二百九十話 エン国の使者
プネラ国の土地を狙って進出してきた、コル国。
それに対抗するべく、俺はコル国への報復侵攻を計画していた。
しかし、その草案をまとめて気付いたことがあった。
「いますぐに動かせる軍隊がないんだよなぁ……」
今回、大規模な侵攻を予定して、軍備も拡張していた。
しかし、今までに支配したフラグリ国とテピルツ国の統治と他国からの侵攻防止のため、必要な分の兵隊を置いている。
そのうえ、ドゥルバ将軍の麾下の軍はプネラ国に侵攻中だし、フォンステ地域の兵士たちはプネラ国の新王を相手に戦っている最中。
そうして方々に兵数を割いたことで、いますぐにコル国へ侵攻する手勢が確保できないわけだ。
「ノネッテ本国に、追加の兵士を要望すれば、届けてはくれるんだろうけど……」
いまのノネッテ国は、かなり広い土地を持つ国だ。
各地から兵士を抽出しようと思えば可能なぐらいに、国力はある。
けど、今から兵士を各地から集めても、時間がかかり過ぎる。
「いっそのこと、プネラ国の国土の一部を、コル国に預けてしまうってのも手かな……」
コル国が狙う土地は、ドゥルバ将軍の麾下の勢力圏とプネラ国の新王の軍の影響力、そのどちらの影響が届いていない空白地点だ。
地図上で見れば、端の端もいいところの、ごく小さなもの。
ここは一時、その土地をあげてしまい、フラグリ国とテピルツ国を完全に支配地にし終わってから、改めて奪い返すということもできるだろう。
「コル国への侵攻は、長い目で見ることにしようかな……」
溜息交じりの独り言を呟いていると、伝令兵が部屋の中に入ってきた。
「ミリモス王子、よろしいでしょうか?」
緊急事態なら『良いか』なんて聞かずに、伝令は伝言を口にするもの。
だから俺は、大した内容じゃないだろうと思っていた。
「言ってくれて、構わないよ。どうしたの?」
「それがその。エン国から使者が参ってこられて」
「エン国から?」
伝令の言葉に、俺は信じられない気持ちでいた。
エン国は、コル国とピシ国と三つ巴の戦争中。しかも今は、ピシ国と盛大な戦いを繰り広げていると聞いていた。
それにもかかわらず、いま俺がいるフラグリ国まで、使者を向かわせてきたなんて。
「エン国の使者から、要件は聞いている?」
「それが、ノネッテ国と共同でコル国を打ち倒さないか、との誘いだそうで……」
物騒な提案を聞いて、俺はその使者と会うことにした。
エン国からの使者は、俺と会うなり、深々とした礼を取った。
「噂に伝え聞くミリモス王子と、こうして面会する機会を頂き、恐悦至極に存じます」
使者の態度は、俺の機嫌を損ねないよう、特に気を払っているものだった。
俺は苦笑いを浮かべ、気軽に見えるような身振りで返答する。
「エン国の使者殿、もっと気楽にしていいよ。ざっくばらんに話し合おうじゃないか」
俺の言葉をどう受け取ったのか、エン国の使者は困った顔になる。
「では、その。前置きを抜かしまして――当方はノネッテ国に対し、コル国への侵攻を要望いたします」
「侵攻要望? 共同でコル国を倒そうって話だと、聞いていたんだけど?」
俺が疑問を口にすると、使者は焦った調子で言葉を足す。
「もちろん、エン国はノネッテ国と共同歩調を取る気でおります。しかしそれは、ピシ国と全面戦争を行うということで、間接的に支援するといいますか」
使者の言葉を聞いて、俺は納得した。
三つ巴状態である現状では、他の国からの側撃を恐れて、全力を一国へ向けることは難しい。
そこで、ノネッテ国がコル国を攻めることで、一時的に三つ巴状態を解除する。
その間に、エン国はピシ国と全面戦争を行い、打ち勝つ。
そんな算段なんだろう。
そしてこの提案は、ノネッテ国にもうま味があった。
「エン国の目的は分かったよ。でも……最低限、コル国の目をこちらに引き付けておくだけでもいいかな?」
すぐ自由に動かせる軍隊が、いま俺の手元にない。
そこで、含みを持たせた言い方で、エン国の使者に確認を取った。
すると使者は、満面の笑みで礼を取った。
「もちろんでございます。コル国の主力が当国の国境線から退いてくれさえすれば、万々歳でございますので」
コル国に警戒感を抱かせるだけでいいのなら、兵の質はさほど必要じゃない。
ルーナッド地域とフォンステ地域から、コル国が無視できないだけの兵士を抽出すれば、それで事足りるだろう。
いや。数が必要なだけなら、兵士じゃなくてもいいかもしれない。
民から義勇兵を募い、まずフォンステ地域に集合させ、その後にコル国の国境に入り込んで部隊展開するだけでいい。
その後、エン国がピシ国と本格的に戦争を始めれば、コル国はエン国の国境からフォンステ地域との国境へと主力を振り分けすだろうしね。
そこまで考えを纏めて、俺はふと疑問を抱いた。
コル国がプネラ国の土地を狙って侵攻したのは、数日前のこと。俺が報復侵攻を計画したのは、つい昨日のことだ。
そんな直近の出来事にも関わらず、エン国からの使者が、いまここにいる。
じゃあこの使者は、いったいいつエン国を出てきたのだろうか。
エン国から俺の場所まで、馬を走らせても、何日も移動時間が必要だぞ。
コル国がプネラ国の土地に侵攻したのを知って行動したんじゃ、時間が合わないような気がする。
「……使者殿。もしかしてエン国は、コル国がプネラ国に侵攻するよう働きかけませんでしたか?」
「はてさて、どうでありましたでしょうか。当方が分かることは、当国はピシ国と大きな戦いを行っているというだけですので」
とぼけているのか、本当に知らないのか。それとも使者には知らせていないのか。
気にはなるけど、どちらでもいいか。
エン国の支援があれば、比較的安全にコル国と戦争状態になれる。
一度戦争状態になってしまえば、こちらの統治作業がひと段落した後に、大々的な侵攻を行える。
考えれば考えるほど、ノネッテ国にとって損のない話なので、俺はエン国からの申し出を受けることにしたのだった。