポーツの光景を見れば、自ずと理解できること。
でもこの世界には、審判役が戦争をしている国に罰則を与える、なんて明文はなかったはず。
いや、そもそもの話。騎士国に宣言して審判役となった国は、交戦権を放棄している。だからどんな理由があろうと、戦争を仕掛けることができない。
それにも関わらず、カルペルタル国は戦争を仕掛けてきている。
「つまりは審判役を放棄しての凶行か。これはよっぽど、判断を無視されたことが腹に据えかねたか、ノネッテ国を恐れ過ぎたかだな」
『助け合いの翼』も戦争に入っているというからには、恐れの感情の方が可能性が高い気がするな。
戦争に簡単に勝ち過ぎたかなと反省しつつ、俺は伝令に問いかける。
「残してきていた、俺が作った軍はどうしている?」
「部隊長たちが話し合い、軍を二つに分け、それぞれに仮の指揮官を立てました。そして北と西の守りやすい場所へ、移動を行っています」
「軍を分けただって! どんな風に!?」
「全部隊を二つに分けております」
伝令兵の言葉を聞いて、少なくとも最悪の事態は免れていると安堵する。
これがもし、部隊毎に分けていたら、目も当てられないほどひどい状況になるところだった。
なにせ俺が設立した新しい軍は、別種の部隊が相互に連携することで、力を発揮する仕組みになっている。
逆に言うと、部隊のうちの一つでも欠けたら、それだけで戦力がガタ落ちする欠陥があるわけだ。
「それにしても、軍を二つに分けちゃったか。一時的に『助け合いの翼』の連合軍を放置して、全軍の力で先に単独戦力のカルペルタル国の軍を打ち倒してしまった方が良かったんだけどなぁ」
「……恐れながら、総指揮官たるミリモス王子が現場から離れておりましたので、軍を二つに分ける判断は致し方なかったと」
「いやいや。戦力の分散が悪手なことぐらい、部隊長ならわかるでしょ?」
「それは分かっていたでしょうが、連合軍を放置するということは、占領した土地を放棄することです。部隊長『程度』の判断で、土地を放棄する決断はできません」
伝令兵の非難めいた弁明を聞いて、俺は自分の考えと行いが浅はかだったことを思い知らされた。
「そっか、そうだよな。そう言った判断をするべき俺が、プネラ国で統治作業で離れているんだもんな。あらかじめ最悪の事態を想定しておいて、こういった場合はこう動けって指針を与えておくべきだったよな」
俺は反省しつつも、カルペルタル国が戦争を起こすだなんて思っても見なかったのだから仕方がないじゃないか、と心の中だけで自己弁護をした。
「それにしても、カルペルタル国も思い切ったことするな。審判役の放棄なんて、騎士国が怖くないのかな」
審判役になるには、騎士国へ『交戦権の放棄』を宣言することが必要だ。
つまり一度成った審判役を放棄するということは、騎士国への宣言を一方的に取り消すということ。
そんな騎士国の面子を潰すような真似をするなんて、カルペルタル国は度胸があるな。
「って、敵を賞賛している場合じゃないな。プネラ国の統治作業を、進められる部分は進めておいててくれ」
「「「はい! ミリモス王子、ご武運を!」」」
席を立った俺に、文官たちがエールを送ってくれた。
さてさて、これからカルペルタル国に相対するため、俺の軍の元へ移動するとしましょうか。