二百九十一話 裁定者
フラグリ国のアコフォーニャ地域に編入する作業は大詰めになっている。
後は、フラグリ国の貴族のうち、ノネッテ国に対して好意的な人と反感を持つ人に仕分けし、反感を持つ人に三つの選択を迫るだけ。ノネッテ国に服従するか、反乱を起こすか、それとも土地を捨てて国外に出るかだ。
テピルツ国のルーナッド地域に編入する作業も、大分進んでいる。
こちらはドゥルバ将軍が張りきったお陰で、敵対的なテピルツ国の貴族は軒並み死亡してしまっている。
そのお陰で、反乱の芽は潰えている。
でもそのせいで、身の危険を感じた有能な人物が中枢から消えてしまい、俺が戦争準備をしていた二年間で育てた文官の多くをテピルツ国に遣わさないといけなくなっていた。
ドゥルバ将軍といえば、プネラ国での戦いも終結に向かいつつあるようだ。
プネラ国の王都を落とし、大半の国土も支配下に収めて、後はプネラ国の新王を打ち倒すだけ。
ドゥルバ将軍が西から迫り、東にはフォンステ地域の軍隊が蓋をしていて、プネラ国の国土を狙うコル国が南を固めている。
これではプネラ国の新王は逃げるに逃げられない。
打ち倒されるのも、時間の問題だ。
コル国に着いては、エン国の使者と打ち合わせた通り、プネラ国に進出してきたことを理由に咎め、ノネッテ国側から宣戦布告を行った。
ノネッテ国が宣戦布告するとは思ってなかったのか、プネラ国の国土を掠め取ったコル国の軍隊に、一時的に動揺が走った。そう偵察兵から報告があった。
しかしエン国とピシ国が本格的な戦争を始めたことをきっかけに、コル国は占領したプネラ国の国土の保持を声高く主張し始めた。
引くに引けなくなったからなのか、それともエン国の謀略に乗せられているのかは分からないが、無謀な主張であると思う。
仮に俺がコル国の王だったなら、手に入れたプネラ国の国土をノネッテ国に送り、続けてコル国をノネッテ国の配下に入れて欲しいと頼み込むな。
そうすれば、少なくともコル国の国土はコル地域と名前を変えることにはなり、国王は領主と立場を変えることにはなるけど、俺の手の中に土地と民を保持したままにできるんだしね。
そんな感じで、各地の状況が大体一定の方向に流れ始めている。
あとは俺があれこれ手を加えなくても、納まるべきところに納まるようになるはずだ。
そう精神的な余裕をもって、フラグリ国とテピルツ国のノネッテ国への編入作業を進めていっていた。
そんなある日、俺に来客があった。
事前に先触れを出してくる、ちゃんと形式を踏んだ来客は、白く輝く鎧を見に纏い、マントを背負う、神聖騎士国の騎士様だった。
「ミリモス王子、お初にお目にかかる。某は神聖騎士国の御座す、騎士王様の名代として、貴公と貴国の『正しさ』を判定しに参った次第」
目の前にいる騎士国の騎士は、男性らしい四角い顔立ちをしていて、二メートルはある背丈とがっしりとした体形をしている。
彼の姿を見て、俺が思い起こす人物は『聖約の御旗』の旗印であった、テスタルド。
しかしテスタルドは大剣を武器としていたけど、この騎士様の腰にあるのは片手用の剣。しかも刺突に特化した形状――前世だとスティレットだったかスティングだったかの剣に似ていた。
彼の大きな体には不釣り合いだなと思いつつ、俺はにこやかに返事をすることにした。
「騎士国から遠路はるばる、よくお越しくださいました。私が、ノネッテ国の軍隊を預かり、各地に侵攻を行う責任者であります、ミリモス・ノネッテです」
友好の握手を求めようと手を伸ばすと、大柄の騎士は拒否の手振りを返してきた。
「某は騎士王様の名代かつ、『正しさ』の裁定者。貴公との仲を深めることは、任務に支障をきたすことになる。故に、その手は取れぬと思っていただきたい」
「そうですか。騎士国の騎士様らしい、真面目さですね」
俺は伸ばしたてを引っ込める。
