二百八十三話 あっけなく
防御陣形を堅持するフラグリ国の軍隊。
不気味な感じがあるが、俺はあえて、ノネッテ国軍に突撃を命じることを決めた。
仮に、フラグリ国に新たな援軍の充てがあった場合、時間を稼がれることが致命傷になるかもしれないからだ。
しかしながら、新設部隊が多い俺の軍を無暗に突撃させると、どれほどの被害が出るか分かったもんじゃない。
「今回は、魔導鎧を使わなくて済むと思ってたんだけどなぁ……」
持ってきている魔導鎧は、十着しかない。
この数は、なにも戦費をケチったわけじゃない。
フラグリ国の軍隊の人数と装備、そして俺の軍の人数を加味して考えると、この数で十分だという試算が出た結果だったりする。
まあ、魔導鎧だって準備期間の二年をかけて改良を施し、稼働時間はそのままだけど、油圧機構の改良で発揮できる膂力は二割増しに、装甲は開け放たれていた背面も覆ったうえで一割厚みを増している。
より強力になった魔導鎧なら、農民兵相手なら鎧袖一触に蹴散らすことが可能という判断なわけだ。
十人の魔導鎧を着た兵士を最前列に据え、その後ろに槍歩兵を配置する。弓兵はさらにその後ろ。
軽騎兵は横合いから敵に迫れるよう、二部隊に分けて左右の後方に配置する。
「それじゃあ、魔導鎧部隊を前に。歩兵はゆっくりと前進。弓兵は射程内に敵を捕らえ次第に射撃で」
俺の命令が軍に伝わり、その通りに行軍が開始される。
魔導鎧の十人は、手に魔導鎧用の大型の斧槍を持って雄叫びを上げ、全速力で敵軍へと突進する。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
パワードスーツのような、鋼鉄の板で着ぶくれた外観の魔導鎧を着た兵士たちの突撃だ。その威圧感は半端ない。
しかしそれは、一対一であればの話。
千を超える味方がいる敵軍の兵にとって、十人ばかりの魔導鎧の威容など怖くはないのだろう。平然と方陣を構えて、受け止めようとしている。
その様子を見て、俺は溜息を吐く。
「あーあ。密集した防御陣形のままなんて、魔導鎧の兵にとって叩きやすいだけなのに。散開してくれた方が、こちらとしては厄介だったんだけどなぁ」
俺が呟いた感想の通り、十人の魔導鎧を着た兵たちが斧槍を振るうと、密集陣形の敵兵が、球に当たったボーリングのピンのように、あっけなく吹き飛んだ。
そうして陣形の崩れた場所に、さらに魔導鎧の兵が入り込んで斧槍を振るう。
さらに崩れた場所に入って斧槍を振り、さらにさらにと続いていく。
あっという間に敵の陣形が瓦解したところに、遠間からノネッテ国軍の弓兵が矢を降らせる。
「味方ごと、矢を射かけるだと!?」
という敵兵からの驚きの声が聞こえた来た。
当然、普通は敵味方が入り乱れている場所に、矢を射かけたりはしないものだ。
しかし、魔導鎧の装甲は、人間が着られる限界重量の全身鎧以上に厚い。
ロッチャ地域で作られた強弓といえど、その装甲厚に鏃を突き立てることは叶わない。
まあ、運が悪ければ装甲の継ぎ目に刺さるかもしれないけど、そこまで懸念していたら作戦の立てようがないしね。
ともあれ、魔導鎧と弓矢の攻撃で、敵軍の陣形は崩れに崩れている。
ここにダメ押しで、槍歩兵の突撃をぶつける。もちろん槍歩兵の鎧じゃ、弓兵の矢を受け止めることはできないから、突撃する前に弓矢の射撃は止めさせたよ。
「前に出て突け! 突けば殺せる! 下がれば、味方の槍に背中を刺されるぞ!」
「敵は混乱中だ! 槍を前に出せば、勝手に戦功が転がり入ってくるぞ!」
槍歩兵の部隊長の檄が飛び、配下の槍歩兵たちが必死に槍働きを行う。
この段階になってしまうと、もうフラグリ国の軍隊が抵抗することは難しい。もはや、撤退か玉砕かの二択しか選択肢はない。
というか、フラグリ国の兵の中で目ざとい者は、もう逃げ始めていた。
それなら、ここでダメ押しをしておくか。
「軽騎馬兵たちを前に出して」
「……追撃なさるので?」
質問してきた伝令兵に、俺は顔を向ける。
「逃げ散ろうとする敵兵を、軽騎馬の足と矢で留めて、降伏を促して捕虜にするんだよ。敵兵の多くは農民兵だ。殺されないと分かれば、降伏してくるはずだ」
「兵の中には、降伏せずに、死ぬまで抵抗する輩もいるかもしれません。そうなったら、軽騎馬だけだと危険では?」
「当然の懸念だね。でも、農民兵なら知っているはずだ。ノネッテ国は支配した土地の民を、どう扱っているかをね」
「畑を耕す民ならば、帰属意識は国ではなく、町村の暮らしに向かうもの。その暮らしが敗戦後でも保証されると知っているからこそ、ノネッテ国の捕虜になることに問題を抱かない。というわけですか」
伝令兵は納得した様子で、軽騎馬兵のいる方向へと駆け出して行く。
そうして軽騎馬兵たちが動き出す頃、フラグリ国の兵たちの潰走が始まった。
フラグリ国の兵たちが逃げる先は、もうフラグリ国の王都しかない。
王都への道から逸れようとする敵兵を、ノネッテ国の軽騎馬兵が追いかけて包囲し、捕虜にするか王都への道へに戻すかを行っていく。
その様子は、前世のテレビでみた牧羊犬と羊の群れの光景のよう。
「フラグリ国の軍隊が何を考えて防御陣形を堅持していたか知らないけど、あっけなく終わったな」
こちらの被害は、さほど大きくはない。せいぜい槍歩兵に、多少の死傷者が出たぐらいだ。
大勝とも言える戦果だけど、俺の意識はそのことに対する喜びではなく、フラグリ国の王都を制圧する方法に向かっていたのだった。