二百七十九話 出立へ
ホネスとジヴェルデの産後の肥立ちが落ち着いた頃、ノネッテ国はフラグリ国に対して宣戦布告を行った。
理由は『ノネッテ国の行商人のみを再三に渡って不遇に扱い、ノネッテ国への経済的損失を故意に起こしたこと』とした。
少し無茶な理由付けに見えるだろうけど、仕込みは何度も送った使者が要望を伝えるときに、ちゃんと行っていた。
会談の際に『我が国の行商人のみを悪く扱うことに、ノネッテ国の王はお怒りである』と伝え、次の機会には『再三に渡って要望を伝えているのに一顧だにしないとは、大変な無礼ではないか』と疑義を呈し、『これ以上は我慢ならない。我が国に喧嘩を売っていると受け取らざるを得ない!?』と激昂させた。
こうした布石を打った後の宣戦布告なので、周辺諸国も騎士国も、ノネッテ国の行いは筋が通っていると理解している。
その理解をしているのは、宣戦布告先のフラグリ国も同じ。
こちらの宣言に対し、フラグリ国は全土から兵力をかき集めて戦争準備を行っているという。
俺は出陣する兵士へ激励を行った後、いったん屋敷に戻ってホネスとジヴェルデに会いに行った。
二人は行政を共に担当していることもあって仲良しだったが、同じ部屋で出産したことを切っ掛けにより仲良くなったようで、よく赤ん坊を連れ寄って雑談をするようになっている。
今日も、日当たりの良い部屋に集まり、出産時の痛みについて語り合っているようだった。
俺が顔を出すと、意外そうな表情が二人から返ってきた。
「珍しいですね。センパイが、ここに来るなんて」
「そうですわね。いつもは誘っても、やんわりとお断りなさいますのに」
「この後出陣だから、カロナとべリザの顔を見にきたんだよ」
俺が苦笑いと共に言葉を返すと、二人とも笑顔を浮かべた。
ちなみにカロナはホネスの産んだ赤ん坊で、べリザがジヴェルデが産んだ赤ん坊。両方とも女児だ。
「無事の帰りをお待ちしてますね」
「大勝を期待しておりますわ」
「……おいおい、それだけか?」
心配の欠片も見せない様子に思わず愚痴ると、二人の笑みがさらに深まった。
「今回は時間がたっぷりあっったから、センパイの用意は十分だと思ったんです」
「そうですわね。それに、いまのミリモスの顔は、負ける戦いに挑む者の表情ではありませんものね」
俺が勝つと信じて疑っていないから、心配するだけ損だということらしい。
確かに、こちらから侵攻を仕掛けるのに、負けるような準備をするはずがないから、二人の考えは正しい。
だけど、夫が戦地に向かうのに、心配の一つもしてくれないことは、ちょっとだけ寂しい感じがある。
でもまあ二人の心配のなさは、俺への信頼だと受け取ることにし、モヤモヤした気分を飲みこむことにした。
「それじゃあ行ってくるよ。カロナとべリザもな」
「はい、センパイ。ほら、カロナ。いってらっしゃーい、ってやるの」
「ご武運をお祈りいたしますわ。ぺリザ。御父様の雄姿を見ておくのですわ」
二人の妻と二人の赤ん坊に見送られて、俺は部屋を出た。
廊下を歩き、玄関口へとやってきた。
そこにはホネスとパルベラが立っていて、二人の傍らにはマルクの姿がある。マルクは現在二歳で、確りと両足で立っていた。
「見送り、ありがとう」
俺が声をかけると、ホネスは微笑みの中に残念さを滲ませた表情を浮かべた。
「ミリモスくんの雄姿を見に、戦場に同行したいのはやまやまなのですけれど」
「マルクの養育があるからね。同行は諦めて、お留守番していてよ」
俺が苦笑いしながら宥めると、パルベラが「よく言ってくれました」と会話に入ってきた。
「パルベラ姫様も困ったものです。昨日は私に、マルクを連れて行けないかと尋ねてこられたのですよ」
「だ、だって。神聖騎士国なら、幼児を戦場に連れていく騎士もいたから……」
驚愕の事実に俺が目を見張ると、パルベラが注釈を入れてきた。
「そういう騎士がいないではありませんが、その人たちは神聖騎士国でも奇特な方々であり、全員がそうしているわけではありません。そして私は、マルク様を戦場に連れていくには、まだ早いと思っております。ご安心を」
まだ、ということは、いつかは連れていくということだろう。
マルクを戦場に連れて行かなくても良くなるように頑張ろうと、俺は密かに決意した。
「それじゃあ二人とも――いや、三人とも、いってくるよ」
「はい。お早いお帰りを、お待ちしております」
「ミリモス王子が戦場に散ったとしても、私がマルク様は立派に育てますので、心置きなく戦場で暴れてくると良いでしょう」
パルベラは真摯に、ファミリスは半ば冗談を言うように、俺の出立を激励してくれた。
そのとき、俺のズボンが引っ張られる感じがした。顔を下に向けると、マルクがいた。
「おとうさま。がんばっちぇ」
舌足らずの激励に驚きつつも、俺は笑顔でマルクの頭を優しく撫でる。
「ああ、行ってくる。行儀よく暮らすんだぞ」
「はい」
マルクは力強く頷くと、俺のズボンを離してパルベラの元へ。
『ちゃんと出来たよ』と得意満面な顔をパルベラに向けているあたり、どうやらマルクの激励はパルベラの仕込みのようだ。
しかしながら、マルクの拙い激励に俺の気分が上がったのも確かなこと。
「負ける気はなかったけど、これはますます勝つしかないな」
俺は気分を引き締めて、戦場へと赴くことにしたのだった。