二百八十話 フラグリ国の思惑は
ノネッテ国軍は、フラグリ国へ侵攻する。
以前までのノネッテ国軍はというと、基本的にロッチャ地域軍の重装歩兵と魔導鎧部隊に、ノネッテ本国が保持する山岳偵察兵で成り立っていた。
偵察兵が戦場の先を調べ、重装歩兵と魔導鎧部隊が敵兵を蹴散らす。そういう役割だった。
しかし今回の侵攻から、俺は部隊編成を変えた。
というより、変えざるを得なかった。
その理由は、新たに支配下地域から徴収した兵士たちの多くが、偵察兵や重装歩兵の適性が乏しかったから。
そもそも、情報を生きて持ち帰る偵察兵は技量が高くなければ務まらないし、重装歩兵は鍛冶技術と経済力が国になければ訓練すらできない。だから農民兵を中心にして、貴族の私兵が指揮官という軍隊では、この二つの兵種は育たないのが当然なわけだ。
しかしながら、偵察兵と重装歩兵に適性が乏しいとはいえ、折角ある兵力を遊ばせておくのは勿体ない。
だから、新たな部隊――元農民兵を雇用した槍歩兵、貴族の私兵から離脱した人員で構成される軽騎兵、防衛隊から引き抜いた弓兵と工兵を組織したわけだ。
こうして兵種が増えたことで、人員の統率の難しさと兵站や装備の負担が増えたものの、取れる戦術の幅も増している。
例えば、軽騎兵が騎射で敵兵を釣り、伏兵にした重装歩兵の前まで連れてくる。工兵が攻城兵器を運用する間、その守りを槍歩兵に任せる。といった具合だな。
そんな新たな兵種も含め、二年の準備期間があったことで、兵士たちには十分な訓練で精強と言って差し支えのない仕上がりになっている。
とはいえ、今までのノネッテ国軍は、重装歩兵という見るからに強そうな兵種が主だった。
それなのに、歩兵や軽騎兵などの部隊を新たに入れ込んでいる。
この状況を傍目から観察すれば、急速な国土の拡大に兵力が追い付かず、間に合わせの部隊を編成して急場をしのいでいる、と見えなくもないだろう。
「侵攻先に予定している全ての小国には、行商人を通して『ノネッテ国軍が弱体化している』って噂を流したんだけどなぁ」
だからてっきり、フラグリ国はこちらを侮って、国境で戦いを挑んでくると思っていた。
しかしその思惑は外された形になっていた。
フラグリ国の軍勢が、国境線での防衛を行わなかったのだ。
「防衛しなかった理由は、こちらの軍備の精強さに恐れた結果なのか、はたまたこちらの部隊編成が新規になったことを見越してのことか」
俺は疑問に首を傾げながらも、とりあえずノネッテ国軍をフラグリ国の王都へ向けて進出させ続けることに集中することにした。
フラグリ国の軍隊との戦いの場は、かなり国の内部へと侵攻した所となった。
それこそ、もう少し進めばフラグリ国の王都があるという地域だ。
つまりは、アコフォーニャ地域との国境からフラグリ国の中央部へ至る土地は、ノネッテ国が手にしているということだ。
「大して重要な拠点はないからといって、大胆に国土を捨てたもんだな。この思い切りの良さを見るに、やっぱり――」
――土地をタダ捨てするに見合うリターンを、フラグリ国は狙っていると見て間違いない。
俺が考え付く中で、フラグリ国がとって来そうな手段は二つ。
一つは、土地を捨てて稼いだ時間で、開戦地点に多数の罠を仕掛けること。
こちらが罠にハマって混乱する隙を突き、俺だけを目標に一心に襲い掛かり、一発逆転を狙う。
もう一つは、国土の奥深くまで誘引してから、楽々と土地を奪って調子づいているノネッテ国軍の心の隙に付け込み、予想外の方角から伏兵に襲い掛からせる。
軍隊とは、得てして予想外の事態に弱いもの。この世界には前世のような無線機器がないため、統率者が瞬時に部隊運用を変えることは難しいから余計にね。
この二つの手段の内、どちらをフラグリ国が取るかというとだ――戦場になりそうな場所の様子を探っていた偵察兵が戻ってきた。
「ミリモス王子。罠の類が仕掛けられている様子は、見当たりませんでした」
「偵察、ありがとう。休んで、英気を養っておいて」
俺は偵察兵を下がらせると、俺は喜びを感じた。
フラグリ国が用意したであろう伏兵が、『どこ』から来るか、予想がついたからだ。
「ノネッテ国軍が弱体化しているって噂を流したことが、役に立ったかな」
俺がほくそ笑んでいると、先ほどとは別の偵察兵が来た。
この彼の役目は、ある国の動向を見張ることだった。
「君がここに来たってことは?」
「ミリモス王子が予想しましたように、テピルツ国の軍勢がこちらにやってきます。フラグリ国の兵の先導を受けています」
「テピルツ国はノネッテ国と敵対する気でいる、ってことでいいのかな?」
「テピルツ国はフラグリ国と組んでいることは、間違いないかと」
こちらが流した噂を信じて、テピルツ国が動いたわけだ。
弱体化しているノネッテ国軍なら、フラグリ国と共同で戦えば、下すことが出来ると考えてね。
こうも容易く釣れたんだ。釣り逃さないようにしないと。
俺は偵察兵を手招きして近寄らせた。
「ありがとう。申し訳ないけど、新たな仕事を任せていい?」
「『二番隊』に、テピルツ国の軍隊の側面を叩け、と伝えるわけですね?」
「その通り。ドゥルバ将軍によろしく伝えて」
「かしこまりました。すぐに行って参ります」
偵察兵は一礼すると、軽騎兵用の予備の馬に乗り込むと、ノネッテ国軍の二番隊――ドゥルバ将軍が率いる別動隊への伝言に走っていた。
ノネッテ国軍は、支配地域から多数の兵力を吸収した。
膨れ上がった兵数をよりよく活用するため、複数の部隊に兵力を分けることは当然のことだよね。