そして、目の前の騎士が『騎士王の名代』とは言っても、自分の名前を告げていないことに気付く。
恐らく、『正しさ』を判定するための存在だからこそ、個人的な関りが発生し得る『名前を告げる』という行為すら、戒めているんだろう。
その徹底ぶりに、俺は呆れと感心を半々に抱いた。
「それで、騎士王様の名代様は、どう『正しさ』を判断する気でいるのです?」
「一先ずは、貴公の主張をお聞きしたい。貴国の侵攻について、『正しさ』があるかどうかを」
騎士の求めに従って、俺はノネッテ国が起こした侵攻について、侵攻理由を語っていく。
どうせ隠したところで、騎士国の黒騎士を経由して情報を集められているだろうから、侵攻の発端が魔導帝国からの要望であることも明らかにした。
「――そう帝国に求めらたからとはいっても、ちゃんと大義名分は得てからの侵攻です。こちらの名分は『正しくない』ですか?」
俺が問い返すと、騎士は深く静かに考えこむ姿を見せた。
そしてそのまま五分ほど沈黙した後で、ゆっくりと口を開いた。
「帝国の思惑が介在しているという点は気になるものの、貴公と貴国の侵攻理由は真っ当なものであると、判断せざるを得ない」
その騎士の言葉は、騎士王の名代としてのものなので、ノネッテ国軍の侵攻は騎士国からのお墨付きをもらったも同然のものだった。
「ということは――」
俺が結論を急ごうとすることを諫めるように、騎士の手が『待った』の形を作る。
「理由が正しいことは、理解した。しかしながら、なにゆえに貴公は、審判役として間に立ったカルペルタル国の言葉を無視してまで、侵攻を続行しているのか、その存念を聞かせて貰っていない」
確かにその通りだったので、俺は主張することにした。
「カルペルタル国とノネッテ国は、以前に戦争状態になったことがあります。正しくは、カルペルタル国が加盟していた小国連合を、ノネッテ国が打ち破り、その連合を瓦解させたのです」
「一度敵となった者の言葉は、信用できぬと?」
「そうではありません。むしろ一時的に敵だったノネッテ国を、カルペルタル国こそが敵視しているように感じた。だからこそ、こちらは彼の国の言葉を拒否したのです」
「カルペルタル国の判断が、審判役として大切な『公平中立』を保っていない、との主張か」
「当然です。こちらは、何ら恥じることのない戦争を行っています。それにも拘らず、カルペルタル国は侵攻を止めろという。止めるに足る明確な理由も明かさずにですよ」
俺が納得いかないと主張すると、騎士も『さりもありなん』と頷き返す。
「貴公の主張が正しいとすれば、なるほどカルペルタル国の判断に疑いが出る。しかしそれは、貴公から見た一方的な現実であり、他者の目を通して見れば違うのやもしれぬ」
騎士の慎重な発言に、俺は仕方がない判断だろうと納得した。
「そうでしょうね。立場が違えば見え方も違うもの。こちらとカルペルタル国の見たものが違う可能性はあります。しかし、なにが『正しい』見え方なのか、どう判断なさる気でいるのでしょう?」
「その点については、しばらくは貴公の周囲を探らせてもらいたい。貴公が恥じる行為がないのなら、探られても問題ないはずだ」
こちらを試すような言葉だったけど、俺は気にしない。なにせ本当に、後ろ暗い部分はないんだから。
「分かりました。しばらく滞在するというのなら、部屋を用意させましょうか?」
「心配には及ばない。それに貴公の世話を受けるということは、利益を得たと見えてしまう。それでは某の判断の信憑性が薄れてしまう。お心遣いだけ頂く」
そう告げると、騎士は俺に背を向けて去っていった。
本当に自分で寝床を何とかする気らしい。
まあ、彼は騎士国の騎士様だ。彼が民家の前に現れて『一夜の宿を』と求めたら、民は拒否するどころか大手を上げて泊めてあげるだろうしね。
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