二百九十三話 プネラ国を統治へ
プネラ国に入って感じたことは、今まで打ち勝って支配してきた国々と比べて、ノネッテ国に対する恨みが深いということだった。
その理由について、俺は思い至っていた。
「報告にはきいていたけど、プネラ国の軍隊とは、ほぼほぼ全面戦争だったからなぁ……」
ドゥルバ将軍の軍隊は、貴族とその私兵が集められた軍と、フォンステ地域を攻めていた新王の軍隊を打ち倒した。
貴族軍も新王軍も、かなりの手勢を集めて戦いを挑み、そして兵士の多くは戦争の結果で死傷している。
死傷した兵士にだって、家族がいる。
その戦争で身内を殺された家族たちが、戦争の恨みの矛先をノネッテ国に向けているわけだ。
「大なり小なり恨まれるとは思っていたけど、プネラ国に関しては、予想以上の恨まれっぷりだよね」
ここで通常なら、その恨みを燃え上がらせてから鎮火するなり、日常の豊かさを与えて恨みを小さくさせたりする。
その作業に必要なものは、ノネッテ国の軍隊だ。
軍隊の力で押さえつけることで、恨みを持つ民衆を爆発させる。非合法組織や悪徳者を取り締まり、民衆に平和と安全を与える。そのために必要だった。
しかし、エン国との取引もあって、ドゥルバ将軍の軍はコル国へ進出させなければいけなかった。
そのため、プネラ国を統治するために必要な軍隊の力が、少し弱くなってしまっている。
だからこそ、弱まった軍隊の力とは別に、プネラ国を治める術が必要になる。
「融和政策を進めるしかないか」
ルーナッド地域とフォンステ地域から、金品を流通させることで、プネラ国の民衆の生活を豊かにする。
プネラ国の王が治めていた時代より住みやすくなったと思ってくれれば、家族を殺された恨みも多少は小さくなるに違いない。
俺は方針を決め、ルーナッド地域から呼び寄せた文官に作業を振り分けて、プネラ国のルーナッド地域編入の作業に入ることにした。
そうして俺の動きを、名乗らなかった騎士国の騎士は監視していた。
なにやら俺を品定めしているような気がしたけど、統治作業に忙殺されているので、いちいち構ってはいられない。
一日二日と日が経った後、監視の騎士が俺に提案してきた。
「外に出て、見回って来ても良いであろうか?」
「構いませんよ」
俺は決済書類から目を離さないまま、許可を出す。
その後、その騎士が立ち去る前に、警告を告げることにした。
「戦争が終わったばかりの土地で、騎士国の騎士の姿を見れば、民衆が懇願しに集まってくるはずです」
「……その民と合わせるわけにはいかないと?」
「会いたいのでしたら、ご自由にどうぞ。俺は単に、人に集まられて迷惑することになるだろうな、っていう注意をしたかっただけですので」
言いたいことを終えた俺は、書類作業に戻った。
俺が立てるペンの音に混じり、騎士国の騎士が立ち去る足音がした。
それからしばらくして、俺の作業を手伝ってくれていた文官が、迷惑そうな顔つきで相談してきた。
「あの騎士様。放置していていいんですか?」
「言いたいことは分かるよ。敗戦国の民衆が騎士国の騎士を見れば、占領者を追い出して欲しいと願い出ることは、目に見えているからね」
「そう分かっているのでしたら、同志て放置を?」
「彼が本物の騎士国の騎士なら、そんな民衆の言葉に耳を傾けないからだよ」
俺の断言に、文官は不思議そうな顔をする。
俺は苦笑いしてから、詳しい説明をすることにした。
「多くの人が勘違いしているけど、騎士国は『正しさ』を軸にはしているけど、『正義』については認めていないんだよ」
「正しさと正義は、同列ではないと?」
「騎士国が求める正しさとは、物事の道理の正しさのこと。そして認めていない正義とは、個人が持つ価値観を元にした正しさのこと。全く違うものだよ」
「はぁ……。よく分かりませんが、あの騎士様はプネラ国の民衆の反乱の旗頭にはなり得ないと考えて、よろしいのですね」
「あくまで、ノネッテ国の軍隊の行動と、俺の統治法に間違いを見出さない限りは、だけどね」
俺は書類仕事を続けながら、思考の端で考える。
この世界の小国の多くは、騎士国をあてにしている節がある。
でも俺としては、騎士国は必ずしもあてになる国ではないと考えている。
例えば、大義名分なく侵攻してくる国がいた場合や、悪い企みを持って近づいてくる者がいた場合は、騎士国は頼りになる。
騎士国の騎士という、超強力な力技で、正しくない国や人物を取り除いてくれるからだ。
しかしながら、例えば真っ当な理由で宣戦布告を行ったり、侵攻軍を打ち倒してからの逆侵攻だったり、正式な取引で発生した損失について、騎士国は全くあてにならない。
それらは道理の整った事象だからだ。
むしろ道理が通っている物事の結果に異を唱える者がいたら、その者にこそ騎士国の騎士は咎めたてるはずだ。
「ま、俺としては、やるべきことをやっていればいい。何か間違ったことがあれば、あの騎士が行ってくるだろうし。そして言ってきたら、その部分を直せばいいんだしね」
間違いを正すことだって、騎士国が認める『正しさ』に間違いないはずなのだから。