閑話 カルペルタル国の選択
カルペルタル国の王は、小国連合『聖約の御旗』が崩壊した直後、新たな連合である『助け合いの翼』に参加し直した。
そうでもしなければ、素早く侵攻してくるノネッテ国の軍勢に、国土を奪い取られるという直感があったからだ。
その直感が当たったのか、他の『聖約の御旗』の参加国はノネッテ国や騎士国の領土に変わったが、カルペルタル国だけは生き残った。
しかし、カルペルタル国の王は安心できなかった。
ノネッテ国はフォンステ国とルーナッド国の諍いに顔を出し、それから瞬く間に六つの国を手中に収めてみせた。
現時点では大人しく見えても、いつかは国土を奪い取りにくるのではないかと恐れた。
カルペルタル国の王は、ノネッテ国に対するには連合『助け合いの翼』では頼りないと感じ、強者の庇護を求めることを選んだ。
一番良いのは、騎士国の庇護下に入ること。
しかし騎士国の庇護に入るということは、彼の国に国体を捧げるということ。
カルペルタル国は国でなくなり、王も王ではなくなるということに、カルペルタル国の王は耐えられなかった。
そのため、カルペルタル国を存続させたまま、ノネッテ国と渡り合える者の庇護下に入れないかと、知恵を絞った。
カルペルタル国の王が方策を考えていると、噂話が聞こえてきた。
「相争う小国郡の中に、騎士国の後ろ盾を得た者がいるらしいな」
「聞いた、聞いた。騎士国に、自国の防衛戦以外に戦争はしないと誓いを立てることで、審判役に収まったという」
「しかし、本当に戦争の裁定者など務まるのか?」
「そこは騎士国の後ろ盾よ。その国の裁定に異を唱えるということは、騎士国の考えに刃向かうということ。まともな国は逆らえんだろ」
大陸中央部の小国郡から来た噂話を、カルペルタル国の王は耳にし、これは天啓だと思った。
流石のノネッテ国でも、騎士国を相手に無茶はしない。
騎士国は帝国と並ぶ、二大巨頭。その軍事力にひれ伏さない国は、帝国以外にはない。
その上、軍の侵攻を指揮しているというミリモス・ノネッテ王子は、騎士国から妻を娶っているという。妻の母国に対して、強情な真似はしないはず。
カルペルタル国の王は、そう考えた。
すぐにカルペルタル国の王は、騎士国と『助け合いの翼』に使者を遣わした。
騎士国には、カルペルタル国が周辺諸国の審判役になるという表明を。
『助け合いの翼』には、審判役になるにあたって、戦争の手助けはできなくなること。その代わり、物資を融通することで貢献したいと伝えた。
使者からの結果は、程なくしてやってきた。
騎士国からは、審判役になることを認める内容と、審判として戦争国に書状を送る際に使うようにと印字付きの紙が添えられていた。
『助け合いの翼』からは、勝手な宣言に対する非難が書かれていたが、ノネッテ国への備えのためだと理解した旨が書かれていた。
そんな諸々の対応策が終わってからしばらくして、ノネッテ国のフラグリ国への侵攻が始まった。ノネッテ国からの行商人を無理やり締め出したことに対する、報復攻撃として。
破竹の勢いで、ノネッテ国はフラグリ国を攻略していく。
その報せを聞いて、カルペルタル国の王は、自分の判断は間違ってなかったと実感した。
騎士国の後ろ盾がなければ、きっとノネッテ国はフラグリ国の次に、カルペルタル国に侵攻してきたに違いないという予感があったからだ。
カルペルタル国の王は自国が生き延びたことに安堵しつつも、騎士国から認めてもらった戦争の審判役として、ノネッテ国とフラグリ国の戦争の仲立ちをしようと試みようとした。
配下の者たちと、ノネッテ国の侵攻理由である行商人の締め出しに対し、フラグリ国はどれぐらいの賠償を払えばいいのか、議論をし合った。
その議論が決着を見る前に、ノネッテ国はフラグリ国の王城を落としてしまっていた。
それだけでなく、テピルツ国に侵攻し、陥落させてしまってもいた。
「なんと迅速な! ノネッテ国の軍隊は、空でも飛んでいるのか!?」
そんな配下の驚愕の声を聞きながら、カルペルタル国の王は焦っていた。
このまま何もせずにノネッテ国の暴虐を見逃していたら、審判役となった面目が立たない。
もしかしたら、審判役としての役立たなさから、騎士国からは後ろ盾を取り上げられ、『助け合いの翼』からはせめてノネッテ国からの防波堤にぐらいになれと告げられかねない。
カルペルタル国の王だけでなく、その配下たちも焦った。
その焦りから、ノネッテ国の軍勢がプネラ国にまで襲い掛かったと知ったとき、すぐに戦いを止めるようにと、騎士国の印が付いた紙を使った書状を送ってしまった。
このときはまだ、カルペルタル国の王の精神に余裕があった。
流石のノネッテ国も、騎士国の印が付いた書状は無視しないだろう。
ノネッテ国の軍事行動が止まったら、カルペルタル国の審判役としての立場が確立できるだろう。
これで騎士国や『助け合いの翼』から、なにか言われることはないだろう。
そんなカルペルタル国の王の思惑は、ノネッテ国のプネラ国への侵攻が止まらないという報告で、木っ端微塵になった。
「そ、そんな。ノネッテ国は、騎士国が怖くはないのか……」
カルペルタル国の王は顔面蒼白で、そう呟いて頭を抱えた。